第5話 初めてのゲームセンター

 

 簡単な昼食を挟んで次に来たのはショッピングモール内にあるゲームセンター。

 こういった遊び場に足を運ぶ事はほとんどないため、見るもの全てが珍しいものでいっぱいだった。

 決して友達がいないからというわけではないぞ。


「っ! なぁ 紗倉さくら、あのぬいぐるみが沢山入っているのはなんだ」

「クレーンゲームっすね」

「クレーンゲーム! あのぬいぐるみはどうやって買うんだろう?」

「買うっていうか、取るんすよ機械の中にあるアームを使って」

「なるほどな。じゃあ、あの車の運転席みたいなのは?」

「レースゲームっすね。他のプレイヤーと誰が一位になるかを競うゲームっす」

「免許とかはいらないのか?」

「いるわけないっす。シミュレーションっすからね」


 ゲームセンターの存在は知っていたが、どれもこれも知らないゲームばかりだ。

 店内の大きな音にも驚かされたが、何よりもその多彩なゲーム筐体の量に興奮を覚える。


「……先輩って、そういうところは世間知らずの御曹司って感じっすよね。屋敷でゲーセンの事も調べたんじゃないんすか?」

「調べたけど、若い人たちがとにかく楽しめて時間が潰せる場所としか書いてなかった!」

「それはそうっすけど……。まあ、いいっす。それで何で遊びます?」


 来たはいいものの、遊んだ事ないものばかりの空間で何がおもしろいのかそうでないのか見当もつかない。


「紗倉はゲームセンターに来た事はあるのか?」

「当然あるっすよ」

「なら、何か一緒に遊べそうなものはないか? せっかくなら二人で遊べるのがいい」

「そうっすねー」


 俺のリクエストに紗倉は応えようと、歩きながら店内を見渡す。


「二人だと太鼓のやつとか、シューティングゲーム。あとはエアホッケーなんかもあるっすけど」


 どうやら思ったよりも、複数人で遊べるゲームが施設内には存在しているらしい。

 と、そこで筐体を挟んで向かい合う二人組の男子が何やら楽しそうに遊んでいる姿が目に入った。


「あのレバーが付いてて画面の大きいやつは?」

「ん? ああ、格闘ゲームっすね。あれも面白いっすよ」

「格闘ゲームなら知ってるぞ! あれにしよう!」


 子供の頃に紗倉と何度か据え置きのゲーム機で遊んだ事を思い出す。


「いいっすね。言っとくけど、あたし案外強いんで覚悟するっす」

「俺だって簡単には負けないぞ!」

「初めてやるのにその自信はどこから来るんすか」


 俺たちは互いに向かい合う形で筐体前の椅子に腰を掛けてさっそく手元のボタンやレバーに触れる。


「ん? 始まらないな」

「先輩、先にお金を入れるっす」


 俺がレバーをガチャガチャするところを見て、紗倉に反対側から指摘される。


「わ、わかってるぞ。……あれ?」

「ちなみに、入れるのは百円玉ひとつでいいっすからね」

「……わかってる」

「ぷふっ」


 反対の席から紗倉の笑い声が聞こえてくる。

 俺は小っ恥ずかしい気持ちになりながら、財布から出しかけた千円札を引っ込めた。


「―――よし!」


 ほどなくして、ゲーム機を起動させ対戦モードを選択する。


「ゲーム開始前からおぼつかないっすけど、大丈夫っすか?」

「ハンデだよハンデ」

「ま、そういう事にしとくっす」


 ケラケラと笑う紗倉はとっくに準備を完了しているみたいだ。


「そんじゃ、始めるっすよ」

「こういうのは何か賭けたりするのか?」

「別にいいっすけど、負けても泣かないでくださいよ」

「当然! 真剣勝負だからな!」

「……あと、彼女が出来てもゲーセン来ていきなり格ゲーとは普通ならないっすからね」

「えっ、そうなのか?」


 そんなこんなで、俺と紗倉の戦いは火蓋を切った。



 ゲームが開始されてから、三十分後。


「ぐっはぁぁぁぁっ! また負けた!」


 俺の目の前には、デカデカと敗北を表すエフェクト文字が表示されている。

 すでに十戦程遊び全敗。

 いっこうに手を抜かない紗倉を前に俺は連敗記録を伸ばしていた。

 事前知識があるゲームではあるが、紗倉のライフポイントを半分も削れないまま、操作していたキャラクターが無惨にも撃破されていく。


「もう一回だ!」

「流石に手が疲れたっす」

「それだけ今の一戦は追い込んでたって事だな! 次こそは!」

「十回も遊べば疲れるっすよ。もう終わりっす」

「……仕方ないか」


 そう言って、紗倉は席を立った。

 本人が疲れたと言うのなら、無理させるわけにもいかないしここは素直に引き下がる。

 結局一度も勝つ事はできず、圧倒的な実力の差を思い知らされてしまった。


「本当なら勝つまでやりたかったが」

「そんな事してたら店が閉まちゃうっすよ。ていうか、真剣勝負してた事、忘れてないっすか?」

「……あのゲーム筐体って買えるのかな」

「屋敷の掃除の邪魔になるからやめてほしいっす」


 勝負に負けたのがあまりに悔しく、ついには延長戦を持ちかけたがダメだった。


「それにしても、紗倉は本当に強いな」

「たまに遊ぶっすからね。でも、強さは普通っすよ」

「うぐ、そう言われると本当に悔しいな」

「別にまた遊びに来ればいいじゃないっすか」

「えっ、いいのか?」

「なんでダメなんすか」


 それからも、時間が許す限り二人でゲームをして遊んだ。


「ついはしゃぎ過ぎてしまったな」


 ゲームセンター内の休憩スペースで、テーブルを囲みながらジュースを飲む。


「初めて遊ぶものばかりで楽しかったな」

「あたしも楽しかったっす。先輩、誘ってくれてありがとうございました」

「俺の方こそ急に誘って悪かったな」

「いいえ。でも、そろそろ帰らないと屋敷の人たちが心配するっすね」


 時計を見れば十七時をすぎている。

 屋敷までの時間を考えて、いれるとしてもあと少しだけだ。


「あっという間だったな」

「……先輩」

「? どうした」


 視線を紗倉に戻すと、何やら言いにくそうな顔をしている。

 何かあるのだろうか。


「最初にやった格ゲー勝負の約束、覚えてます?」

「約束? ああ、何か賭けるかってやつの事か」

「そうっす!」


 記憶を頼りに思い出すと、紗倉が身を乗り出す。


「その、最後にやりたいものがあるんすけど」

「別にいいぞ。あと少しなら時間もあるし」


 紗倉がそう言うと言う事は、彼女にとってお気に入りのゲームでもあるのだろうか。

 今日一日付き合ってもらっているわけだから、紗倉が望むのなら賭け事など関係なく、お願いくらい聞いてあげるのだが、律儀な幼馴染である。


「それで、何がしたいんだ?」

「それは……。っ!」

「? 紗倉」

「あ、あれ? 嘘っ! なんで」


 紗倉が何かに気付いたようなそぶりを見せる。

 しかも、顔が真っ青だ。


「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

「な、無いっす……」

「無い? 何が無いんだ」

「先輩に……、買ってもらった服が無いっす!」


 そこでようやく、紗倉がさっきまで大事そうに持っていてくれた紙袋がない事に俺も気が付いた。

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