第7話 カルピス
双子の間にテレパシーってものがあるのなら、今すぐ
放課後、私は双子の兄である篤志の学校の正門に立っていた。
「あれだけ言ったのに、鍵を持って行くのを忘れるなんて」
携帯を片手に握りしめ、篤志を待ってうろうろとする。
今日は両親が祖父母宅に行き、帰りも遅いので、私たちは必ず自宅の鍵を持って学校に行くようにと母から言われていた。
なのに、篤志が朝練の為に朝早くに学校へ行ったあとの玄関を見ると、靴箱の上にキーケースがちんまりと載ったままだったのだ。
焦って篤志にメールをしたら「悪いけど放課後学校まで持ってきて」と、具体的な時間を書いた返事をよこしてきた。
だからこうして、わざわざ指定通りに届けにやって来たというのに。
篤志ってば、出てくる気配もないですよ。
どうします? この息子を。お父さん、お母さん。
野球をやりすぎて、その他のことに、神経がいかなくなってますよ。
私だって、これから塾だっていうのに。遅れてしまいます。
そんな私の耳に、くすくすとした笑い声とともに「彼氏待ちだね」って女の子たちの台詞が飛び込んできた。
思わず顔を隠すように出てくる人たちに背を向ける。
まさか、そんな。
彼氏だなんて、とんでもない話ですよ。
私が待っているのは、正真正銘の兄なんですからね、ってな魂の叫びは、届くはずもなく。
だから、篤志。
早く出て来いっ!
ふいに肩をたたかれる。
ようやく来たかと振り向けば、見たこともない男の子二人組がにやにやしながら立っていた。
「誰を待っているの? 俺たちが呼んでこようか?」
「いえいえ。お構いなく」
何なの、あなたたち。逃げたいけれど、そうもいかない。
篤志め。
「気を使わなくていいよ。あなた、A女子学園だよね。そのクリーム色のセーラー、すごくかわいいね」
「名前なんていうの? よかったら、彼氏が来るまで、俺たちとおしゃべりしない?」
気持ち悪い。怖い。
なにこれ、この高校って、こんな人たちもいるの?
篤志のチームメイトとは、全然違うんだけど。
「もしかして、
名前を呼ばれる。
振り向くと、篤志のチームメイトの
山中君だ! 助かった!
途端に顔が赤くなるのを感じつつ、なんでもない風を装い、友達の妹の顔を演じる。
「待ち人は、山中か? つまらないな」
「なんだよ、ずるいな。野球部ばかり人気があってさ」
私に声をかけてきた二人の男子は、ぶつぶつ言いながら帰っていった。
彼らが遠く離れるまで、私は声が出なかった。
ほぉと、ため息を一つつく。
「ありがとう、山中君。助かりました。あの、篤志を待っているんですけど、なにか聞いてますか?」
すると山中君は「あっ」と言ったっきり黙り、しばらくしてから「そういうことか」と言った。
そして、困り顔のまま、彼は手に持っているペットボトルを私に差し出してきたのだ。
「これ、どうぞ」
「わたしにですか?」
山中君から渡されたペットボトルを受け取る。
「篤志から」
「篤志から?」
山中君の言うことを繰り返してばかりの会話に、軽く自己嫌悪。
「うん。あいつから正門にカルピスを持って行くようにって言われてさ」
篤志が?
でも、なんでそんなことを?
「じゃ」
言葉少なに山中君が校舎に戻ろうとしたので「ちょっと、待って」と呼び、腕をつかんだ。
ぎょっとした顔で、山中君が振り向く。
あぁ。
私はあわてて彼の腕を離す。
山中君は私に呼び止められ、とてもとても迷惑そうです。
でも、篤志が山中君をここへ寄越したというのなら、いくら待っても篤志は出て来ないってことなんだろうと思うし。
「あの、これを篤志に渡してもらえますか?」
ごそごそと鞄から篤志のキーケースを取り出す。
「篤志、忘れて行って。今日はこれを届けに来たんだけれど」
そこまで言うと「あ、なるほど」と、山中君はキーケースを受け取ってくれた。
「篤志に渡すから」
山中君が、キーケースを持ち上げてそう言ってくれたので、私は「ありがとう」と急いで言った。
山中君が門に入るのを見届けると、ふぅと溜息が洩れた。
緊張していて、息をするのも忘れていたかのような大きな溜息。
すると、一連のことが済むのを見ていたかのように、メールの受信音が手のひらで響いた。
当然のことながら、篤志からだった。
<鍵、ありがと。お礼はあれでいいでしょ>
この絶妙のタイミング。
山中君が来る前じゃなくて、戻った直後っていうのが、かなりわざとらしい。
しかも。
お礼って、さ。
渡されたカルピスをじっと見る。
……もしかして、私の想いって、ばれてる?
双子のテレパシーって、あるのかも。
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