1‐10
ゆっくりと意識が闇の中から浮上して、ルクスが目を開ける。
最初に視界に飛び込んできたのは、目の前に聳える巨大なモノリスに手を当てながら、それを見上げているベオの姿だった。
彼女はルクスが起きたことに気付いたのか、そこから手を離してこちらを振り返る。
「よぉ、起きたか」
「あ、はい……。おはよう、ございます」
その間抜けな言動を聞いて、ベオは小さく笑う。
「……その黒い塊は……?」
今も嫌な匂いを放つ黒い塊を指さす。ルクスが感じた嫌な予感を、ベオは全く悪びれもせずに肯定した。
「私達をここに誘き寄せた阿呆だ。見ての通り、私の怒りに触れて消し炭にしてやったから心配はいらぬ」
得意げに彼女の掌に小さな炎が灯り、それを手を振って掻き消した。
屋敷内での戦いからなんとなくわかってはいたが、やはり彼女は封印されるに足る理由を持つ力を秘めていのだろう。
「後悔しているか?」
ルクスの表情に気付いたベオが、そんなことを尋ねる。
それを聞いて、ルクスはすぐに首を横に振った。
「……正直、少し怖いですけど。ベオは僕達を助けてくれたので、信用もできます。でも、ベオこそよかったんでしょうか?」
視線が、地面に放り出されたままの黒い剣を見る。
その剣を楔にして、ルクスとベオは結びついている。恐らくだが彼女は、完全に自由になったわけではなさそうだった。
「何がだ? 封印のことなら気にする必要もない。私の肉体がこうして自由になった以上、少し時間が経てば勝手に外れるだろうさ」
「……それならよかったです」
「なんだ、浮かない顔だな?」
ひょいと、一段高い段差から飛び降りて、ベオがルクスに詰め寄る。
真正面から大きな瞳に覗き込まれて、ルクスは思わず後退る。その紅い輝きは、猛る炎のようでもありながら、儚い光にも見える。
「これで一応は、私と貴様は運命共同体な訳だ。そうだな……まぁ、私と貴様の関係は主と従者と言ったところだ。勿論、私が主だぞ? そうだというのに、どうしてそんな浮かない顔をしているのだ? そこはもっとほら、喜んぶところだろうに」
「……僕は見ての通りの存在ですから」
少女のような身体。
彩色を放つ瞳。
人間に造られた、決して人間ではない何か。
だからと言って亜人でもない、この世界に於いて余りにも不自然過ぎる存在。それが人造兵だった。
「うん? あぁ、目の色の話か? 他に類を見ない美しさだ、私としては気に入っているぞ。まぁ、身体に関しては男ならもう少し頼りがいのある方がいいだろうが……」
ぽんと胸の辺りを軽く叩いて、下から真っ直ぐに顔を覗き込んでくる。
幼げな、しかし何処か大人びたその表情は、嘘や誤魔化しでルクスを慰めようとしているようには見えなかった。
「私はそこまで気にはしない。よく仕え、自らの在り方を示して見せよ。封印を解かれた恩もあるが、何よりも貴様は面白い拾いものだ」
「……僕は人造兵なんですよ?」
誰もが不気味に思いルクスと距離を置く。
例えルクス自身が何か罪を重ねたわけではないにしても、人工的に造られた、他者の命を奪うための歪な生命は、人々に疎まれてきた。
「だからなぁ……!」
「いっ……!」
がんと、大きな音がして目の前で星が散る。
下から上に、突き上げるような頭突きを受けて、ルクスは背後に弾き飛ばされて尻餅を付いた。
未だに何が起こったのかを把握できず情けない顔を向けると、腕を組んで、ベオが不機嫌そうな顔でこちらを見下ろしている。
「貴様が何者であるかなど、知るか。今の時代の理に興味はない。私にとっての貴様は、英雄に憧れる無謀な小僧であり、小娘一人見捨てられぬ阿呆であり、封じられていた私を解放した、馬鹿だろう。そんな貴様だからこそ、私は共に在ろうとしているのだ」
小さな手が差し伸べられる。
それはルクスよりもずっと幼い少女の物であるにも関わらず、妙に大きく見えた。
「……わかり、ました」
「敬語は要らん。基本的には私の方が上とはいえ、我々はあくまでも対等なのだからな。そうだろう、英雄を志す小僧」
「……うん、わかった」
その手を握る。
温かな体温が伝わってきて、確かな力でルクスの身体がそこから引っ張り上げられた。
「では、これにて改めて契約完了だ、ルクス。精々私を幻滅させてくれるなよ」
「努力しま……頑張ってみるよ」
途中で言葉を変えたのを聞いて、ベオは満足そうに頷く。
そうして改めて契約を結んだ二人は、洞窟の中の出口を探して進んでいくのだった。
▽
ミリオーラの街の西側にある大通り、その一角に聳える二階建ての建物は、この国における有力ギルドの一つである『グシオン』の拠点として改装が完了していた。
石と木でできた二階建ての建物の一室、そこに男の鳴き声が木霊している。
その泣き声の主は、先日ヤルマの屋敷に訪れたライナー・アーケルだった。
「おぉ……! 我が愛する部下達よ……。マイク、クリム、トルドリン……。私を慕いこの地に付いてきてくれた、共にこのグシオンで名を上げて凱旋を約束した友は、忌むべき亜人共の手によってもうこの世にいない!」
彼のその異様な姿を、数人の兵士達が傍で見ている。ある者は部下達の名を覚えその死に涙する彼に対して信頼の視線を向けるが、またある者は一歩引いてその姿を見ているなど、態度は様々だった。
そうしてある程度の時間を置いて、ライナーはようやく落ち着いた。彼は部屋の奥にある自分の机に付いて、今回の戦死者名簿を部下の一人に手渡す。
「内容は確認した。彼等の家族には、然るべき対応を。彼等はこのグシオンのために戦い命を落としたのだから、その家族達が飢えることのないようにな」
「承知しました」
主に事務や手続きを担当する役職にある男が、それを受け取って下がっていく。
続いて、もう一人の男が前に出て、ライナーに対して発言した。
「ライナー隊長。今回の件、やはり襲ってきたのは反連邦を掲げる亜人共のようです。周辺の住民に聞き込みをしたところ、そう言った者達が盗みや儀式を行うなどと言ったことが散発していたとのことです」
「ふむ、やはりそうか! それもこれも、アルテウル連邦の力が弱まっていることの表れであるな。しかし、だからこそ我々グシオンを初めとするギルドが、そう言った蛮行を取り締まり、人々の安全を確保していかなければならない。引き続き、調査を続けろ」
「了解しました。既に奴等の拠点は数カ所に絞られており、本部からの増援が到着次第、偵察隊を組織します」
「よろしい」
そう言うと、今までこの場にいたうちの二人は部屋から出ていく。
最後に残った一人は、二人が去っていき、扉が閉まるのを確認してから口を開いた。
「ライナー隊長、此度の件、報告書を読ませていただきましたが……」
「何か不備でもあったのか?」
「いえ、しかし、屋敷の中で交戦したという怪物の正体が気掛かりです。ライナー隊長を圧倒したその力、ただの魔物とは思えません」
「……そうは言うが、炎に囲まれた屋敷の中だ。住人の避難も考えれば、全力で力を振るうことはできん。それに例え凶悪な魔物だろうと、次はこちらの相応の武装を用意して挑むことができるだろう。現に我等は、本部より駆動鎧を受領しているのだから」
「いえ、そうではなく……」
男は報告書を捲り、次に懐から一枚の紙片と取り出して、ライナーの机の上に置いた。
そこに書かれていたのは、ある特徴を持つ魔法生物についての簡単な資料だった。
「……これは……」
「紫色の輝き、強い魔力の反応。自分にはそれがただの魔物には思えません。……ライナー隊長が交戦したのは、魔獣である可能性があるでしょう」
「ま、魔獣だと!」
魔法生物と呼ばれる、強い魔力を秘めた生き物達。その中でも一際凶暴で危険性が高いものを、魔獣を呼ぶ。
「……奴等は二十年前の魔王戦役の際にも現れ、我々人間に多大な被害を与えました。当時にせよその後にせよ、彼等を討伐した記録は、彼等にしかありません」
「……英雄」
ライナーが拳を強く握る。
「こちらの方で、本部に連絡をしておきましょう。騎士団との繋がりがあれば、英雄を派遣してもらうことも可能なはずでしょうから」
「ま、待て!」
思わず、ライナーが手を伸ばす。
英雄、そう呼ばれる戦士達の頂点。神に選ばれた、圧倒的力を持つ最強の存在。
確かにその力があれば魔獣であろうと討伐することは可能だろう。
「……ま、まだ奴が魔獣と決まったわけではない。その程度のことで英雄の力を借りるようなことがあっては、グシオンの名にも傷が付く」
「自分はそうは思いませんが。ギルドマスターは、常に最善を尽くせとの命令を下しています」
ライナーが言葉に詰まり、押し黙る。
それを肯定をと認めたのが、部下は一礼して部屋から出て行った。
「……このままでは、私の支部長としての立場が危うくなる……!」
それが本当に魔獣だったのならばそれでいい。彼の言う通り、ここにやってきたばかりで態勢も整っていない一支部には荷が重い相手だ。
問題なのは、それが魔獣でなかった場合だ。汚名は、栄光よりも早く世間に広まる。恐らくライナーは、たかが魔物如きに英雄の力を借りた恥さらしと罵られることになるだろう。
「……英雄が動きだす前に、我等で魔獣を討伐する必要があるか」
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