雑貨店「きおくや」ただいま開店中
サクセン クヌギ
第1話 怪しい男
ピッピッピッピッ
電子音が無機質な部屋の中に響く。
白を基調とした飾り気のない部屋には1つのベッドが置かれている。
こんもりとした布団の中でピクリとも動かないベッドの主。
みずみずしさを失い骨に張り付く肌には無数の機械が付けられている。
私の祖父である。
私が物心がついた時にはもう病院にいた。
どんな病気なのかは知らない。
ただ母に連れられて何度もここには訪れた記憶はある。
「お父さん。娘の千佳よ。遥と来たわよ。遥、お父さんわかる?孫の遥」
母は慣れた手つきでパイプ椅子を開き、荷物をその上に置くと祖父に話しかける。
祖父は反応を示さない。
目の焦点は遠くで結ばれ、口は半開きのまま。
祖父は認知症も患っている。最近では話しかけても反応がない。
それでも母は毎週のように祖父に話しかけるためにお見舞いに通っている。
パイプ椅子を取り出して座る。
病院までの登り降りを繰り返す坂道による疲れが抜けていくのを感じる。
私は背負っていたリュックを下ろし中から小説を取り出す。
最近個人的に気に入っている作者の新刊。
表紙をめくろうとするのをガララという音が邪魔をした。
「桃乃木さんのご家族の方ですね」
視線を入り口の方に向けると看護師が立っていた。
いつも祖父がお世話になっている看護師だ。
その手には色鮮やかな花々がささる花瓶が握られている。
「いつも祖父がお世話になっております」
母が看護師にお辞儀をする。
私も慌てて立ち上がり、お辞儀をする。
「いえいえ」
看護師はそういうと手に持った花瓶を祖父が支配するベッドの横の棚に置く。
「その花は…」
「これは先ほどお見舞いにいらっしゃった男性が部屋に飾るようにと渡されたものです」
母の問いに看護師は笑顔で応える。
驚いた。
これまで見舞いに何回もついてきたが祖父に見舞い客がくることはほとんどなかった。
ましてやプレゼントなんてもらっていたことを見たことがなかった。
「すみません。よろしければその方の連絡先を…」
母と看護師が話を続けるのを尻目にふと目を窓の外に向ける。
日は傾き、空は橙色に侵食しつつある。
下の道には人通りが少ない。
その中に一際目を惹く人がいた。
和服のようなシルエットの服。雨も降っていないのに赤色の傘を刺している。
その人はクルッと振り返ると傘を少し傾けた。
まるでお辞儀をしているようだった。
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