第8話 彼女になってくれますか
「はぁ、彼女が欲しい」
「またその話しっすか」
休日が終わり、最初の登校日の帰り道。俺はまたそんな事を口にしていた。
学校が始まった所で突然周囲の俺への対応が変わる事もない。今まで通りの日常が今日も終わりを迎えただけだった。
「諦め悪いっすね先輩。もうツッコまないっすよ?」
「いや、ギャグじゃなくて本気だからな」
ドライな受け答えをする
「そんなに恋人っていいもんなんすかねー」
「そりゃあ男子高校生の憧れといえば彼女を作る事だからな」
「そういうもんすか」
紗倉は、俺の少し後ろで足を止めた。
「先輩、ひとつ聞いてもいいっすか?」
「なんだよ。急に改まって」
「先輩は彼女が欲しいって言いますけど、それならどうして
俺はその言葉に内心驚く。
「来てるんすよね。縁談の話し」
「どうして紗倉がその事を?」
「何年先輩の側にいると思ってるんすか」
紗倉は呆れた顔で言う。
名家の跡取りとして、俺には縁談の話しが高校に入ってから何度かあった。もちろん、将来を見据えた許嫁を見つけるためのものだ。
しかし、俺は何かと理由をつけて全て断ってきたのだ。その事を知っているのは、縁談の話しを持ってくる親父だけだと思っていたが。
「俺はさ、自分の恋人は自分で見つけたいんだよ。どんなに良い人だとしても、顔も知らない人とかと将来結婚するなんて嫌な話しだろ?」
俺は本心をありのままに伝える。
「成人して家を継いで、それですぐ結婚っておかしいだろ。一緒に支え合いたい相手を見つける。それを実現するには、結婚するまでに過ごす時間が大切なんだと俺は思ってる」
「それが……、先輩が縁談を断る理由っすか」
「まあな、紗倉だって結婚するなら恋愛結婚の方がいいだろ?」
「まぁ、そうっすね……」
紗倉には気になる人がいると聞いた事を俺は思い出す。
「でも先輩。彼女は別にしてもデートはもうできたじゃないっすか」
「えっ、デート?」
「言ってたじゃないすか。彼女ができたらしたいって」
確かにそういった事は前にも言ったな。その予習でショッピングモールにも行ったわけだし。
「まあ、先輩の欲望丸出しの制服デートではなかったっすけどね」
欲望丸出しって。ひどい言われようだな。
ただそんな事よりも、俺には気になる点があった。
「デートって、誰と誰が?」
「誰って、あたしと先輩っすよ」
「へ?」
俺はそれを聞いて、理解が追いつかなかった。
「あっ、もしかしてこの前出掛けた時の事を言ってるのか? あれは……。普通に出掛けただけだろ?」
「一緒に買い物して、ご飯を食べて遊ぶ。異性同士でこれをやったら一般的にはデートって呼ぶんすよ?」
「! た、確かに……」
言われてみれば下見とはいえ、いつか彼女になった相手とやろうと思った事を紗倉としたという事は、この前の休日はデートをした……。という事になるのか。
「で、でもさ。紗倉だって好きな人がいるんだろ? この前も言ってたじゃないか」
「はあ、本当に先輩は」
「な、なんだよ」
「まず第一に、誘われたからって好きでもない人に普通はついていかないっすよ」
「はい?」
えっ、まって。それって……。
「まってくれまってくれ、それってどういう事だ」
「そのままの意味っすけど」
「それはようするに……。えーっと?」
頭を手で押さえ、必死に理解できるよう努める。
紗倉には好きな人がいて、でも俺とは一緒に出掛けてくれた。
それって、つまり。
「!」
俺は、今の一連の流れからひとつの答えに辿り着く。
「も、もしかして。紗倉の好きな人って……。俺……なの?」
「…………」
沈黙が訪れる。
いつもの紗倉なら『自意識過剰っす!』とか言いそうなのに、何故黙ったままなんだ。
「さ、紗倉?」
「……そうっす」
「え?」
「悪いっ……すか。あたしは……、昔からずっと一緒にいる先輩の事が好きっす。大好きっす!」
紗倉は顔を真っ赤に染めて告白した。
その言葉は、俺の心をドキリと高鳴らせる。
「本当に先輩は……。鈍感なんすから」
「いや、だってそんないきなり」
「先輩!」
「⁉︎」
紗倉はそう言うと俺の胸に飛び込んできた。
「いきなりじゃ、ないっす。あたしはずっと、先輩だけを見てきたんすから。どこの誰とも知らない人が先輩の彼女になるなんて、絶対に嫌っす。あたしはこれからも、先輩の傍にいたい。使用人としてじゃなく、一人の女性として、先輩の恋人として隣に居させて欲しいっす!」
正直、気づかなかった。
いつも俺に対して口が悪い紗倉がこんなにも想ってくれていたなんて。
頬を赤く染めてとろんとした瞳で俺を見つめるその表情がとても可愛らしくて、愛しく感じた。
俺だって、紗倉の事は一人の女性として当然見てきたつもりだ。
でも、今まで俺の中にこんな気持ちがあったなんて知らなかった。
そりゃあ、俺だって紗倉の一挙一動を見て、一喜一憂する事は沢山……。
「あれ? 俺ってもしかして」
紗倉に好きって言われた事で、今までに感じていた心への違和感が確信へと変わった気がする。
じゃあまさか、この前一緒に出かけた時に感じてた紗倉への気持ちって。
「先輩は……。私の事どう思ってるんすか」
見上げながら囁かれたその言葉を俺は真摯に受け止める。
「……俺は」
もし、俺の気持ちがそうなら。俺も、紗倉の事を……。
俺は、ゆっくりと彼女の背中に手を回した。
「先輩……。これは?」
「えっと、これが答えじゃ、駄目かな」
「……は? 駄目に決まってるっす。ちゃんと言わないとぶん殴るっすよ」
なにそれ怖っ!
「俺の事好きなんだよね⁉︎」
「それとこれとは話しが別っす。あたしは先輩の口から、ちゃんとした答えが聞きたいっす」
……気持ちはちゃんと言葉にしないとって事だよな。
紗倉もそれを望んでいるのだろう。
「俺も……。俺も紗倉の事が好きだ。これからもずっと、紗倉と一緒にいたい。だから、俺の彼女になってくれるか?」
「ふふっ、今更っすね」
俺の胸の中で紗倉は笑った。
「でも、いいっすよ。あたしが先輩の彼女になってあげるっす」
ニコッと笑みを浮かべる彼女に応えるように、俺は紗倉を強く抱きしめる。
こうして、俺と紗倉は幼馴染の先輩後輩兼主人と使用人の関係から恋人同士となった。
俺と紗倉の関係を親父に言うのは勇気がいる事だろう。
でも、素直に伝えれば良いだけだ。
俺の彼女は、口は悪いが意外と優しいところもある自慢の恋人だと。そう伝えよう。
うちの使用人は口は悪いが意外と優しい 桃乃いずみ @tyatyamame
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