2-2 岩永朝司

 無個性な机が整然と並ぶ中、教室は斜陽の色に染められている。


 岩永朝司は、窓側最後尾の席に座りながら頬杖をつきつつ、誰もいない教室を眺めていた。

 遠くから聞こえるホイッスルの音に、生徒たちの掛け声。この音との距離が、部活に勤しむ者たちと自分の明確な断絶のように思えてしまう。


 だが、そんな寂寞とした放課後の教室こそ<聖域>なのだと朝司は思った。誰もいない教室こそ、唯一自分がいていい場所だ。<恋愛の神様>という役割があるとはいえ、今の朝司にとって、その役割が大切な縁だった。


 そんなことを考えていたら、いつものように誰かがやくる気配を感じた。視線を向ければ、見慣れた女子生徒だった。


「岩永さん、いい加減、コイバナのネタをください。いつになったら教えてくれるんですか!」


 咲那が眉間を寄せながら言い寄ってくる。


「ごめんごめん。忘れてたわけじゃないんだよ。ただ、最近、相談事が多くてさ」

「いっぱいあるじゃないですか!」

「君向けの相談が来なくて……」

「ですから、面倒な相談じゃなくていいんです! 普通のコイバナがいいんですよ! 私はたくさんのネタが欲しいんです!」

「そうは言われても、プライバシーってものがあるだろ?」

「守秘義務契約結んだわけじゃあるまいし! いいじゃないですか! 教えてください!」


 更にズイっと顔を近づけてくる。


「アレから私が何本の乙女ゲーをクリアーしたと思ってるんですか!? 五本ですよ、五本!」

「そうなんだ」


 としか言えない。


「まあ、教えてもいいんだけど……小井塚さん、前の相談の時にいろいろクラスの人と話したんだろ? それで友達とかできなかったの?」

「できませんでしたが? そもそも友達ができるのと、コイバナに何の関係があるんですか?」


 据わった目で睨まれた。


「いや、コイバナって普通、女子同士でするものだろ? だから、女友達を作るのがてっとり早いと思ってさ」

「……たしかにおっしゃるとおりです。でも、もうゴールデンウィークも終わったんですよ? 友達作りレースでは完全に出遅れたので、巻き返しは不可能です」

「そうかな? 試してみる価値はあると思うけど?」


 提案してみたら、咲那の目が細くなった。これ以上、友人に関する話題を振るのは得策ではなさそうだ。


「ちょうど昨日、小井塚さん向きの相談があってね。俺のほうから声をかけようと思ってたところなんだ」

「この話の流れだと……また面倒な相談な気がするのですが?」

「ああ、今回もハッピーエンドを目指してほしい。君の力でね」


 ニコリと咲那に微笑みかける。


「私のこと詐欺師みたいとか言いましたけど、岩永さんのほうがよっぽど詐欺師ですね!」

「人聞きが悪いな。俺はただみんなの悩みを解決したいだけだよ」

「私の悩みは増えますけどね!!」


 プンスカ怒りながら、咲那は空いている席に音を立てて腰を下ろす。朝司は苦笑を浮かべつつ、つい先日の相談内容を話し始めた。


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