第十二話 報酬と未来と春までカニ三昧
ぐにゃリと視界が歪む。
入る時よりも少し長い重力変化が収まると、そこは静謐な玄室であった。
再び【氷の迷宮】を再構成したのだ。
「ここ、ですね」
エイナスが手にした【妖精の宝珠】を台座に収めると、石造りの部屋全体がアイスブルーにぼんやりと輝いた。そして、【妖精の宝珠】の淡い光の中から、ふわりとフラウが生まれる。一人、また一人と。
どこかリリアンっぽい面影があるのは、きっと偶然ではないだろう。
「ここが【氷の聖地】……です」
夢見るようにリリアンが呟く。
俺のような奴が、長居する場所じゃない。俺は踵を返すと、上への石階段を上がってゆく。
階段の出口は【氷の宮殿】の謁見の間だった。
氷の玉座には、本来の主である妖精王ミーミルが座り、笑みを浮かべている。
身長五メートルほどもある、筋骨逞しい氷の偉丈夫だ。
俺的にはスカディ姿のルーテシア様の方が眺め甲斐があるのだが、あまりそちらをガン見して恥じらわせると、エイナスの眉が吊り上がるので、程々にしておく。
今、切実に映像記録の魔導具が欲しい。
「今回の件では、人族に多大なる面倒をかけたことを、妖精王の名を持って謝罪しよう」
難しい問題だ。
ルーテシアを妖精側と見るか、人族側と見るかで責任の所在が変わる。
発端は、ルーテシアが【氷の聖地】の扉を開いたことなのだから。
妖精王は、ルーテシアを妖精側と認めている。
「しかし、妖精王様……ルーテシア様は人族です。ノルドランの領主一族の姫君です」
「エイナス……。」
どうしても、ルーテシアを連れ帰りたいのだろう。必死にエイナスが言い募る。
でもなぁ……この寒い氷でできた宮殿で、ハイレグアーマーに素脚、臍出しの大胆な姿で平気なルーテシア様は、だいぶ妖精側に行ってしまってる気がするぞ?
見つめ合う二人には、結果を出せそうにない。
仕方ないと俺は前に進み出て、ルーテシアに声をかけた。
「ルーテシア様、
「……はい」
理由もわからぬまま、キョトンとルーテシアが頷く。
俺は近づくと、左耳に垂らされた一筋の細い三つ編みをナイフで切り取った。
そして、それをエイナスに渡す。
「エイナス……ルーテシア様は、前領主の剣の封印を解くため妖精王に連れて来られ、その剣を手に魔族の指揮官に挑んだが、叶わず、儚くなられた。我らがその敵を討ち、【妖精の宝玉】を取り戻した」
「何を言っているのですか? ディノ・グランデ」
「妖精王様はルーテシア様の魂を哀れに思い、スカディとして蘇らせた。スカディとなったルーテシア様は、きっと妖精と人族の架け橋となり、外交官の役を果たすはずだ」
「ディノ……あなたは……」
「エイナス。……そのシナリオが最善でしょう。私はもう、人族の世界には戻れません。ですが、立場を違えても、ジョアンナ領主と手を取り合うことが出来ます。それは、素晴らしいことではなくて?」
「ルーテシア様、あなたは……それでよろしいのですか?」
「はい…………」
長い、長い時間をかけて見つめ合う。
そして、ノルドランの宮廷魔道士は、悲しげに目を伏せた。
「……解りました。私も宮廷魔道士として時折、この宮殿を訪れさせていただきます」
「……お待ちしております。エイナス」
「ミーミル様よ、その内に何人かスカディクイーンが増えそうだな?」
話の分かる妖精王は、サムアップで応える。
ルーテシア様は真っ赤だ。
「勇者様、せっかくのムードが台無しです」
「いいんだよ! あまりムードを出されちまうと、次の話がし辛い」
「……次の話?」
「そうだよな?
じっと俯いていたままのビヨルンが、呼ばれて顔を上げる。
まだ曇りが取れたとは、言いづらい顔してるな。
「僕には……まだ、どうするべきなのか、わかりません」
絞り出すように呟く。
ちらりとエイナスを見る。こいつも難しい顔をしてる。
覚悟を決めているのは、ルーテシア様だけか……。
そんな時──。
「少年よ……」
妖精王の声がした。
ビヨルンが、妖精王を見上げた。
「妖精に時の流れの概念はない。人との約束には不向きだ。だから、心が決まるまで悩めば良い……その時に尋ねてきても、吾にとっては今と変わらぬ」
「ありがとう……ございます」
この先、こいつがどう生きるのかは俺の知ったこっちゃない。
その辺りはエイナスや、この地の連中の仕事だ。
俺の歩く先に彷徨い出ない限りは、だが。
「そんじゃあ、坊やにはこいつをやるよ。ドラコマが持ってた魔剣だ……力のある剣だが、これに振り回されるも御すも、お前次第だ」
「わ~っ! 勇者様、そのまま渡しちゃダメですって! 魔族が使っていた剣ですよ? ちょっと貸して下さいね」
リリアンが丁寧に【浄化】する。
あぁ……何となく、禍々しさが無くなった気がするな。使える奴だ。
ビヨルンは、じっと剣を見ている。後は、もう俺の責任下ではない。
「それから、この前領主の剣はやっぱり、姫様が持つべきだろうな」
「私は剣を使えませんが……」
「あんたの役目は、コトが起きた時に妖精族の代表として、この剣を人族の騎士なり剣士に与えることだよ。共闘の印になる」
「なるほど……それはルーテシア様に相応しい役目ですね」
「エイナス……」
また頬を赤らめる、ルーテシア様。……勝手にやっててくれ。
話が済んだと見たのか、フラウがリリアンの着替えを持ってきてくれる。
……【妖精の生糸】で作られた聖衣が三着だと?
「ありがとうございます。エイナス様、着替えの場所をお願いします」
エイナスに空間を区切って貰い、嬉々として罰ゲーム聖衣を着替える。今回はスカディ四人が四方を守っている為イタズラもできない。
「【英雄】さん、あの聖衣の鑑定をしましたか?」
「ああ……教えてやろうか?」
「やめておきます。その顔を見たら、聞かない方が良い気がしました」
「その方が安心できるぜ。……リリアン、その聖衣は上から順にABCか何かで区別できるようにしておけ」
「はーい。何か意味があるのですか?」
「お前が知る必要のないことだ」
「変なの? ペンで書いちゃえ」
神官に言うのも何だが、世の中知らぬが仏という言葉もあるんだぜ……。
着替えを終えたリリアンは、光を受けると七色に煌めく生地がお気に入りのようで、嬉しそうだ。罰ゲーム聖衣と共に、残り二着も空間収納に放り込む。
「あ……妖精王様。宝箱では、気を使っていただいて申し訳ありません」
「構わぬ。他に礼が出来なかった故、唯一望みのしっかりしていた者の望みを叶えただけだ」
苦笑するしか無い。
魔族の方面軍の頭を潰して、報酬がバーべキューの串一本だからな。
ミスリル製と過剰品質になっても仕方ないだろう。
……待て。バーベキューの串といい、聖衣の着替えといい、妖精族からの報酬がリリアンに集中してないか?
まあ……今回は頑張ったから、許してやるか。
エイナスはルーテシア様を、坊やは時間をそれぞれ授かったようなものだ。
俺? ……俺は、まあ楽しい暇潰しをさせてもらったよ。
それで充分だ。
【氷の宮殿】を背に街へと帰る。
少なくとも、春まではもう何も起こらないだろう。
「あぁ、そうだ。勇者様、帰りに忘れずにワイバーンのお肉を、拾い集めていきましょうね。カニも美味しいけど、ステーキも食べたいです」
……勝手にしろ。
☆★☆
「どうだ! 西の大陸風カニピラフです!」
「おお、それは新しいな」
ここはもう雪に閉ざされたノルドランの街の宿、夕暮れのかまど亭。
俺とリリアンに対する、チコリのカニ料理バトルは凄いことになって来ている。
『春までカニ料理三昧』という契約で宿泊している俺達が飽きないようにと、この娘がまた手を変え品を変え、カニ料理のバリエーションで挑んでくる。
昔冒険者をしていた、亡き母が残したメモがレシピ帳代わりというが、昔っからリリアンのような奴がいたんだと呆れ返る。
「あぁ……これも美味しいです。またワイバーンのステーキはお預けです」
そんな嬉しい悲鳴を上げる聖女様に、他の宿泊から笑いが起こる。
ノルドランの街は、いよいよ冬本番だ。
第一章 ディノ・グランデと氷の宮殿 完
第二章 ディノ・グランデと西海の孤島 につづく
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