5. 勇者会合 最強(次点)は誰だ

 いきなりキングさんが大ダメージを受けた勇者会合だったけれど、始まってみれば特に問題無く進んだ。

 事前に話の内容を共有して質問や提案をもらってあったので、それをベースに確認するだけで荒れる予感すら無かった。

 探索者の皆さんが真面目な人達なのか、あるいは京香さんの進行が上手だったのか。


 きっと両方なんだろうな。


『それではここで休憩に入ります』


 二時間くらい話をしたので休憩に入った。

 でも部屋を出たのは探索者じゃないスタッフさんくらいで、ほとんどの人が部屋に残って話をしている。


 それもそのはず、長時間の探索に慣れている探索者がこの程度で疲れたり集中力が切れるはずがないからね。


「ね、ねぇ京香さん、どうして皆チラチラボクを見ているのかな」


 皆は付き添いの人や知り合いの探索者同士で話をしているのだけれど、話をしながらボクの方を気にしているんだ。話の内容がボクについてじゃなさそうな人達もボクに注意を向けている。全く気にしていないフリをしながら気にしている人もいるね。


「救ちゃんとお話ししたいけれど畏れ多くて出来ないんじゃない?」

「ぷぎゃあ! そんなに畏まられても困るよ!」

「それじゃあ殺到した方が良い?」

「それも困るよ……」


 だからボクのことは忘れてくれて構わないのに。


 これ放置して良いのかなぁ。


「もしかして、ボクからお話しした方が良いのかな?」

「う~ん、微妙なところかな。話しかけられた人が特別扱いされているなんて思っちゃう人もいるかも」

「えぇ……」


 なんかとても面倒だ。

 普段から自然にお話ししてくれる友達に会いたくなってきた。


「そうだ、一人だけお話ししても変に思われない人がいるよ」

「え、だれ?」

「キング」

「それはちょっと……」


 キングさんはまだ精神的ダメージを負っているようで元気が無い。

 ここでボクが元気づけようと話しかけたら、蒸し返すことになって逆に凹ませてしまいそうだ。


 それよりキョーシャさんならどうだろうか。

 ううん、ダメ。特別扱いし過ぎているって思われてキョーシャさんが嫉妬されちゃうかも。


 仕方ない、京香さんとお話しして気を紛らわせるかな。


「京香さん何してるの?」

「会合後半の準備だよ」

「あっ……頑張ってね」


 そうだった。

 京香さんは卒なくこなしているけれど、とても忙しいんだった。

 この時間は休憩じゃなくて、会合後半戦の流れについて最終チェックしたりと忙しいに違いない。ボクが邪魔するわけにはいかないんだ。


 じゃあいっそのこと外に出るのはどうだろうか。

 でもそれをしたらまた全員に注目されながら入場することになる。


 もうどうしたら良いのさ!


『確かに私は勇者ではありませんが、勇者にも負けないと自負してますよ』

『おいおい、ここでその言葉はマズいだろ』

『平気ですよ。だって皆さん私と同じことを考えているでしょうから』


 あれ、何故か突然ボクへの意識が途切れたかと思ったら緊張感がぐっと増したぞ。

 発生源はフランスの代表の人だ。

 確か名前は『クチ・ダケーダ』さんだったかな。


『強さを証明するのは称号などではない。むしろ与えられた力が無くともこの場に呼ばれた私達の方が……いえ、流石にこれは失礼ですね』

『お前なぁ。不用意に煽るのは止めろって言っただろ』

『事実を述べた迄です』


 勇者は他の人とは違って特殊なスキルを与えられている。そのスキルがあるから強いだけで、地の力は自分達の方が上だとでも言いたいのかな。


 確かに勇者としての力のアドバンテージはあるかもしれないけれど、それ抜きにしてもダケーダさんはこの場のほとんどの人に敵わないと思うよ。どうしてそこまで自信満々に言えるのだろう。


 キョーシャさんやキングさん達が全く意に介してなくて、憤慨しているのが比較的実力がいまいちな人達ばかりだから、もしかして彼らは他の探索者の実力が正確に把握できていないのかも。


『はっはっはっ、それならこの会合の後で他の代表の方に挑んでみるとよろしいかと』


 ダケーダさんに話しかけたのは、イタリア代表の司祭さんだ。

 名前は『カミヲ・シンジテナイ』さん。

 見た目に反して暗殺術の使い手なんだって、怖ぁ。


『もちろんそうさせてもらいますよ。尤も、負けるのが怖い人には逃げられてしまうかもしれませんがね』


 う~ん、まだ煽るのか。

 元気だなぁ。


『確かにその通りですね。ですがご安心を、私は逃げませんので』

『おお、それでは一戦お願いします!』

『はい』


 ああ、なんとなくわかった気がする。

 ダケーダさんって自信過剰な危ない人かと思っていたけれど、ただ戦いたいだけの人だ。

 わざと煽って戦って欲しいってアピールしてたっぽいな。


 シンジテナイさんに向けたメチャクチャ良い笑顔からそんな感じがした。


『でもダケーダさんほどではありませんが、強さについては私も一つ気になることがございますな』

『ほう、それは?』


 強さについて気になる事か、なんだろうか。


『それはもちろん、この中で誰が一番強いか、ですよ』


 うわ、凄い凄い!

 空気がピシって固まるってこういうことだったんだ。

 まるで一瞬だけ時が止まったかのようだったよ。


『はは、何をおかしなことを。それは決まっているじゃないですか』


 ダケーダさんのことだから、自分が一番強いとかって言うんだろうなぁ。

 後で分からせられるのは間違いないって思うと微笑ましくなっちゃう。


『スクイ・ヤリスギ一択でしょう』

「ぷぎゃあ!」


 どうしてそこでボクの名前が出て来るのさ!

 思わず声が出ちゃったよ!


『いやはや、私としたことが失礼致しました。仰る通り、ぷぎゃみ様が一番ですね』


 あれぇ、やっぱり翻訳機の調子がおかしいな。

 別のに交換してもらおうかな。


『私が気になっているのは、ぷぎゃみ様を除いて誰が一番強いか、ですよ』


 よし決めた。

 やっぱり交換してもらおう。


 司祭様が自分達が信じる神様を差し置いてボクのことをそんな変な名前で呼ぶわけがないもん。


『確かにそれは興味深いですな。世が世で無ければ探索者大会でも開くよう要請するのですけれどね』

『各自、自国の安定化に忙しくてそのような暇はありませんからな』


 平和的に探索者としての実力を競い合う大会かぁ。

 そういうのが開催出来るような世の中になるように頑張らないとね。


『ですがダケーダ様。実は今の段階でも一つだけ確認する方法がありますよ』

『ほう、それは?』

『ぷぎゃみ様に判断して頂くのですよ』

「ぷぎゃっ!?」


 だからどうしてそこでボクの名前が出てくるの!?

 それに翻訳機を変えて貰ったのにまたおかしいよ!


『強い探索者であればあるほど、他の探索者の実力を正確に把握できると聞きます。それならぷぎゃみ様であればこの中の誰が一番強いかを判断できるのではないかと』

『おお、それは興味深い』


 待って待って。

 皆してこっちを見ないで。


 ボクのことなんか忘れて談笑して欲しいのに、どうしてボクの話がメインになっちゃうのさ!


『あらまぁ、それは私も気になるわね』

『ふっ、気にはなるが答えは分かってるだろ』

『自分だとでも言いたいのかしら』

『ふん、バカかお前』


 これまでスルーしてたキングさんとパッドさんも加わって来ちゃった!


「私も気になるなぁ」

「京香さん!?」


 京香さんは会合の準備に集中して。

 そろそろ休憩が終わる時間でしょ。


 待てよ、時間!


 もうすぐタイムアップでこの話は終わって会合が再開になるぞ。

 そうなればボクはまた地蔵のように静かに座っていられるはずだ。


『皆様、そろそろ休憩時間が終わりとなりますが、その前に救ちゃんからこの中で誰が一番強いのかを発表してもらおうと思います』

「ぷぎゃああああああああ!」


 京香さんがまたいじわるする!


「そ、それは良くないよ。だって皆は自分の実力に自信があるんだよ。他の人を選んだら良い気分はしないよ……」

「大丈夫大丈夫。ほとんどの人は答え分かってるから。お遊びみたいなものだよ」

「本当かなぁ」


 だってボクにも答えが分からない・・・・・・・・んだよ。

 皆はどうして特定できるのかな。


 強さと一言で言っても様々だ。

 武術的な強さ、サポート的な強さ、罠対応などの探索的な強さなど、観点によって強さの意味は全く異なる。


 例えば京香さんは魔物を倒す力に特に秀でているけれど、ぴなこさんはどのような状況でも生き残る術に長けている。京香さんが生き延びられない場所でぴなこさんは生き延びられるかもしれないし、ぴなこさんが倒せない敵を京香さんが倒せることもある。それならどちらが強いかと言われると判断に悩んでしまう。


 でもボクが悩んでいるのはそういう観点の問題ではない。


 細かい事は抜きにして明らかに飛びぬけて『強い』人がこの中に二人いるから、どちらを選ぶべきかが分からないんだ。


「救ちゃん?」


 京香さんが心配して考え込んだボクの顔をのぞきこむ。

 頬が緩んで怖い顔をしているいつもの京香さんだ。


 こうなったら二人とも強いって言っちゃおう。

 優柔不断だと思われるかもしれないけれどしょうがないや。


「ごめんなさい、どうしても絞り切れなかったので二人挙げます」


 うわぁざわめいている。

 ざわめきの理由は、もう一人が誰か分からない、的なものが多いのかな。

 ボクの優柔不断っぷりを気にしている話が無くて良かった。


「一人は、トルコの方だよ」


 そう宣言した直後、ざわめきが一気に大きくなった。


『トルコの探索者だって!?』

『強い……のか……?』

『だ、だがスクイ・ヤリスギが言うならそうじゃないのか?』


 どうやらボクの言葉が信じられずに困惑しているようだ。

 キングさんとか、パッドさんも驚いて呆然としている。


『たしかあいつは『ツヨス・ギル』だったか。強そうには見えないが……』

『あんな冴えない男に何があるって言うのかしら……』


 なるほど、そういうことだったのか。

 どうして皆が候補を一人しか挙げられなかったのかが分かったよ。


 あの人のことを認識できていなかったんだね。


「その人は多分『ツヨス・ギル』さんじゃないよ。あ、もしかしてこれって気付いても言っちゃダメだった?」


 だとすると悪い事したなぁ。

 もしかしたら本当の『ツヨス・ギル』さんはボクみたいにとても照れ屋で出てきたくなかったのかもしれなかったのに。


『いえ、そのようなことはございません』


 でも偽の『ツヨス・ギル』さんは、全く怒ることなく苦笑していた。


『私の本当の名前は『カゲム・シャー』です。本当の『ツヨス・ギル』は付き添いとして参加しています』

『なんだって!?』

『まさかそこに居るっていうの!?』


 そうそう。

 シャーさんの後ろにとても強い男性の探索者さんが気配を消して立っているんだ。


『実は彼は元々裏社会で無理矢理働かされていた犯罪者でして、表に顔を出すとトラブルの原因となりやすいのでこうして常に隠れているのです。今は裏社会とのしがらみが完全に断たれ、人並み以上に高潔かつ慈愛の精神の持ち主ですのでご安心ください』


 とても不穏な単語の数々に、緊張感が高まり多くの人が警戒し始めた。

 存在を察知することが出来ない格上の人物が、元裏社会の犯罪者だなんて言われたら、今は大丈夫だから安心してくださいと言われても無理な話だろう。


「ギルさん安心して。ボクはギルさんが優しい人だって信じるよ。だからもしよければ皆にも姿を見せて欲しいな」


 そうすれば多少は警戒を解いてくれるに違いない。


 だってギルさんってとても優しそうな『パパ』って感じなんだもん。

 悪い事をさせられていたなんて全く思えない程に温かさに満ちている素敵な雰囲気の人だ。


『隠れていて大変申し訳ない……』


 姿を現したギルさんを見た皆の反応は様々だった。


 彼の強さを実感して息を呑む人。

 彼への警戒をどうしても解けない人。

 彼を受け入れて安全だと信じてくれる人。


 本当はここから色々弁明とか説明とかが必要なのかもしれない。

 隠れていたことで不審を抱かせてしまったことへの謝罪とかも必要なのかもしれない。


 この状況は無理矢理暴いてしまったボクのせいでもあるから、後でちゃんとフォローしないとね。


「そしてギルさんに匹敵するくらい強い人がもう一人いるよ」


 その人はギルさんの存在にもちゃんと気付いていた。


「アフリカの代表の女性の方だよ」


 アフリカは国から代表が選ばれるのではなく、一人の若い女の子だけが代表でやってきている。

 自分で言うのも悲しいけれどボクと同じくらい幼い感じの見た目で、日本だと中学生くらいの体格の褐色肌の可愛らしい女の子。


 ただしその守ってあげたくなる見た目とは裏腹にとんでもなく強い。

 アフリカ全土のダンジョンを巡って魔物の氾濫が起きないように潰し回っているらしく、世間ではアフリカの謎の勇者として話題になっていたんだってさ。

 その謎の存在がついに明らかになったと思ったら、か弱そうな見た目の女の子だったということもありボクと同じくらい注目されてたんだ。


 ただ、名簿には彼女は勇者では無いと書かれていた。

 名簿の内容は自己申告制なので、彼女がそう言っているのかな。


 ということで、ボクがここに入場した時から特に気になったギルさんと彼女が別格で強いと思う。


『まぁ妥当だわな』

『こちらは想像通りで良かったわ』

『彼女は本当に強いからね』


 キングさん、パッドさん、キョーシャさんも納得して頷いている。

 彼女は実力を全く隠そうとしていないから、ダケーダさんでも強さの差をちゃんと理解して納得していた。


 彼女の名前は確か……


『スクイ・ヤリスギ』

「え?」


 これまで会合中も何一つ興味を持たずにぼぉっと座っていただけの彼女が初めて口を開いた。


『あなたに話があって日本に来た』

「ボクに?」


 それは他の皆も同じだと京香さんから聞かされていたけれど、彼女だけは単なる興味本位とは違う何かを感じさせた。

 そしてその驚くべき理由が彼女の口から放たれた。




『私はあなたと同じ救済者』




 思い出した。

 彼女の名前は『オモイ・セオイスギール』。


 そしてどうやらボクと同じ……ううん、真の・・救済者らしい。

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