第2話
雲の上から落下してパラシュート無しで生き残った人間は、異世界と言えど俺くらいのものだろう。
死を覚悟して地面と抱擁するまでの間、神様への
体を中心に透明な膜のようなものが広がり、俺の体を空中で停止させていたのだ。
最初は何が起きたのかわからなかったが、冷静さを取り戻すにつれてこの力がなんなのか自然とわかった。
神様の権能、その一欠片である侵食世界。
透明な膜が世界の理を書き換え、落下という現象そのものが消失していることが判明した。
どうやらこの侵食世界の範囲内では俺の思い描いた通りに世界を書き換えることができ、あらゆる現象、あらゆる法則を操れるようだ。
試しに降り立った大地に草花を生やしてみたら、種も苗も植えていない地面から発芽も成長もすっ飛ばして生えてきた。
無から有を生み出すことすらできてしまうようだ。
もちろん既存の植物にも手を加えることができ、一瞬にして花弁が開くまでに成長させることができた。
だが無から有を生み出した場合、侵食世界を解除すると生み出したものは消えてしまい、元あるものを書き換えた場合はその場に残った。
この権能は万能だが全能というわけではないらしい。
それとわかったことがもう一つ。
「もう...無理...」
発動中の権能を解除して地面に倒れ込む。
侵食世界は負担が大きく、数十分も使えば疲労困憊になってしまう。
しかも負担の大きさは範囲を広げれば広げるほどに大きくなり、最大限に広げれば数分どころか5秒と持たないだろう。
現状唯一の切り札になる権能の確認を終えた俺は、ついさっきまで自分がいた空を眺める。
「やっぱ地面にいる方が落ち着くな」
大地に寝そべり、そよ風が体を撫でる。
汗ばんだ肌を冷ましてくれる感覚が気持ちいい。
「しばらく休憩してから移動するか」
この世界で何をするかは決めていないが、何かをしろとも言われてないんだ。
行き当たりばったりなにはなるだろうが、俺のやりたいことをやればいいさ。
神様もそう言っていた。
「汝の行先が自らの望むものであることをか、その言葉だけは高評価しといてやるよ」
見ているかどうかわからないが空に向けてサムズアップをする。
望んで来たわけではないが、せっかくもらった第二の人生だ、次こそは天誅を全うしようではないか。
「うん?」
突然俺の横に何かが落ちてきた。
そちらに視線を向けると光を発する文字で書かれた石板が地面に突き刺さっており、寝そべっている俺がちょうど読みやすい角度になっている。
「なになに?『伝え忘れたことがあったんだ。君の体は見た目は幼いけど肉体的には大人だからちゃんと子供も産めるよ、もし子宝に恵まれたら報告してね、祝福と加護を授けるからさ。君の神様、邪神ヴァルヴィグより』そんな気遣いいらんわ!!誰が子供なんか作るか!男とヤルつもりはねぇんだよ!!」
俺は立てた親指を下に向けてあらためて空に突き出す。
ちょっとはあいつに感謝してもいいかもと思った俺がバカだった。てかあのクソ神様って邪神だったのかよ⁉︎
確か俺ってあいつの使徒なんじゃなかったか?そんなことを口にしていたはずだ。
「ヴァルヴィグの使徒だと言うことは墓場まで持っていこう」
邪神の使徒、字面がすでに厄介ごとのフラグを建てている。
確実に秘密にした方がいい事柄だろう。
「俺、この世界でやっていけるかな...」
こうして俺の異世界暮らしが幕を開けた。
邪神の使徒という爆弾を抱えて。
十分な休憩を取った俺は石板を叩き壊した後、侵食世界で自身の姿が見えるように空間を歪めて容姿を確認する。
なぜ鏡のように光を反射させないのかというと、その方がかっこいいからだ。
「うん、可愛い。流石は神様が作っただけのことはある」
小さな女の子なのは身長と幼さの残る声でわかっていたが、どんな容姿かはわからなかったためこうして確認している。
背中まで伸びた髪は夜空を切り取ったかのように黒くて艶があり、漆黒のカーテンのごとく風に靡き、瞳はブラックダイヤモンドと見紛うほど綺麗で引き込まれる魅力が備わっている。
顔は幼いながらに均等が取れており、このまま成長すれば傾国の美女になることは間違い無いだろう。
もっともこの体はすでに大人らしいので成長することはないだろうが。
そして身長はというと目算で130cmくらい。
「神様よ、身長はもう少し高くてもよかったんじゃないっすかね...」
せめて160、いや150cmくらいはあってもいいと思う。
さすがにここまで身長が低いと日常生活で苦労しそうだ。
世の中の大抵のものは平均身長を基準に作られているため、量産品や公共施設など多くの手が触れるものはこの体では使いづらかろうに。
まさかこの身長が異世界の平均身長なのだろうか?
まぁ、そんなことはないだろうな。
俺を転生させたのが誰だか忘れたか?邪神だぞ邪神、邪な神と書いて邪神な訳ですよ。
そんな奴がご丁寧に平均身長にしてくれるわけがない。
今更どうこう言ったところで、神の決定に人間の裁量は加えてもらえないらしいので諦めるほかないのだが...
それともう一つ気になることがある。
「この服ってどう見てもジャージだよな?」
俺が現在着ているのは白いラインが入ったごく普通の黒ジャージ。
前世で寝巻きとして使っていた俺のジャージをそのまま小さくしたような物を着ている。
いや、フリフリしたスカートを着させられるよりは着慣れたジャージの方がいいけどさ。
なんというか顔が無駄に綺麗だから、いいとこのお嬢様がジャージを着させられてる感が半端ない。
顔がいい分何着ても似合うのだろうが、異世界に来てまで着る物がジャージってのはどうなのよ?
こっちもどうこう言ったところで仕方ない。
落ち着いたら異世界の衣類をあらためて買い揃えればいいさ。
「ある程度身の回りのチェックも済んだところで、人のいる場所でも目指しますか」
俺はそう呟くと侵食世界を体に纏わせ、世界の理に介入した。
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