第5話
「僕の名前はジル、あれは親父のガリル」
「親父に向かってあれとはなんだ」
スープが出来上がり手渡してくれると、今になって自己紹介を始める。
普通は顔を合わせたタイミングでするものだが、俺もしていなかったので人のことは言えない。
「私は....ユウです」
「ユウちゃんか」
名前の由来は前世の
さすがにこの姿でガッツリ男の名前を名乗るのも違和感があるため、抜粋して名乗った。
こんなことなら新しい名前を考えておけばよかった。
「ユウちゃんはどうしてこんな所にいるんだ?村からも離れているし、魔物も出てくる。子供が1人で居ていい場所じゃないぞ」
「それが、よくわからないんです」
「わからない?」
「はい、気がついたら1人でここに居て、途方に暮れて歩いていたらこの小屋を見つけたんです」
一応嘘は言っていない。
気がついたら邪神の下にいて、気がついたら広い大地に突き落とさていたのだから。
「それじゃ親御さんも心配してるだろう?」
「いえ、もとより親も兄弟もいない身なのでその心配はありません。...ついでに帰る家も」
「そいつは...」
これも嘘ではない。
何せここは異世界なのだから、前世の両親もいなければ家もない。
あとついでに友達もいないが、それは前世と大差ないので問題ない。
そうとは知らないガリルとジルは気の毒そうにこちらを見ている。
おそらく1人取り残された可哀想な子だと思っているのだろうが、誤解を解く気はさらさらない。説明のしようがないからな。
「親父、この子村で面倒見てあげない?」
「簡単に言うが子供1人抱えるのがどれだけ大変か分かってるのか?」
「だってここに残しておくわけにもいかないだろ?」
「そりゃそうだが...」
「頼む親父!」
ジルはそういうと深々と頭を下げて懇願する。
ふむ、どうやら天涯孤独の身である俺を引き取って面倒を見ようと言う話し合いのようだ。
俺としてもそうしてもらえると助かる。
この世界に来たばかりで知識も何もなく、安定した生活を送るにしても金を稼ぐ方法がわからない。
この親子には面倒をかけるが、しばらくお邪魔させてもらえるととても助かる。
腕を組んで唸っているガリルにダメ押しの一手を送るとしよう。
俺は両手を膝の上で握りしめると少し俯き、声をわざと震わせるよう意識しながら口を開く。
「私は1人でも大丈夫です。....今までもそうでしたから」
3人の間に沈黙が訪れる。
ジルは俺の手を取ると強く握り、しっかり目を合わせる。
「1人じゃないよ、俺もついてる。例え親父が許可しなくても俺がユウを1人にしないから」
「親父の前でそれを言うかねぇ、このバカ息子は。はぁ、わかったよ、村に連れて帰ろう」
「いいのか親父!?」
「ただし、ユウちゃんの面倒はお前が見て、村の仕事もお前が教えろ。その上で自分の仕事もしっかりこなせ、いいな?」
「わかった。よかったねユウ」
「あの....ありがとうございます」
「ジルの言うように子供をこんな所に放っておくわけにもいかないからな」
2人は心の底から俺の身を案じて村に引き入れることを受け入れてくれた。
そんな2人の優しさに、今更になって心が痛む。
今なら罪悪感で人が殺せるレベルで胸が痛い。この場合死ぬのは俺だろうが。
だがせっかくの機会を逃すわけにもいかず、罪悪感も合わさりお礼の言葉が喜びを噛み締めるいたいけな少女のようになってしまった。
まじでごめんなさい。
〜翌朝〜
村に引き取られることが決まった俺は、ガリルとジルに連れられて街道を歩いていた。
何故かジルが手を握って道を先導してくれている。
正直1人で歩く方が楽なのだが、昨日の後ろめたさと、こちらを気遣っての行動とわかっているため離そうにも離せない。
ちなみに、俺の着ている黒ジャージはこちらでは見かけない服装だったらしく、2人に奇妙な服というご感想を貰ったので、とりあえず「民族衣装です」と言って納得してもらった。
街道を進んでいる間、ガリルは先頭を歩きながら周囲を警戒しているのが窺える。特に空への警戒度が高く、数分おきに遠くを眺めている。
「ここら辺はギリギリ
「翼刃鳥?」
「羽が鉄のように硬くて鋭い鳥の魔物だよ」
そんなガリルの姿を見ていると、隣のジルが説明してくれた。
そして図らずも元旅のお供の名を知ってしまった。
そうか、彼等彼女等の名前は翼刃鳥というのか。今や土の中に埋もれて肥料となっているが、一時期同じ
「あいつ等は縄張りに侵入した者を群れで囲って鋭い翼で攻撃してくるから、翼刃鳥を見つけたらすぐに身を隠さないといけないんだ」
「そうなんですね」
今になって翼刃鳥が俺に襲いかかってきた理由が判明した。
一直線に空を飛んでいた時に彼等の縄張りに侵入してしまっていたらしい。
そりゃ襲われても文句言えませんな。
だが、この世は弱肉強食。弱き者は淘汰されるのが世の常なれば、あの場において強者は俺であり、弱者は翼刃鳥だったにすぎない。
正義が勝つのではない、勝った者が正義なのだ。つまりあの戦いで勝利を勝ち取った俺こそが正真正銘正義ということ。
以上を持って俺は悪くないということが証明された。
言い訳完了!
「どうしたのユウ?」
「いえ、そんな怖い魔物に襲われたら嫌だなと思って」
「安心して、親父は鷹の目って言う加護を持ってるから人より遠くを見れるんだ。だから魔物が俺達を見つけるより親父が先に見つけてくれるよ」
「加護?」
加護とはなんぞや?と首を傾げていると、ジルが驚いた表情をする。
「ユウはもしかして加護を知らないの?」
「知りません」
「そっか、そうだよね。このくらいの子が親を亡くしたなら加護のことを聞いていない可能性も十分あるのか」
何やら1人で頷いて納得している様子のジル。
加護とやらは本来なら親御さんが教えてくれるのか?少なくともこの世界の住人にとっては共通の知識なのだろう。
「加護って言うのは神様が授けてくれる特別な力で、生まれつき加護を授かる人もいれば後から授かる人もいる。もちろんみんながみんな加護を授かるわけじゃないから、親父のように加護を持つ人はよく頼りにされるんだ」
「へぇ〜」
なるほど、特定の人だけが持つ特別な力というわけか。
つまり俺の権能も使っても不審がられることはない?
侵食世界は確かに破格な力だが、そもそもこの力を他人に見せて良いものなのかという不安があった。
ファンタジー物の話に限らず異質な力は排斥される傾向がある。人間誰しもよくわからない物をそばに置きたがらないものだから仕方ない。
だが、加護という不思議パワーを受け入れる下地があるのなら、この権能も加護ということで受け入れてもらえるだろう。
そもそも加護と権能の違いがわからないので大丈夫大丈夫。
ということでジルに
「じゃあ私も加護を持ってます」
「え、本当に!?」
「はい」
俺は権能で透明な力場を作り、腕のように操って近場の石を持ち上げる。
権能は俺の切り札でもあるため能力の詳細を教えるつもりはない。だから表向きは今のように物を動かせる加護として使うつもりだ。
まぁそれでもバレない程度には他の用途でも使うが。
ジルは浮いた石を見るとすごい勢いでガリルを呼びつける。
「お、親父!!見てくれ!ユウも加護を持ってた!」
「なに!?」
「しかも物を動かせる加護だよ!」
「マジか!こりゃ最高の加護じゃねぇか!」
なにやら親子揃ってはしゃぎ出してしまった。
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