エピローグ
「〜♪」
鼻歌を歌う。営業時間はとっくに過ぎた。店内の電気はおおかた消え、レジの上についた蛍光灯が手元を寂しく照らす。
時計の秒針が鼻歌とは違ったリズムを奏でる。自分勝手な奴だと睨みつけるも無機物に伝わるわけがない。呆れた笑みを時計に向けてから再びファイルに花束の内容を書き込んでいく。
メモのつもりで書いていた物が、まさかあれほど役に立つとは思わなかった。
まるで好きな人と1冊の教科書を見あうような幸せなひと時。憧れだったその願いが時を経て叶うなんて。あの頃の私は想像もしなかったんだろう。やっぱり努力は正義だ。
10分にも満たないやり取りを頭の中で執拗に繰り返す。
顔を隠すためにつけたマスク。その下で三日月のような口で静かに笑う。
「あら、お疲れ様」
背後から声がかかった。振り返ると腰をさすりながら私を見る店長がいた。
軽いパーマのかかったショートヘア。確か年齢は今年で59歳だったはず。いつも穏やかで優しい店長。この店を選んだ理由は不純だけど、この人の近くで働きたいと思ったのは事実だ。
表情を戻し、いつもの頼れるお姉さんにスイッチを切り替える。
「ごめんなさいね。いつもより遅くまで働いてもらって」
「気にしないでください。それより腰、大丈夫ですか?」
「ええ。一応病院でコルセットとお薬もらって来たから。でも、しばらくは無茶しないほうがいいって。嫌ね。まだ元気だと思ってたのに」
苦い顔でため息をつく。確かに花屋は力仕事が多い。腰を痛めた体には辛い仕事だ。
可哀想だとは思う。残念だとは思う。
でも目の前の辛そうな姿より、幸せの余韻のほうが強い。
「それより、代わりにお仕事頼んでいたけど大丈夫だった? 説明分かりにくくなかった?」
「ええ。大丈夫です。もう全部終わりました。あとは終業時間までファイルに依頼内容とラフ画でメモを残しておこうかと」
「あー、あの花束のファイルね。お客様もイメージがつきやすいって褒めてたわ。それで今回はどんな注文だったの?」
「プロポーズ用の花束です。いろいろ悩まれてましたが、ひまわりをお勧めしたら採用してくださいました」
「いいじゃない。あ、だからご機嫌だったのね。ひまわり選んでもらえたから」
「はい。あ、それでお届けを依頼されたのですが。当日私が持って行ってもいいですか?」
頭の中で何度も繰り返した交渉を再現し始める。
店長は優しい。アルバイトの意見もしっかりと耳を傾けてくれる。理屈なんてこねなくても、少しのワガママは受け入れてくれるはず。
でも、好きな人のためには私の全力で応えてあげたい。
交渉の際に聞かれるであろう質問を考え、それに対する完璧な答えを用意する。何百通りもの状況を想定するには圧倒的に時間が足りなかった。両指ほどしかない作戦を武器に交渉に挑んだ。
「え? 業者さんに頼まないの?」
「ええ。今回は私の手で届けたくて。住所見ましたが近所ですし、細かい時間もお店のアカウントでやり取り出来ますし」
「そ、そう? ごめんなさいね。今時の若い子たちについて行けなくて。でもプロポーズなら細かい時間調整が出来たほうがいいわね。ひまわりちゃんが大丈夫ならお願いできるかしら」
少し早口で出来合いの言葉を並べる。早口で喋れば圧倒されて丸めこめるかもしれない。思いつきの作戦は大成功だった。おかげで強引な方法を使わずに済んだ。
「ありがとうございます。あー、でも少し失敗しましたね」
「何が?」
「こうなるのなら、99本のひまわり方が良かったかなって」
「あー、確かに。サプライズにはピッタリの花言葉だものね。でもお客様が納得されたならいいんじゃない?」
「そうですね。それに、いつでも届けに行けますし」
「うん? まあ、いいわ。鍵は私がかけるから、終わったら声かけてね」
「はい。分かりました」
そう言って重い足取りで離れていく。足音が消えた瞬間、私は頬に手を当てとろけそうな笑みを浮かべた。
全部完璧だ。正確な住所は手に入った。連絡手段も手に入れた。会いにいく口実も出来た。店長からの許可も得た。やっぱり神様は私の恋を応援してくれている。
あとは花束の準備くらいか。依頼とは別に私も花束を渡そうかな。今日会った感じでは私のことは覚えていないみたいだった。99本のひまわりを渡せば私の名前を思い出してくれるかも知れない。
99本のひまわりの花言葉は『ずっと一緒にいよう』
お嫁さんがいてもいい。子供が出来ても構わない。
さあ次はお嫁さんを真似だ。容姿、性格、口ぐせ、好み。努力することはまだまだある。神様が導いてくれた私の恋。
あなたを追いかけて、あなたを愛し、あなたに従う。これはそんな、ひまわりの物語。
sunfollower 栗尾りお @kuriorio
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