第37話

 1匹2匹3匹、2本の短剣を振る度に緑色の体毛を赤く染める緑人猿。

 距離を取って木の上から石を投げてくる者、地面から襲いかかってくる者、木の陰から様子を伺う者とそれぞれいるが、そんなことなどお構いなしに1匹、また1匹と目に付く端から魔力斬撃で仕留めていく。

 この緑人猿という魔物、多少は知恵を持っているのか拳大の石や土塊、動物の糞などを投げてくる遠距離部隊と、木の枝や一抱えはある岩を持って殴り掛かってくる近接部隊がいる。

 それは連携と言うにはお粗末な物だが、当たれば確実に負傷する殺傷力はあるため甘く見ることはできない。

 特にノーダメージを指示されたケイトは飛来物に注意の大半を割きつつ、近寄ってくる魔物を1匹1匹慎重に倒している。

 今の段階で俺の討伐数はゆうに50を超えている。

 戦闘が始まってからというもの休眠状態だった魔物が起き出し、さらには俺の知覚範囲外からも集まりだした。

 そして今もまだ集まって来ており、200を超えた時点で数えるのをやめた。

 正直これほど数がいるとは思っていなかったが、見つけたその場で討伐を決意してよかったかもしれない。

 この数であれば明日にもこの森の食料が尽きていたかもしれないからだ。

 むしろこの数を抱えてよく今まで溢れてこなかったものだ。

 おそらく初心者の森は見た目以上に疲弊しているかもしれないが、こいつらを倒して後の管理をギルドに押し付ければいい。

 さすがに200以上もの緑人猿の討伐部位を見せつければ、自分達がどれだけ危機的状況だったか分かることだろう。

 そもそもの話としてハンターギルドは国の管理下にあり、各ギルドはその地域の魔物が増えすぎないよう管理する義務がある。

 それを怠っただけでなく9等級の依頼として提示されているものでこの有様、依頼詐称もいい所だ。

 依頼詐称による賠償金と事前に危機を防いだ功績そして緑人猿の討伐報酬、諸々の事情を踏まえると等級を一足飛びで上げれるだけの功績と、しばらく贅沢できるだけのお金が懐に入ってくる。

 つまり稼ぎ時と言うことだ!


「ケイト君!私はなるべく注意を惹きつけて奥の方で迎え打つ!そっちは残党が森の外に出ないように頑張って!あと課題も忘れずに!」

「無茶言いやがって!もう俺の剣は限界寸前だってのに!」


 戦闘の合間にケイトを一瞥すると確かに刃がボロボロとなっており、どこかが緩んでいるのか振るたびに金属と金属がぶつかり合う音が響く。

 ケイトの方もすでに30は超えていたため、農村に常備していあるような剣とケイトの今の技量ではここらが限界だろう。

 なので緑人猿を切り伏せ、一瞬の空白の時間で背負っている片手剣を投擲する。

 鞘に収まったままの剣はケイトに襲い掛かろうとした緑人猿の頭を砕き、その反動で刀身が飛び出る。

 飛んで行った剣はちょうどケイトの方へ向かい、それを視界に収めたケイトは自分の剣を遠くの魔物に投擲して仕留め、すかさず俺の剣を握って緑人猿に対処する。


「それ使って!」

「前々から思ってたけど器用だな!?」

「そりゃどうも。それじゃ行ってくる!」

「気をつけろよ!」

「そっちもね!」


 俺は森の奥へと直進し、通り過ぎざまに魔力波動で位置を特定した魔物を魔力斬撃の応用の刺突を放つ。

 名前はそのまま魔力刺突にしておこう。

 魔力刺突は斬撃より範囲が狭いがその分貫通力が高い、そのため木を盾に隠れている緑人猿を木ごと貫ける。

 魔力斬撃でも木を両断できるが、なるべく自然への被害は減らした方がいいだろう。

 単純に倒木すると危ないという理由もある。

 とにかく、今は感じ取った魔力を頼りに射程範囲内の魔物を魔力刺突で射抜きながら森の奥、緑人猿がより多く集まっている場所へ向かう。



 しばらく緑人猿の血で森にレットカーペットを敷いていると、森の只中でありながら開けたスペースに出てきた。

 そこには木々や草、動物の骨やらが積み重なってできた魔物のマイハウスがあり、群れのボスと思われる個体が中央に鎮座している。

 サイズは他の緑人猿とは桁違いであり、普通サイズが5歳の子供くらいだとすると、ボスは大人のゴリラくらいはある。

 これで同じ種族というのだから驚きだ。

 おそらくあれは上位個体と呼ばれるもので、稀に秀でた能力を持つ個体が生まれるのだとか。

 こちらも珍しいは珍しいが特殊個体とは違い、大きな群れなんかは高確率でその上位個体がボスを勤めているんだとか。

 広場に鎮座する上位個体の周りには沢山の配下が蠢いており、遠巻きに見ていると緑色の絨毯が波打っているように見える。

 道中魔物の気を引くために派手に動き回っていたので、俺の居る位置は大体わかっているだろう。

 その証拠に上位個体を中心に魔物の群れが集結しつつあり、俺はその包囲網の分厚い部分に立たされている。

 そんな真似をしなくともこちらは逃げも隠れもしないというのに。

 俺は助走をつけて森を抜け出し、敵地の中心に飛び込む。

 突然現れた俺に驚いた魔物達がキィキィと鳴きわめくが、そんなのお構い無しに体を回転させて短刀を振るい、周辺一帯を魔力斬撃で一掃する。

 反応できなかった者、避けるのが遅れた者そして防御しようとした者は例外なく体が上下に分かれ、危険を察知した者は跳躍によって回避する。

 上位個体も俺の攻撃を危険と判断して一時的に空を跳んでいた。

 着地する頃には地面は血溜まりで埋め尽くされ、血の海に緑人猿の死骸が浮ぶ彼等にとっての地獄が出来上がった。

 その惨状を目にした生き残りは萎縮して後退りしたり、魔物でも腰を抜かすことがあるのか着地に失敗して這いずるように逃げようとしていた。

 だが上位個体だけはしっかりと二つの足で地面を踏み締め、憤怒の形相で俺を睨んでいる。

 すまないね、君達に恨みがあるわけじゃないけど、農村で育った身としては君達のような畑を荒らす存在を看過できない。

 だからと言ってはなんだけど好きなだけ抵抗するといい、そして俺を恨んで死んでくれ。

 俺は2本の短剣に魔力を注ぐ。

 本来魔力は無色透明なのだが、一箇所に集中し濃度が上がることで色付いて発光する。

 膨大な魔力が注がれたことで短剣に多大な負荷がかかり、金属が擦れ合うような甲高い悲鳴を上げる。

 限界まで魔力を注いだ短剣は俺の髪や瞳と同じく黒く染まり、漆黒の短剣へと姿を変える。

 溢れ出る魔力で周囲に暴風が吹き、死の具現を目の前にした魔物は動くことすらままならない。

 そんな中、上位個体だけは本能が恐怖を訴えようと震える体を必死に動かし俺に向けて足を進める。

 この濃密な魔力であれば例え才能がなかろうと魔力を感じ取れる、気配に敏感な野生動物であれば尚更その脅威を感じとっていることだろう。

 それでも戦意を失わず俺に立ち向かおうと足を進める上位個体は、群れを率いるボスに相応しい風格に見える。

 側からすれば蛮勇この上ないことだろうが、それでも群れのボスとして譲れない意地を張る上位個体のその姿は俺にとって立派な戦士そのものだ。

 ゆきずりの出会いではあったが、ことこの上位個体にだけは敬意を払おう。

 腕を交際させ勢いよく短刀を振り抜く。

 解き放たれた魔力が漆黒の刃となって飛んでいき、軌道上の全てを飲み込んで跡形もなく消し去って行く。

 広場に散った死骸も、血を吸い込んだ地面も、勇敢に立ち向かった緑人猿の上位個体とその他取り巻きも何もかもを無慈悲に無情に飲み込み、斬撃が通り過ぎた後にはただの更地しか残らなかった。

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