初デート

 とある休日の昼頃。

 車の後部座席に座った私は、しきりに鏡を見たりして気を紛らわしていた。



「お嬢様、落ち着きませんね?」


「なんかね~……いつも普通に話してるんだけど、いざ会うとなると、ちょっと緊張するっていうか……」



 Mr.Qクウからデートに誘われたあと、しばらくやり取りして、結局その話に乗ることにしたのだ。


 なんでも、渡したいものがあるのだとかどうとか……まぁなんでもいいけど、向こうはめちゃくちゃ稼いでるプロゲーマー。何か奢ってもらおうかな。



 って、軽い気持ちで了承したはいいけど、いざ当日になったらなんだろう、この謎の緊張は……


 ……変だと思われたりしないよね?



「大丈夫です、お嬢様はお美しいですよ」


「しれっと心を読むのやめて」



 なんか最近、ゲームの中でもやたら心を読まれることが多いんだけど? ミカツキちゃんといい視聴者さんといい……私ってそんなに分かりやすいかしら?



「しかし、随分遠くで待ち合わせをするのですね」


「近いと同じ学校の人に見られたりして、後がめんどくさいからね。向こうもそれはいやだろうし」


「それでも、時間的には少し早いですが……」


「仕方ないじゃない……目が覚めちゃったんだもの……」


「遅れるよりはよっぽど良いですけどね。さぁそろそろ着きますよ」



 四条家……というか、私専属の運転手に連れられてやってきたのは、私の家から車で数十分も離れた場所にある公園だ。


 なるべく知り合いに見られないような場所で、待ち合わせにちょうどいい場所ということで、ここを選んだ。


 大きい公園ではないものの、中央の噴水と、その周囲を囲む生垣が、とても雰囲気が良い。



「じゃあ、終わったらまた連絡するから」


「はい、行ってらっしゃいませ、お嬢様」



 一礼し、再び車に乗って去っていく彼を見送る。


 待ち合わせの時間までは、まだあと30分ほどもある。うーん、流石に早かったか……













「おっ、おい、あれ見てみろ」

「うおっ、ヤッバ……とんでもない美人じゃん……」

「待ち合わせ……だよなぁ。あんな可愛い子に彼氏がいないわけがない……」


「ふぁぁ……めっちゃ綺麗なお姉さんがいるぅ……」

「顔ちっちゃ! 脚ながっ! スタイル良っ! 私もあんな風になりたかったぁ……」



 噴水の前で待つことしばらく。

 どうやら私は注目を集めてしまっている様子。まぁいつものことだからいいんだけど……あとそこの女の子達、私は多分あなた達と同い年だ。


 見られる分には慣れてるからいいけど……



「お姉さん、一人?」

「ちょっと俺らと遊びに行かない?」



 たまにこうして話しかけてくる人もいる。



「悪いけど、待ち合わせしてるから」


「まぁまぁいいじゃん?」

「君みたいな可愛い子を待たせるなんて、男としてどうなんだ?」


「興味無いですから」


「ツレないこと言うねぇ、君が言っても可愛いだけだけど」

「俺ら今ちょうどお金があってさぁ、ちょっとドライブしてご飯行って、そのあとバーとかどうかな? いいとこ知ってんだよね」



 あー……この人達、私を二十歳以上だと思ってるのか。いや、大人っぽいファッションにしたから狙い通りではあるんだけど、残念ながらお前達が誘ってるのは現役JKだ。手を出したらアウトだぜ。



 しかしまぁ、しつこい。

 『興味無い』ってはっきり言ったのに、諦めないのか……。


 これはもう無視して待つしか……



「おっ……」



 私のスマホに通知が届く。

 相手はクウで、どうやら公園に到着したようだ、


 ナイスタイミング!



「来たみたいなんで、私は行きますね」


「あっ、ちょっ」

「待っ」



 一応そう断って、相手が何かを言う前にその場を後にする。一々相手するよりも、多少強引に逃げた方が早いしね!


 何か言いながら後ろからついてきてる気がするけど無視。最悪クウに何とかしてもらおう。



「えっと……メールによるとこっちなんだけど……」


「なぁお姉さん、そんな風に無視しないで───」


「あっ、カナ・・ちゃん! こっちこっち」



 クウからのメールに書かれていた場所に向かうと、そこにはなんだか高そうなスポーツカーが停まっていた。


 『まさかこの車が……』と思っていたら案の定、窓が開いて中から私を呼ぶ声がする。


 間違いなくクウだ。

 ……なーんか良さげな車でカッコつけてるなぁ……。私、あんまりそういうの気にしないんだけど。



 とはいえ車の価値を気にしていないのは私だけなようで、私の後ろをついてきて声をかけていた男二人組は、自分達より遥かにお金を持っていそうな、自分達よりも若いイケメンの登場で敗北を悟ったようだ。


 静かにフェードアウトし、どこかへ行ってしまった。



「やっと諦めたか……」


「知り合い……じゃなさそうだよね。ナンパ?」


「まぁそんなところ。ちょっとしつこくて」


「よく手を出さずに我慢できたね……カローナちゃんも成長したんだ」


「あぁ、ゲームのやりすぎで現実との区別がつかなくなってるんだ……可哀想な人……」


「待って、面と向かって哀れみの目を向けられるの思ったよりダメージがでかい」


「私がすぐに手を出す脳筋みたいに言うからでしょ。いいから……なんかちょっと注目集めてるから早く出して」



 クウと軽口を叩き合うのもほどほどに、私は助手席に乗ってシートベルトを締める。


 ここに来るまでの緊張は何だったのか、今はもう既に、ゲームの中で話してるかのような気軽さだ。



「とりあえずカフェにでもいく? 最近良いところ見つけてね」


「なんでも良いわよ?」


「オッケー、じゃあ行こうか!」










 車で移動することしばらく。大通りから外れた、落ち着いた雰囲気のカフェに到着した。


 人も多くなく、かといって評判が悪いわけではない。むしろ口コミでは評判が良さそうだ。


 私とクウは角の席に座ると、私は紅茶を、クウはコーヒーをそれぞれ注文する。



「さて、いきなり本題で悪いけど……これね、カナちゃんに渡しとこうと思ってたやつ」


「これは……?」



 クウがポケットから取り出したのは、一枚のカードだった。免許証よりは大きく、カードゲームのカードと同じぐらいの大きさだ。



World Game Pavilionワールド ゲーム パビリオン招待チケット・・・・・・だよ。ほら、前にチケットあげるって言ってたじゃん?」


「言ってたけど、本当に? いや、すっごいありがたい!」



 World Game Pavilionワールド ゲーム パビリオンは、文字通り世界中の人気ゲームが集まる、ゲーマー垂涎のゲームイベントだ。


 毎年ビッグサイトで行われているこのイベントは、チケットの抽選倍率が100倍にもなる超人気。特に今年は、『アネックス・ファンタジア』の登場によって更に注目が集まっている。


 クウから渡されたそれは、World Game Pavilionワールド ゲーム パビリオンのチケット。それも、『一般入場チケット』ではなく、『招待チケット』である。


 特別に譲渡・・が許されたチケットである上、ステージ観覧の特等席や個別休憩室の利用も可能なVIPチケットだ。


 それを簡単に渡してくれる彼を『神』と崇めずなんとする!



「拝んでるところ悪いけど、大切に扱ってくれよ? 一枚しか手に入らないんだから」


「こんなの、逆にどうやって入手したのよ」


「俺がアネファンブースの取り纏めってなったじゃん? その関係で運営側から一枚貰ったんだよね。他に招待する人もいないし……抽選でチケット当たったら、こっちの招待チケットは他の人にでも譲ればいいしね」


「抽選に応募はしたけど、あれはもう宝くじみたいなものだからね……ありがたく使わせてもらうわ」


「せっかくならカナちゃんの弟君も招待したかったけど……カナちゃん、招待チケットでマウント取って、弟君を煽り散らかしちゃダメだよ?」


「それやると多分ガチギレされるからやらないわよ……」


「空気読めて偉いね」


「今ここで私がキレてもいいんだけど?」


「ごめんって」



「お待たせしました。ブレンドコーヒーと、アールグレイです。砂糖やシロップはご自由にお使いください。それでは、ごゆっくりどうぞ」


「あら、ありがとう」



 ちょうどそのタイミングで、店員さんが注文したものを持ってきてくれた。


 なんだかタイミングを見計らっていたような、わざと話を中断させにきたような……。あっ、私が『ここでキレてもいい』って言った部分を聞いて、ケンカしてると思った?


 それだったらごめん……これが平常運転です……。



「飲み物も来たし、ゆっくり話そうか」


「チケット以外にまだ何か?」


「俺とカナちゃんが集まったら、そりゃアネファンの話でしょうよ」



─────────────────────あとがき


チケットといってもそれ自体が電子機器のように動くので、指紋認証等で個人が登録され、転売対策となります。招待チケットであっても、出品されているのが見つかると、即利用不可になります。

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