第6話 事件発生!

 

「最初にゲームで遊んだ時は確かに持っていたんだな?」

「はい、椅子の下に置いていたのは覚えてるっす。ただその後の事は……」


 という事は、服が無くなったのは格闘ゲームで遊んだ後って事か。

 俺と紗倉さくらはゲームセンター内で回ったところをもう一度見て回っていた。

 しかし、一向に紗倉に買ってあげた服が入っている紙袋は見つからない。


「あたしが、ゲームに夢中でちゃんと注意してなかったから……」

「そんな事ない。ゲームに付き合わせてたのは俺だし、荷物だって俺が持っててあげればよかったんだ」

「先輩……」


 俺のすぐ後ろを歩く紗倉は普段からは考えられない程に弱った顔をしていた。

 だが、これだけ探しても見つからないって事は誰かが持っていったのかもしれない。落とし物として届けられているのか、それとも……。


「仕方ない、一度ゲームセンターを出てショッピングモール内の店員さんに落とし物が届いてないか聞いてみよう」

「すみません先輩!」


 俺が先を急ごうとすると、突然紗倉が頭を下げてきた。


「せっかく先輩が買ってくれた服なのに……。あたし、こんなんじゃ、先輩の付き人失格っす」

「いいっていいって、気にするな。それに服くらいまた俺が買えば―――」

「駄目っす!」

「!」


 紗倉が大きな声で否定した。


「あれは、先輩が選んでくれた大切な服っす。あたしのせいで無くしたのに、また先輩に買ってもらうなんて……。そんなわけにはいかないんす!」


 彼女の目には今にも溢れ出してしまいそうなくらい涙が溜まっていた。


「紗倉……」

「……っ!」


 紗倉は悔しそうにその涙を拭く。

 元々責任感が強い子だからな。もしかしたら誰かが勝手に持って行っちゃったかもしれないのに、全部自分で背負い込もうとしている。


「分かった。じゃあ、一緒に行こう」

「えっ、先輩」


 俺は紗倉の小さな手を握った。


「紗倉にそんな事言われたら、是が非でも見つけてやりたくなったよ」

「そんな、あたしのせいなのに。先輩にこれ以上迷惑は……」

「なに言ってるんだよ、紗倉の主人は俺なんだ。それなら今回の件、俺にだって十分に責任はあるよ」

「……その理由は、無理やりにも程があるっすよ」

「なんとでも言ってくれ」


 それから、俺と紗倉は一度ゲームセンターを出ようとした。

 だが、その時。


「あっ!」


 紗倉が俺の隣で大きな声をあげる。


「どうした」

「今ゲーセン出て行った男の人。服屋さんの紙袋持ってたっす!」

「あっ、おい紗倉!」


 紗倉が慌てて店を出て追いかける。


「そこの人! ちょっと待って欲しいっす!」


 紗倉の呼び掛けを聞いて、男の肩がビクッと大きく揺れた。

 店を出て少しの所で、その男性は足を止める。


「な、何ですか?」


 ゆっくりとこちらを振り向いた男性は細身で眼鏡をかけていた。年は俺らよりも少し上のような気がする。


「その紙袋なんすけど!」

「ここ、これですか?」

「それあたし、の⁉︎」

「ちょっと待って紗倉」


 急いで追いついた俺は紗倉の口を塞ぐ。


「むむーっ!」

「焦るのは分かるが、ちゃんと紗倉のものか確かめないとだろ」


 俺は紗倉に耳打ちして伝える。

 紗倉が気を急ぐのも無理はない。明らかにこの男性は不審だ。だが、答えを急ぎすぎるとそれこそトラブルの原因となってしまう。

 しかしそんな目の前の男性は、先程からこちらを警戒してビクビクとしている様子だし、最初の反応も変だった。


「こ、これがなにか?」

「…………」


 それにそもそも、あの服屋さんは女性物しか扱っていない。

 彼女へのプレゼントとかで利用する可能性は否めないけど、それならプレゼント用の包装になっているはずだ。俺は手渡しだったから通常の包装にしてもらったけど。

 その点も考慮すれば、今男性が持っている袋の中身はおそらく……。


「突然すみません。実はこの子に買った服が無くなってしまって」

「へ、へぇ、そうなんですか。それは災難ですね」

「実は、今お兄さんが持っている紙袋がその店と同じ物なんです。それでもしかしたらって思ったんですけど。拾ってくれたとかではないですか?」


 俺は警戒されぬように、社交パーティーに出席する時並に言葉を柔らかくして話す。

 ここで屋敷で教えられた事が活きてくるとはな。


「こ、これは僕のですよ」

「でもそれ、女性物のお店のやつですよね。誰かに渡すとかですか?」

「そ、そうですけど。君たちには関係ありませんよね? だから君たちが探してるとかでは決して」

「なんで分かったんすか!」

「⁉︎」


 俺が言うよりも早く、紗倉が指差を差して確信をつく。


「俺、この子が無くした物としか言わなかったんですけど。どうして探している服の色をお兄さんが知っているんですか?」


 俺は改めて男性へと問いかける。


「そ、それは」


 明らかにもうこちらが、気づいている事を分かっている様子。

 そんな表情を浮かべれば、もう答えを言っているような物だ。


「と、とにかく! 僕はこれで……っ⁉︎」

「これ! 返して欲しいっす!」

「紗倉!」


 紗倉が男の袖を掴んで持っている紙袋に手を伸ばそうとする。


「う、うわぁ! な、何するんだ!」

「あっ!」


 紙袋に触れた手を払い、男がこちらに向かって走ってくる。

 いやいや、逃げるなら逆に走らないと。

 焦っているせいか、周りが見えていないのか?


「っ! ど、どいてくれ!」


 自分の判断が間違っている事に気付いたようだが、もう遅い。

 眼鏡の男性は紙袋を持たない反対の腕を振り回しながら距離を縮めてくる。


「よっ、と」

「⁉︎」


 俺は振り回された男の腕を掴み、そのまま背負い投げをした。


「がはっ!」


 床に強く叩きつけられた男性は、その鈍い音と共に苦痛を口にした。

 まさか投げられるとは思わなかったのだろう。男はすっかり床から立ち上がる事ができなくなっていた。


 俺はこれでも名家の跡取り。自分の身を護れるくらいの護身術は心得ている。


「あれ、紗倉?」

「よかったぁ……」


 男を無力化したところで顔を上げると、紗倉は床に座り込みながら男性の手から離れ落ちた紙袋を大事そうに抱きしめていた。

 どうやら、中身も無事だったみたいだな。


 そこからは、こういったトラブルを生業にしている警察の出番だった。

 事情聴取とかもあったが、大きな怪我も被害もなかったためにすぐに解放されたが帰る頃には外はすっかり日が沈んでしまっていた。

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