第25話

「では、私達は行きますね」

「はいぃ。ぜひまたこの近くに来たら寄ってくださいね」

「はい。皆さんのこと、忘れるわけがありませんよ」


 こうして、大歓声に包まれながら俺たちは村を出た。村長が一人号泣していたが護衛役の男が宥めていた。アイツは完全に勇者ちゃんの虜になったなぁ……


「あの森とこの村から出るのは初めてですね。我は外に出ただけでも騒がれたので」

「そりゃお前の気まぐれで大量の死がばら撒かれたらやられる側は迷惑でしかないからな」


 俺たちは先頭を歩く勇者ちゃんの隣でのんびり話す。村から出て向かうのはこの近くにある街だ。村につく前にいたあの街ではなく、別の街である。


 村長が教えてくれたのだが、冒険者組合ギルドがある街で一番近いのがそこらしい。今はのんびり草原を移動中。


「それにしても、力が湧いてくる感じがします。今ならヴァイオレットさんにも勝てるかも……」

「ん? じゃあ勝負するか?」

「聞こえてたんですか!?」


 一応俺は盗賊とかがいないように周りに気を配っていたからな。音にも反応できるように聴力も多少上げていた。勇者ちゃんからしたら俺に聞こえないように呟いたのだろうが……間が悪かった、としか言いようがない。


「まぁ、俺も何処まで君が強くなったのか知りたかったし丁度いい。仮想世界」


 俺は仮想世界を展開する。俺が使う仮想世界は主に『暗黒空間オプスキュリティスペース』だが、それを応用して周りの景色は変えずに空間だけ別のものにする変速技も俺は持っている。


 相手に気づかせずに自身の仮想世界に引きずり込める中々凶悪な技である。まぁ、そんな事は置いといて……俺は万年桜を取り出し構える。


「えー……まぁ私が言い出した事ですし、仕方ないかもしれませんけど……」


 勇者ちゃんは余程俺と戦うのが嫌なのか剣を抜かずにモゾモゾしている。待ってたら長そうだな……そう判断した俺は地面を蹴って一瞬で距離を詰める。


 キィーン!


 金属が打ち合う音。俺が距離を詰めるよりも速く勇者ちゃんは剣を抜いて、俺の刀に合わせていた。過去1の反応速度と対応力……こりゃやべーな。


「あれ、受け止めれました。ヴァイオレットさん、手加減してたりしますか?」

「んな訳あるか。ほぼ全力で距離を詰めたよ……」


 人間の姿での全力だが……人の領域で出せる最高速度だったはず。それをこうも簡単に、ねぇ。『信仰心』の影響で倍増されるのは基本的なステータスは勿論。反射速度や演算能力とかも含まれるのか……?


「これが『信仰心』の力……」

「……あのー、今日はこの辺で止めませんか?」

「いいえ。いきますよ、ヴァイオレットさん!」


 勇者ちゃんの目がキラキラ輝いていた。そんなに俺に勝てそうなのが嬉しいのだろうか……そんな事を考えていると悪寒が走る。俺はすぐにバックステップで後ろに下がった。


 ヒュン


 空気を切る音と共に銀色の物体が目の前を通る。勇者ちゃんの剣だ。『信仰心』の効果対象には剣も含まれる。だからなのか、今の勇者ちゃんの剣からはとんでもない威圧感を感じた。


「こりゃやべーね、ほんとに。仕方ないか、ちょっと本気で行くよ。桜流 万年桜・桜オロチ」


 一気に俺は桜オロチを繰り出す。予備動作無しの本気の桜オロチ。それが勇者ちゃんの剣とぶつかり合う。音はならなかった。何故かお互いの覇気がぶつかり合って金属は触れ合ってないからだ。


「ここまで濃い覇気は俺以外だとヴィオレッタくらいしか見たことないぞ……」


 口の中だけでそう呟くと俺は万年桜の覇気に自身の覇気を混ぜていく。そうすることで覇気の密度は上がりより濃いものとなるのだ。すると、弱肉強食。俺の覇気が勇者ちゃんの覇気を食い尽くす。


「んなっ!?」


 勇者ちゃんは驚いてこちらを見る。その喉元に万年桜が突きつけられていた。勝負あり。俺の勝ちだ。


「解除」


 仮想世界を解除する。これを保ってるだけでも疲れるんだよなぁ……人間の姿だから魔力の循環も悪いし万年桜の覇気に飲み込まれそうになるし、勇者ちゃんが桜にならないように覇気は調節しなきゃいけないし。正直ハンデまみれだけど、それでもここまで苦戦するとは思わなかった。


「むぅー。勝てると思ったのに……ヴァイオレットさんは強すぎるんです! 女の子には優しくするべきだと思いますよー」

「負けた子があーだこーだ言わないの」


 万年桜を亜空間に仕舞い直すとポカポカ叩いてくる勇者ちゃんから離れる。若干ポカポカの威力も上がっているような……気のせいか。


「お疲れさまです。中々良い試合でしたね」


 見学していたインドラ君は呑気なもんだ。俺がこんなに疲れているっていうのに。なんならインドラ君も戦ってみるか?


「いえ、遠慮します。我は戦いを好む方じゃないので……それよりこの先数キロメートルくらいに人の気配を感じました。大量にいるので恐らく街があるかと」


 インドラ君に言われて気配を探ると確かに5キロメートルくらいかな……そのくらいに人の気配が集まる場所がある。あれが村長の言っていた街かな。


 まぁ、遅くても2時間ちょっとあれば着くだろう。のんびり休憩しながら行っても3時間。日が暮れる前に着きそうだ。


「えーと、確か鍛冶師の方がたくさんいて、武器や防具の生産量が国の6割を超える街なんですよね?」

「そうだ。勇者ちゃんの剣とか刃こぼれが凄いし研いでもらえばいいんじゃないか?」

「我も少々気になることがあります」


 各々街でやりたい事はあるらしい。ちなみに俺はその街に(魔族の)知り合いがいるから会ってみたいと思ってる。


「それじゃあ、休憩をはさみながらのんびり向かいますかー!」

「だな」

「我はお二人についていくまでです」


 俺たちはのんびりと街を目指して進むのだった。


 俺を含む全員が俺たちの頭上をずっとついてくる鳥に気づかずに……未来の俺は思う、あの時奴に気づいていれば──と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る