1‐16
「あー……。畜生、やっぱ俺って駄目な奴だなぁ。こんな子供一人抑えられないなんて」
男はベオには気付かずに、そう一人で呟いていた。
「悪いけどちょっと本気出すから、死んでも恨まないでくれよ。……俺だって、やりたくてやってるわけじゃないんだからさ」
男の雰囲気が変わる。
ショートソードを鞘に戻して、木の上で構えていた短弓に再び矢を番えた。
「【エンチャント・ボルト】!」
ばちっと、紫電が走る音がする。
番えた矢の先端が稲妻を纏い、白い光を放っていた。
「……あれは拙いっ!」
咄嗟に、ルクスはその場から飛び退る。
そこに、先程までとは比べ物にならない速度で白い光を放ちながら、矢が飛来する。
矢はルクスの腕の辺りを掠める。
「うあぁっ!」
決して致命傷にはならない傷だが、そこから身体に伝わる雷の痺れが、ルクスに悲鳴を上げさせる。
そのまま態勢を崩して、飛び込んだ茂みの中を転がりまわる羽目になった。
そこに、二発三発目の矢が突き刺さり、白い光に目を焼かれながら、危機的状況を察知して飛び起きて逃げ回る。
「そらそらっ! 直撃して痛い目見る前に、逃げ帰っちまえ!」
「逃げてばっかりじゃ駄目だ……前に出ないとぉ!」
茂みから飛び出して、正面に来た矢を交わす。
着地すると、そのまま姿勢を低くして一気に男の目の前まで駆け抜けた。
「そいつは考えが甘いってんだ!」
「黒の剣、僕に力を……!」
両手で握った剣を、強く握り込む。あの時の、ベオを解放した時のような力が漲っていくることを願って。
光を失っていた鈍い紅色は、まるでルクスの血が流れ込んだかのように、鮮やかな真紅の輝くを放った。
心臓が一度、強く脈打つ。
黒い何かが、ルクスの胸から剣へと繋がっていく。
ルクスの中にいる『誰か』が、剣を通して力を与えてくれるようだった。
至近距離で放たれた矢を、驚異的な反応速度で回避する。
「なっ……!」
呆気にとられた男だったが、その後の行動は素早かった。
咄嗟にその場から飛び退いて、大きく振り下ろされた黒の剣を回避する。
避けきれなかった短弓が中心から真っ二つになって、茂みの中に落ちた。
「【エンチャント……! フレイム】!」
短剣を抜き、その刀身が灼熱する。
紅と赤の刃が激突し、飛び散った火花が二人を焦がす。
「こいつっ!」
「おおおおぉぉぉぉぉ!」
無理矢理に力で押し込む。
男はたたらを踏み、敵わないとわかるやすぐさま剣を外して距離を取ろうとした。
更にルクスが踏み込む。
しかし、それこそが男の狙いだった。
「そんな直線的な攻撃じゃあな!」
真っ直ぐに、首を狙っておかれた斬撃。
その角度、タイミング共に避けられるものではなく、そこに自分が突っ込んでいって、首を斬られていた。
――そのはずだった。
一気に身を屈める。
考えてなどいない。身体が、自分以外の何者かの指令を受けて、勝手にそう動いていた。
男の斬撃が空振る。
下から上へと、黒の剣がショートソードを跳ね上げる。
纏った魔力を霧散させ、ショートソードが宙を舞う。
男は態勢を崩し、恐怖からか膝を折る。
敵わない相手を目の前にして、既に全身からはその力が抜けてた。
――殺さねば。
そんな声が、頭の中で聞こえてくる。
――その必要はない。
すぐさま、別の声が反論する。それもまた、ルクスの声ではない。
しかし、身体は止まらない。
頭の中に響く幾つものざわめきを掻き消すように、その首に向けて両手で握った剣を振り上げた。
「ひっ、殺さないで……!」
両手を前に突き出して、男は命乞いをする。
それを情けないと軽蔑することはできない。同じ立場ならば、人とは思えない力に蹂躙されたならば、ルクスもまた同じことをしていたかも知れない。
「――そこまでだ」
振り上げられた剣。
それを止めたのは、男の声でも、ルクス自身の意志でもない。
それよりも強く、気高い響きを持って魂に語り掛ける、少女の一声だった。
「……あ」
呆然と、ルクスは自分が何をしていたかを思い出す。
命を奪う必要など、なかったはずなのに。
先程上空に跳ね上げたショートソードが、茂みの中に落ちる音がする。
同時に、ルクスもまた、手に持っていた黒の剣を手放して地面に落とした。
「ベオ……? 今まで何を?」
「お前がそいつを引きつけている間にな、金目の物を奪っていた」
にやりと笑って、楽しげにそう言った。
背中に背負った大きな袋がその戦利品なのだろう。ベオは重そうにそれを下ろして、ルクスと男を交互に見やる。
「お前の仲間は制圧済みだ。殺してしまってもよかったのだが、それではこちらに都合が悪いと思ってな、縛り上げてある」
「……嘘だろ? お嬢ちゃん、そんなに強いのかよ……?」
呆然と、男がそう口にする。
ルクスは改めて、男の方を見て頭を下げた。
「……ごめんなさい。僕は、もう少しで貴方を殺してしまうところでした」
「いや、謝られても困るんだけど……。ってか、俺は途中から殺す気で戦ってたし」
「僕もそうだったけど……。覚悟もあったけど」
心臓に手を当てる。
戦場に出て、英雄を志すのだから、その覚悟は既にできている。全ての敵と話し合いで事が解決出来るとは、最初から思っていない。
それでも、先程の声に、吹き上がる悪意に身を任せてしまうのはいけないことのような、そんな気がした。
ベオはそんなルクスを一瞥して、思いっきり背中を張った。
「いたっ!」
「よくやったぞ、褒めてやろう。ほれ」
拾い上げた黒の剣を、手渡す。
多少の恐怖はあったが、それを握ることに躊躇いはない。何よりもベオ自身が、恐れるなと言っているような気がしたから。
「さて、ここからが本題だぞ。現在我々のギルドは発足したばかりで、人員と資金を求めている。資金に関しては貴様等から奪ったものと連中を引き渡した代金でどうにでもなるだろうが、人員はな」
「……はぁ」
「そこで、貴様を勧誘してやろうと思う。ありがたく思え」
「はぁ!?」「ベオ!?」
男とルクスの声が同時に重なる。
ベオは特に自分の発言を奇異に思ってもいないようで、相変わらず胸を張ったままだった。
「……な、なんで俺を……?」
「直感だ。敢えて理由を付けるのならば、最初に貴様は私達に帰れと言っただろう。単なる野盗ならば、そんな気遣いをすることはないだろうと思ってな。ルクス、どうだ?」
一応、こちらの意見を参考にはしてくれるようだった。そのことに少しばかり安堵する。
「……うん、まぁ、この人次第だと思うけど」
「あんたもそれでいいのかよ! 俺達、直前まで命の取り合いしてたんだぞ!」
「別によくある話だろうに。むしろ剣を交えてこそ、わかることもある」
ベオはそう言うが、実際のところはよくわからない。
男の方も同意見のようで、ただただ呆然とその話を聞いていたが、やがて彼女が本気だと理解したようだった。
「……まー、いいさ。俺はあんたらに負けて、下手すれば命を取られてたわけだし。命の代金ってわけじゃないけど、盗賊やってるよりはマシだろうからな」
「決まりだな。だったらほら、さっさとこいつを担げ。それから私とこいつがこのギルドの上役だからな。常日頃から敬い、命令には絶対に従うこと。特に私の命令にはな」
「……え、こ、こんなこと言ってるけど……」
「なんだその態度は、敬語を使わんか!」
ベオが指を鳴らし、男の膝の辺りから火花が散る。
「あっちぃ! とんでもない暴君ですね、あんた!」
飛び退きながらそう言うが、ちゃんと敬語になっている当たり、かなり律儀なようだった。
「……僕には普通に喋ってくれていいですよ」
「あ、そう? だったらそうさせてもらうけど……。まぁ、そう言うことならそっちも敬語は崩してくれよ。一応、俺の方が立場は下みたいだし」
「みたい、じゃなくて下なのだ。……そう言えば、貴様の名前は?」
「あ、ああ? 俺はエリアス・カルネウスっす。よろしくお願いします」
「うむ」
腕を組んで、満足げに頷くベオ。
こうして二人だけのギルドは、雑用係のエリアスと言う新しい人員を得ることに成功したのだった。
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