第36話

 街を出てソーンスタットとは反対方向、北側の街道を少し進み道を逸れる。

 そこから少し進むと段々木が増えていき、最初はまばらだった木々は少し見通しが悪くなるくらいには密集し始める。

 ここはスダラーダに近い森で、通称初心者の森。

 正式な名前はあるようだが、正式名称よりも初心者の森という二つ名の方が浸透しているらしく、俺とケイトもそう呼ぶことにした。

 俺達が引き受けた依頼は、ほぼ全国から害獣として認定されている魔物、緑人猿。

 彼等はこの世界版ゴブリンといった立ち位置で、繁殖力が高くどこにでも生息する緑色の体毛をした子供サイズの猿だ。

 放置するとその繁殖力で住処を圧迫し、群れを追い出されて溢れた個体が近隣の村や街を襲い始める上に、その魔物の素材はなんの役にも立たないほど粗悪なもので、唯一の使い道は燃やした骨肉を肥料として使うことくらいなのだが、その肥料としての役割すら無いよりマシという代物だ。

 国が害獣に認定しているため狩った数に応じてギルド経由で報酬が出るのだが、その額は微々たるもの。

 1匹いたら10匹はいると言われる魔物を狩る労力と討伐部位の持ち帰りの手間と時間、それらを考慮すると赤字になることがほとんど。

 ハンター側からすると狩るだけ時間の無駄、旨みのない仕事の代名詞として有名だ。

 俺達が受けれる近場の討伐依頼はこれくらいしかないが、登録初日の件で予想外の収入を得たため急いで等級をあげなくとも懐に余裕がある。

 なので今回はお試しとして依頼を受け、午後は街で自由行動にするつもりだ。


「うっわ、この数はちょっと予想外....」

「そんなに多いのか?」


 初心者の森に入り魔力を探ると、森を埋め尽くす勢いの魔物を感知した。

 休眠状態の魔物は魔力の波動を感じられないので、実際にはさらに多くの魔物が潜伏していると予想される。


「長らく放置されて繁殖し放題みたいだね、ケイト君は今の段階でどれだけ感じ取れる?」

「う〜ん、そうだな....20以上、かな?」

「そうだね、20以上は確かにいるね」

「実際はどれくらいいるんだ?」

「....100匹以上」

「はぁ!?100匹ってマジで言ってんのか!?」

「マジもマジ、大マジだね。これはちょっと、早急に対処しないとマズイかも」


 縁人猿は雑食なため目についた物を片っ端から食べてしまう。

 それがこの森の中に100匹以上、しかもこの数はあくまでも一部、明らかに初心者の森の許容量を超えてしまっている。

 このまま放置していたら近いうちに森を溢れ、食料を求めて付近の街や農村の畑を襲いに行くかもしれない。

 そしてスダラーダからほど近いソーンスタットも、緑人猿の活動範囲を予想すると十分襲われる危険がある。

 あの自警団がいてくれれば問題はないだろうが、災いの種は根底から根絶やしにするに越したことはない。

 それに、緑人猿は幼い子供を攫うと聞く。

 幼い子供=ジーナな訳で、例え天文学的確率であろうとジーナに危害が加わる可能性があるならばその存在を許してはならない。

 俺の本能がそう言っている。


「ケイト君、今回は私も戦闘に参加するよ」

「ああ、さすがに100匹は俺には無理だ」

「根絶やしにするよ」

「そうだな、一旦戻ってギルドに報告.....今、なんて?」

「今からこの森の緑人猿、根絶やしにするよ」

「お、おい、マジで言ってるのか?」

「ケイト君は森の浅い所で自衛に専念してていいよ、私は奥の方を倒して緑人猿の群れの規模を大まかに把握して全部狩ってくる」

「本気で俺達だけで狩り尽くすつもりなのか?」

「目の前にいつ溢れかえるかわからない魔物の群れがあるんだよ!そんなの放って置けないよ!」

「.....本音は?」

「ジーナが魔物に襲われる可能性を考えたらイラっと来ました、なので奴等には滅んでもらいます」

「はぁ、だと思ったよ。どうせ俺には

拒否権はないんだろ?」

「まぁまぁ、これも稽古の一環だと思ってさ。対複数戦の実戦形式ってことで」


 俺は渋々殲滅に参加するケイトを伴い短剣を構える。

 ケイトも剣を構えて戦闘体勢に入る。

 うむ、せっかく稽古の一環ということにしたんだ、課題の一つでも課そうではないか。


「ケイト君に一つ課題です」

「なんだ?」

「緑人猿からの攻撃による一切の負傷をしないこと、できるね?」

「わかった、やってやるよ」

「ちなみの課題を達成できたら夕食のおかずは奮発して肉厚のステーキになるよ」

「よし、やってやらぁ!!」


 やはり育ち盛りにはお肉が1番。

 ご褒美を伝えたい瞬間やる気に満ちたケイトは、俺に付かず離れずの距離を維持したまま周囲の警戒を行う。

 まったく、男って単純なんだから。

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