第2話 祭りへようこそ(その7)
冬祐が連れて行かれたのは、鉄骨丸出しの階段を上がった先にある吹きさらしの観覧席だった。
鉄壁の中を臨むように長いテーブルが置かれ、いくつかの椅子が並んでいる。
その中でも中央の椅子は、いかにも豪華な“社長椅子”である。
冬祐は観覧席から身を乗り出して翠を探す。
あのゲートから鉄壁の向こうへ連れて行かれたのなら、
しかし――
「なんだ、ここ……」
――見下ろした異様な光景に、冬祐は思わずつぶやく。
鉄壁の向こうは、建築現場でもなければ、ライブ会場でもなかった。
中央のフィールドには、さまざまな種類の重機と、そこに群がる十数人の人影。
フィールドをぐるりと囲む、観客席ともいうべき周囲のエリアには、百人を超える観衆たち。
この中にいるすべてが“お客様”であり“歓声の発信源”だった。
“ゴスロリ”が観覧席から身を覗かせると同時に“お客様”のボルテージが上がる。
「いつまで、待たせんだ」
「去年から待ってるんだ。いいかげんに始めろ」
「高いカネ払ってんだぞ、こっちは」
「早く、やらせろ」
「今回も期待してるぜ」
それは
「どうしようもねーな、クズどもが。きひひひ」
“ゴスロリ”が笑いながら“タブレット”を振り返る。
「準備はどーよ」
“タブレット”は顔も上げずにぼそりと答える。
「アンドロイドは砂風呂に入ってる。準備は完了」
「じゃあ、始めてやんな。半年ぶりの祭りをな」
“ゴスロリ”の横で観衆の様子にテンションを上げていた“ツインテール”が、イヤホンから
鉄壁の一画が開いて、巨大なコンテナが姿を現した。
そのコンテナが四方に開くと、中から大量の砂とともに連れてこられたアンドロイドたちが流れ出す。
戸惑っているアンドロイドたちを“お客様”の操作する重機が襲う。
状況を理解して逃げ惑うアンドロイドを、ロードローラーやキャタピラが轢き潰す、巨大な手のような爪が握り潰す、クレーンの振り回す鉄球が押し潰す。
周囲の観衆がヤジを飛ばし、歓声を上げる。
そんな中で、クレーンのかぎ爪がアンドロイドの一体をつり上げた。
どよめく観衆に手を振って応える運転者が、運転席から身を乗り出して冬祐たちのいる観覧席へと叫ぶ。
「撃て撃て撃て撃て撃てええええっ」
“ゴスロリ”が下卑た笑いを浮かべる。
「今回は
言いながらライフルを構えると、空中でじたばたと四肢を震わせるアンドロイドを狙撃する。
沸き上がる歓声の中を、動かなくなったアンドロイドが落ちていく。
“ゴスロリ”は突き上げるような阿鼻叫喚を満足げに見下ろし、社長椅子に身を沈める。
冬祐は構わず、塀の中に翠を探し続ける。
いた。
いくつかの集団に別れて逃げ惑うアンドロイドたちの中で、翠はただひとり鉄の壁へと走っていく。
他のアンドロイドとは明らかに異なりながらも、確信を得ているかのようなその動きはヒメの指示によるものに違いない。
翠を目で追う冬祐だが――
「ジャマだ。見えねえだろが」
――“グローブ型電撃発生器”に、観覧席の後方へと押しやられる。
その時、観覧席の奥にある扉が開いた。
同時に流れてくる匂いから、扉の向こうは厨房らしいと冬祐は気付く。
その推測通り、老女に押されて姿を現したのは料理を載せた大型のワゴンだった。
若者たちがワゴンに積まれた料理を次々とテーブルに並べていく。
“ゴスロリ”が、自分の前に置かれたてんぷらそばに手を付ける。
「うん。この悲鳴を聞きながらのてんぷらそば、うめえ」
冬祐はその言葉に聞き覚えがある。
どこで聞いたんだっけ?――そんなことを考える冬祐の前で、カレーを口に運ぶサングラスの男がひとりだけ席に着いてない“タブレット”に声を掛ける。
「知佐も食え」
知佐と呼ばれたタブレット少女は、顔も上げずに答える。
「いらない」
「あ?」
不快そうに口元をゆがめる“カレー男”に、知佐はタブレット上に明滅している光点を見たまま続ける。
「私は、みんなみたいに趣味や金儲けでやってるんじゃない」
そう言ってちらりと目を向けた先で、冬祐を“カネにならねーやつ”と称した“デブ”がアンドロイドから奪い取った数枚のクレジットカードらしきものをカードリーダーに通して“ふん、残高ゼロかよ”だの“おおっ、すげえ入ってるぜ”だの、ひとりで騒いでいる。
知佐がタブレットに目を戻す。
「私は、アンドロイドのせいで死んだ両親の供養でやってるだけだし。それより――」
ふと、顔を上げる。
「――
しかし“ゴスロリ”は意に介さず。
「どうせ、逃げられやしねえ。あとからでも始末しろ」
そう言うと、新たにクレーンで吊されたアンドロイドを狙撃しながら、そばをすする。
そして、汁を飲み干して空になった丼を、重機が走り回っているフィールドへと投げ捨てる。
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