ドルメン 第 49 話 シスネロスの行方


 アルタフィは母の言ったことを心の底では信じたのだが、理性がそれを拒否していた。そのとき、シスネロスから電話があった。彼の声は沈んでいた。会って話がしたいというアルタフィに、シスネロスは孫娘の死のことを知ったのかと訊ねる。肯定するアルタフィ。さらにアルタフィはシスネロスに「ドルメン教団」について知っているかと聞く。シスネロスは躊躇しながらも否定する。アルタフィは「ドルメン教団が儀式殺人を行っていると人から聞いた」と言い、そのことについてもう少し話がしたいので明日会いたいと申し出た。シスネロスは大学のオフィスで会うことに同意した。電話を切る前にシスネロスは、「君のお父さんが戻っていると聞いたが、連絡はあったかね?」と聞いた。アルタフィはそのことも明日話したいと言った。シスネロスは、「気を付けなさい、アルタフィ。誰も信じてはいけない」と言って電話を切った。


 入れ違いに今度はマケダ警部から電話があった。彼はアルタフィがモンテフリオやコルドバに行っていることに言及し、何か収穫があったかと尋ねたが、アルタフィは特にないと答えた。マケダ警部は、フランシーノ警部がアルタフィはドルメン教団の一員になってしまったのではないかと心配していると伝えたが、アルタフィはしらばっくれた。答えながら、警察よりもジェーンたちの方を仲間だと感じているアルタフィがそこにいた。


 翌朝、アルタフィは大学のシスネロスのオフィスに行ったが、鍵がかかっていた。通りがかった学部の職員にシスネロスのことを訊ねると「シスネロス教授は今週ずっと出勤していないのです。予定されていた会議にも出てきていません。具合が悪いのかと思って、ちょうど今、シスネロス教授のアパートに伺って帰ってきたところなのです」という答えが帰ってきた。

「教授はご自宅に?」

「いいえ、返事がなかったので、アパートの管理人に連絡して鍵を開けてもらったのですが、家の中は整えられていて、しばらく帰っていない様子でした。あたかも誰にも告げずに旅行に行ってしまったかのようでした」

「警察には連絡しましたか?」

「いいえ、何か事情があるのかと思って……」


 アルタフィはそれだけ聞くとさっさとマケダ警部に電話をかけ、シスネロスの失踪を告げた。「シスネロスは容疑者の一人なので、勝手にシスネロスを探しに行ったりしないように」と言うマケダ警部に、アルタフィは「私たち、みんな容疑者じゃないですか」とすげなく返し、電話を切った。そして後は職員に任せて自宅に戻った。


 夜になってアルタフィは一人で自宅にいた。母は出掛けていた。母は最近留守にすることが多い。どこに行っているのだろうと思った。そしてシスネロスのことに考えが及ぶと、ふいに直感がひらめいた。

(もしかしたらシスネロスは次の生贄として誘拐されたのかもしれない)

 アルタフィは再びマケダ警部に電話をし、自分の考えを話した。マケダ警部はパトロールを行かせたいが、どのドルメンを警戒したらいいのかわからないと言う。アルタフィはセビーリャ周辺にある重要なドルメンのリストを送ると言って電話を切った。そして、トリゲロスにあるソトのドルメン、バダホスにあるラカラのドルメン、そしてカディスにあるアルベリテのドルメンの名を連ねて、マケダ警部にメッセージを送った。


 そのとき、アルタフィのアパートの呼び鈴が鳴った。アルタフィがインターコムで答えると、なんとアルフレド グティエレスだった。グティエレスはシスネロスのことで大事な話があると言う。アルタフィは迷った末、アパートの入口まで降りてグティエレスと話をすることにした。


 グティエレスによると、シスネロスは身の危険を感じて隠れているらしい。アルタフィに直接会って話をしたいそうだ。グティエレスは、証拠だと言ってシスネロスからの手紙を見せた。


「親愛なるアルタフィ

 今朝は約束を破ってすまない。身の危険を感じてしばらく隠れることにした。実は驚くべき情報を手に入れた。君にも関わることだ。会って話がしたい。警察にも誰にも言わず、グティエレスの指示に従って付いてきて欲しい。彼は信頼できる。

 グスタボ シスネロス」


 筆跡は確かにシスネロスのものだった。アルタフィは罠かもしれないので行かない方がいいとはわかっているものの、シスネロスに会って話もしたかった。手紙の指示どおりに警察にも言わずにグティエレスと一緒に行くことにした。グティエレスは少し離れたところに停めた車で待ち、アルタフィはアパートの地下にある駐車場を通って警察に見つからないようにグティエレスと落ち合うことにした。アルタフィは携帯電話を持っていたので、少なくとも警察は電話を追跡することでアルタフィの居所を見つけられると思った。


 車に乗り込んだアルタフィがグティエレスに行き先を聞くと、彼は「カルモナに行く」と答えた。カルモナはセビーリャから東へ三十キロほど行った小さな町だ。アルタフィはシスネロスが身を隠すのには丁度いい場所だと思った。


 しばらくするとグティエレスは、スタンドで車にガソリンを入れると言った。そしてウィンカーを出すと、「電話を貸してくれないか。今からそっちへ向かうと連絡を入れなくてはならないんだ」と言った。彼は車をガソリン スタンドの手前の暗がりに停めた。そこでは別の車が停まっていて、中から黒い上下を着た二人の男が降りて、こちらに近づいてきた。アルタフィは緊張した。

「ちょっと、どうなってるの?」

「大丈夫だ。彼らは仲間だ」

 二人はアルタフィの乗る車の後部座席に座った。グティエレスは、男たちの乗っていた車の運転手と何か話を始めた。アルタフィは後ろに乗った男の息を背中に感じて恐ろしくなった。


 再び車を発車させたグティエレスは、ガソリン スタンドに停まらなかった。

「ガソリンを入れるんじゃなかったの?」

「気が変わった」

 そう言うとグティエレスは、今度は U ターンをしてセビーリャの方向に走り始めた。

「カルモナに行かないの?」

「シスネロスは別のところで待っているそうだ」

「アルフレド……、何を考えてるの?」

「大丈夫、シスネロスがちゃんと準備してくれている」

「ねえ、携帯を返してよ」

「携帯?」とグティエレスは電話を探すふりをして「見つからないな」とうそぶいた。

「どういう意味よ、見つからないって! 何考えてるのよ、早く返しなさいよ!」

「座席の下に落ちたんだろう。次に停まった時に探すさ」


 グティエレスの態度から、アルタフィは、さっき会ったもう一台の車がアルタフィの携帯を持っていったことを理解した。警察は自分の乗っていない車を追跡するに違いない。アルタフィはグティエレスたちに誘拐されてしまったのだ。彼女の命は今、彼らの手の内にある。どうにか逃げ出すために冷静にならなくては。


「アルタフィ、心配するなよ」とグティエレスは優しい声で言ったが、ぎらぎらとした彼の目がアルタフィを不安にさせた。アルタフィは、彼を含め、三人の男たちの目が狂人の目であることに気が付いた。そして、その瞬間、後部座席の男がアルタフィの頭を掴んだ。アルタフィは叫ぼうとしたが、気が遠くなり、全ては暗闇と静寂に消えた。



 *  *  *


「電話を貸してくれないか。今からそっちへ向かうと連絡を入れなくてはならないんだ」

「あんた、自分の電話はよ?」

 ……と言わないところがアルタフィらしいです。やっちゃいけないことを全てしてこそサスペンスの女王であります。



(初掲: 2024 年 11 月 12 日)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る