親愛なる————へ 11

 その初撃を防ぐことができたのは、奇跡のようなものだった。

 私と同じ動き・・・・・・で、私と同じように急所クリティカルを狙ってきたからこそ、弾くことができたに他ならない。



 キィンッ! っと鋭い音とともに、モデル《Almighty》の右腕が私の頭すれすれを通り抜けてく。



「カローナ様!」


「っ……!」



 いつものように『大丈夫!』なんてことも言えない。

 そう声を上げられるほど、余裕がないからだ。



 低く沈めた体勢を利用し、モデル《Almighty》の脚を狙ってナイフを振るう。が、一瞬ブレた・・・脚を捉えることができず、宙を薙ぐだけだった。


 もし私なら……そう来るよね!



 無理やり上体を起こし、後ろに反らした私の目の前を、モデル《Almighty》の蹴り上げが通過していく。前髪を掠ったのか、千切れた髪が舞い落ちる。


 そして———身体を起こした私は、ナイフのように鋭くとがった爪をこちらに向け、右腕を引き絞るモデル《Almighty》の姿に顔を引きつらせる。



 冗談じゃない。

 こいつ、私よりも速い———



「離れなさい!」


「ッ!」



 セレスさんの怒号とともに私の目の前に黒い鎖が現れ、モデル《Almighty》を捕えんと殺到する。ティラノサウルスすら封殺した呪いの呪縛は、蛇のようにのたうち回り牙を剥く。


 が、それすらあざ笑うかのようにいとも簡単に……目の前から消えたモデル《Almighty》が上空へジャンプしたのだと気づいた時には、そいつの脚には4色のエフェクト・・・・・・・・が宿っていた。



「っ……【イモータル———」


「ッ!」



 ———刹那の交差。

 モデル《Almighty》が私達の背後の壁に着地する音と、切り落とされたセレスさんの右腕が落下する音が重なった。



「セレ———」


「次来ますわ!」



 セレスさんの言葉通り、壁を蹴ったモデル《Almighty》が再び迫る。


 二度はやらせない。

 ここで止め———!?



 【アンシェヌマン・カトリエール】の大ジャンプによってモデル《Almighty》の目の前に躍り出、回転でナイフを振るうも、空中ジャンプでベクトルを変えたモデル《Almighty》には掠りもしない。



 そして———



「くっ……!」


「ひっ!」



 そのまま村人達のど真ん中に着地し刃を向けるモデル《Almighty》と、ヘルメスさんが開いた黒傘がぶつかり合う。


 ほんの僅かな時間のみだが、お非~リア並の防御力を発揮するその魔道具を突破することは難しいと判断したのだろう。

 モデル《Almighty》は、村人を傷つけることなくミューロンの元へと戻っていった。



「ヘルメスさん、ナイス!」


「片腕がなくなっても魔法は使えますわ!」



 セレスさんが足を踏み鳴らす。

 セレスさんのアビリティ【ヴェリタスイデア】は、詠唱ではなく特定の行動によって魔法を発動できるバフ、『オーバードライブ』を付与するアビリティだ。


 脚を踏み鳴らす———それだけで使える魔法は、いくらでもある。


 セレスさんを中心に、ひび割れのエフェクトがモデル《Almighty》へと向かう。が、当然それに当たるほど、モデル《Almighty》は遅くはない。


 高く飛び上がり、セレスさんの魔法は不発に終わる。



「その瞬間を待っていましたわ」


「ッ!」



 飛び上がったモデル《Almighty》へ向け、セレスさんからレーザー砲のような魔法が放たれる。その射線上には、モデル《Almighty》とミューロンが一直線に並んでいた。



「躱せばミューロンに直撃します。さぁ、受けるしかないでしょう!」


『甘いですよ。言ったでしょう、全て学習したのだと』


「なっ———」



 モデル《Almighty》が腕を振るう。

 たったそれだけで放たれた攻撃は、紛れもない……セレスさんと同じ魔法だった。


 煌々と輝く二条の閃光は互いにぶつかり合い、凄まじい衝撃を残して相殺してしまったのだ。


 小さな音を立てて着地するモデル《Almighty》には、消耗した様子など一切ない。



「嘘……でしょ……」


『カローナ、ゴッドセレス。あなた方二人の力は、確かにプレイヤーの中でも最上位。ですから、その力を全ていただきました。あなた方は、自身より強い相手に勝てますか?』



 私と同等かそれ以上のスピードに、セレスさんの魔法。

 私とセレスさんの強みを掛け合わせた、上位互換的存在。

 万が一にも、勝ち目などあるはずがなかった。



        ♢♢♢♢



「セレス君、逃げる準備を」


「逃げる……ですか」



 ジョセフが耳打ちした言葉に、セレスは苦渋の表情を浮かべる。

 確かにこの場から逃げる方法はある。が、間を置いたとて勝てる見込みはなく、むしろ学習させる時間を与えてしまうことになる。


 その選択は作戦故ではなく、逃げの一手であることに間違いなかった。



「俺とカローナで時間を稼ぐ。いいだろ?」


「何か算段があるのね。任せて!」


『逃がすとでも?』


「戦略的撤退、と言ってほしいわね。【ファイナルゼーレ】!」



 【アイドリングルーティーン】に乗せ、【ファイナルゼーレ】を発動する。『禍ツ風纏』でHPが1になっていた私は、逆境強化の【ファイナルゼーレ】をさらに増幅し、大幅なステータスアップを実現する。


 だが、しかし。



『その台詞は、戦略ありきでしか言えないのでは?』


「ッ!」



 私と同じ色のエフェクトを纏うモデル《Almighty》。

 そりゃそうだ、私をコピーしているのなら【ファイナルゼーレ】が使えても不思議ではない。



「戦略ならある。俺はまだ、見せていない・・・・・・からな」



変転コンバージョン】起動———魔槍・・スヴァローグ!



 ヘルメスさんがインベントリから取り出した槍が、彼の手から離れる———直後、目にもとまらぬ速度で宙を貫いた魔槍スヴァローグは、瞬時に飛び上がったモデル《Almighty》の脚を掠めて奥の壁に突き刺さっていた。


 【スーパー・ビジョン】を使っている私でも、反応が遅れるほどの超速……ヘルメスさん、どれだけ秘密兵器を隠しているのやら……



「おっと、それはさせないわよ!」


「ッ——」



 空中を踏みしめていたモデル《Almighty》の動きを見抜いた私は、同じく空中ジャンプで迎え撃つ!


 さすがに『酒呑童子』は時間切れだけど、装備し直した『冥蟲皇姫の鎧インゼクトレーヌ・クロス』の性能は健在。時間稼ぎぐらいなら何とかなる!



 幾条もの剣閃が宙に軌跡を描き、その度に金属音が鳴り響く。

 反撃に移るほどの余裕がなくても、負けないことはできる!



「■■■■■■■■■■」


「ちょっ、何か喋り始めたんだけど!?」



 私の薙刀を弾きながら、モデル《Almighty》が口を開く。

 そこから漏れた言葉はとても人間の言葉には聞こえない。


 が、その言葉の直後、私たちの頭上に複雑な魔法陣が現れた。

 これって……



「まさか、【極魔の滅却エーテリアル・デストラクション】!?」


「そのままそいつを釘付けにしていろ、カローナ。魔剣———シュレディンガー!」



 私の背後からなんとも言えない気配が駆け抜け、モデル《Almighty》の肩口と脇腹へ、裂傷が刻まれる。


 あっ、これ私も斬れ———てない!?

 明らかに剣の軌道上に私もいるのに斬れてない!

 なにこれ不思議!



「■■■■■■■■■■■■■■」


「なんて言ってる場合じゃないわね! 詠唱止まってないわ!」


「くっ……」


「カローナ様、ヘルメス様! こちらへ!」



 一瞬だけ後ろを振り返ると、床に魔法陣を展開してその場の全員を囲むセレスさんの姿があった。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■」


「ヘルメスさん!」


「あぁ、もう一本くれてやる!」



 スピードの速い私が後退してヘルメスさんを引っ張りつつ、ヘルメスさんはインベントリから取り出した魔槍スヴァローグを射出する。


 その速度の槍でさえ掴んで止めて見せたモデル《Almighty》は、しかしその瞬間はその場に釘付けとなる。その隙に、私とヘルメスさんは魔法陣の中へ飛び込んだ。



「■■■■■■■■■■■■■!」


「【座標転移テレポート】!」



 セレスさんの魔法陣とモデル《Almighty》の魔法陣が輝きを放ったのは同時。

目も開けられないほど眩い光が交差し———














『……逃がしましたか。思ったよりやりますね……情報の修正が必要なようです』



 光が収まった後には何も残っておらず……その一撃によって消し飛んだのは、斬り落とされたセレスさんの片腕だけであった。

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