5月2日【後】

話し相手か…まあ少しならいいかな。


「いいですよ。」



彼女の目を見ようと彼女の顔を見つめても、目は合わなかった。


「ありがとう。」



ボケッとしながら胡座をかいている彼女の横に、同じポーズで座った。





―にしても、知らない人に話し相手を頼むとか、暇なのかな…。


「その制服、ここの近くの高校のですよね。学校帰りとかですか?」






「…そうだよ。あと、……でいいから。」

彼女は、細く小さな声で俺の反対方向を向きながらそう言った。





「すみません。なんて言いました?」






「…タメ語でいいって言ったの。君も高校生なんだろ。何年生?」



「2年生だよ。なりたてほやほや。」



そう言うと、彼女は少しニヤッとして、

「へへーん…じゃあ私の方が歳上だ。私は3年生。やっぱりタメ語はだめ。」

と言った。




―さっきまでのボソボソ声はどこに行ったんだか。



「…そうやって先輩風吹かせてると嫌われちゃいますよ?」


冗談交じりにそう言うと、彼女は顔をハッとさせて


「き、嫌いになった?」


と心配そうに聞いてきた。

…ちょっと面倒くさい人だな。




「嫌いも何も、さっき会ったばっかなんで好きとかも無いですよ。」


と言うと、彼女は



「そ、そっか。」



と、安心したような。

どこか不安そうな顔つきで呟いた。



その顔に違和感を覚え、その顔を眺めていると、ポケットでスマホが震えた。


スマホには、母から

『今日、かけるの面倒見て欲しいから早めに帰ってきてね。』


とメッセージが来ていた。


翔というのは5歳の弟だ。単身赴任で父は家におらず、母は夜勤や夕勤が多いから、面倒を見てるのは基本俺だ。





「それ、もしかしてスマホ…?」

彼女にもう少ししたら帰る事を伝えようと思っていると、彼女が俺のスマホを指さしてそう言った。


目はキラキラしているが、スマホに興奮する事はプライドが許さないのか、顔は平静を装っていた。



「え…もしかしてスマホ見たこと無いんですか…?」


「見た事くらいあるよ!でも、そんな大きいのなんてあったの…?」



…この人テレビとか見ないのかな。


「nPhone12ですよ。少し前に話題になってたじゃないですか。」


「じゅ、じゅうに!?そんなに出てるんだ…」

彼女の目がスマホの光を反射して更にキラキラと輝いた。



―ここまでスマホに驚いている人は初めて見たな。





◆◆◆






「ああ、あと俺もう帰らないといけないので帰りますね。」



スマホの電源を切ったみたいに、彼女の目の光が一瞬で消え去った。




「もう行くんだ…早いね。」



「すみません。割と急ぎの用事なので。」


そう言い立ち上がると、彼女の目は前髪の影で更に暗くなったように見えた。








「…暇な時にまた来ますよ。その時にまた話し相手になってあげます。」







「…そう。ありがと。」




彼女は興味無さげに振舞っていたが、目は正直で、またキラキラと輝き始めた。





「じゃあお元気で。また会いましょうね、先輩。」




「…うん。ここで待ってる。」







◆◆◆








あの路地裏の空気は、少し不思議だった。



そして彼女も、少し不思議な人だった。



この日の帰り道、俺の目はさっきの彼女と同じくらい、輝いていたと思う。

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