第27話 精霊使い、ネイレーン

 リリアンはハンスにすりおろしのリンゴを食べさせていると、母親のことが気になってくる。


「リリアンちゃん、やっぱり…お母さんのこと気になる?」


 リリアンは静かに頷くと、ハンスは優しくリリアンの頭を撫でる。ガクドはリリアンの母親、ネイレーンのことはよく知らない。ただ、メイドとして働く人間だという認識だけ。しかし、メイドとしては異様な気配は感じていた。


「ちょうどガクドもいるんだし、ネイレーンのことを話そう」


 ハンスは昔懐かしく思いながらネイレーンのことを話す。ネイレーンがこの公爵家にやってきたのはカザリーンと結婚してガクドを身籠った時にやってきた。

 当時のネイレーンは両親の借金返済のために売られたと話していたが、真実かどうかはあやふや。だが、メイドにしては美しい銀色の髪を持っていたが、彼女の特徴は人形のようだと思っていた。

 初めは何とも思っていなかったが、あの美しい銀色に惹かれて彼女のことを無視できなくなっていた。夫人の時には感じなかった感情が、彼女には芽生えていった。

 ネイレーンが洗濯物を干している姿を見たハンスは彼女に近づくことにする。


『ネイレーン…』


『あ…旦那様、何か御用でしょうか?』


『すまない、手を止めさせてしまったな…』


『いいえ、大丈夫です』


『君は…いつも洗濯物を?』


『はい、私にできるのは、このぐらいなので』


 ネイレーンは笑顔で答えるが、彼女の瞳は少しも笑っていなかった。それだと言うのに、彼女には惹かれる何かがあった。それ以来、ハンスとネイレーンはよく話すようになり、彼女にも感情が生まれるようになった。

 カザリーンがガクドを出産した頃、ネイレーンをハンス専属のメイドになった。初めはガクドの身の回りを世話するメイドにするつもりだったが、それをカザリーンは強く断った。

 ガクドが大きくなり、3歳になった頃にハンスは極度の不眠症に悩まされていた。ガクドが生まれてからカザリーンとの関係が悪くなってきていた。少し話しが拗れるだけでカザリーンは怒りをハンスにぶつけていた。子供が生まれたことによってストレスだと思い、ハンスは我慢してきていたが、彼女と会うと喧嘩ばかりするため、安心して眠れなかった。そんな時に中庭でネイレーンを見つける。たった一人で話をしているように見えるが、木の影に隠れて見えない。


『ーこんな夜に何をしているんだ…?ー』


 不思議に思ったハンスはネイレーンの元へ向かうと、屋敷に地震が起こる。ひどく揺れる大地は全員が起きてくるのだろうと思ったが、それを感じ取ったのはハンスだけ。中庭に向かうとネイレーンは美しい女神のように光る娘が目に映る。


『ネイレーン、彼女は…????』


 ネイレーンはハンスを見てひどく驚き、ハンスを騙せないとわかると、彼女が精霊だと言うことを説明する。


『この子は、精霊です。私は、精霊使いなのです』


『精霊だって⁈精霊使いは太古の昔に消滅したんだろ⁈』


『いいえ、みんな隠れていただけです。私のように、身を隠して』


『どうして隠れる必要があるんだ⁈』


『精霊使いは、皇帝の奴隷です。私たちは、それを逃れるために、今まで生きてきました。どうか、このことは内密に…』


 ネイレーンは静かにそういうと、ハンスは今になって眠気がやってきて中庭で倒れてしまう。遠くでネイレーンがハンスを呼ぶが、その声はハンスに届かない。

 ハンスが気がつくと自分のベッドの上にいた。ネイレーンが連れてきてくれたのかと思ったが、彼女の姿は無く、体も洗われたかのように綺麗。夢だったのかと思うほどで、ハンスは呆然としていた。

 その日はハンスは執務室と自室のみしか移動をしなかった。またその日の夜に中庭に向かうとネイレーンは草笛を使っていた。


『旦那様…』


『ネイレーン、きみはいつもここに?』


『はい、ここでなら、旦那様と会えると思ったので…』


 ネイレーンはどこか遠くを見つめており、その姿が月夜に輝く女神のようにも感じる。


『ネイレーン…』


『旦那様、お願いがあります。私に、母親になる資格をください』


『えっ…???』


『一回でいいのです、お願いします』


 ハンスはカザリーンのことを気にしたが、彼女は今ハンスのことを気にすることがほとんどない。他に愛人ができても気にも止めないだろう。


『わかった…一度だけな』


『ありがとうございます、旦那様』


 ハンスとネイレーンはその日の夜は共に過ごした。翌日、彼女は存在を隠すように姿を消した。彼女の行方を探しても見つからず、執事長に聞き出すと、カザリーンが解雇をしたという。ハンスの断りもなく、解雇をしたカザリーンを問いただしたかったが、彼女と会う気にもなれず、ネイレーンのことを忘れるつもりで過ごすことにした。

 その日から、全てがどうでもよくなったかのように、やる気が出なかった。不眠症に効くというお香を焚いても、眠気がやって来なかった。

 ネイレーンが姿を消して五年が経過したある日、彼女は金髪の娘を連れてハンスの屋敷にやってきた。ボロボロの服を着て、市民とは言えない格好だった。靴は履いておらず、髪はボサボサ。何日も走り続けたような姿にハンスはネイレーンなのかと疑いたくなるほどだった。


『ネイレーン…なのか⁈』


『公爵様、どうか…この子を引き取ってもらえませんでしょうか?』


『どう言うことなんだ⁈まずは服を…』


『私には!!時間が無いのです!!!!この子は旦那様の娘です!!!この子は、私以上の存在になります!!それに、ここでなら、《彼ら》》も手出しはできません!!!この子の名前はリリアン!!!どうか、お願いします!!!!』


 ネイレーンは慌てた様子でリリアンを置いて走り去って行く。ハンスは慌てて扉を開くがそこには彼女はいない。まるで夢だったかのように。

 しかし、夢ではない。幼いリリアンを見て、ハンスは何かに惹かれるような感覚が押し寄せてくる。ぽっかり空いた穴を、塞いでくれるような存在。ハンスはリリアンの頭を撫でて、自分の娘として、受け入れることにする。

 それ以来、ハンスの不眠症は無くなり、ネイレーンを捜索することに明け暮れる。やっとのことで手がかりを見つけたハンスはその場所に向かうと、ボロボロになり、冷たくなった、ネイレーンの姿を発見する。体には無数の傷跡があり、酷い拷問をされたのだと感じ取れる。

 このことは、リリアンに話さないことにすると心に決めていたハンスだったが、ここまでことが大きくなってしまった以上、話さないわけには行かない。ハンスはリリアンのことを見つめると、リリアンはハンスのことを抱きしめる。ハンスが、これ以上傷つかなくて済むようにと、心から思う。

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