かしまし幽姫と学校の怪談 其ノ五

「此処ですわね」と、お露ちゃん。

 花子さんから教えられた一階いっかい男子トイレの前だ。

「まさか一階いっかいだったとはなぁ」

「完全に無駄足だったね……これまでの流れ……」

「そうでもありません事よ? 花子さんの話によると、相手は〝トイレ個室なら自由に行き来が出来る〟──つまり〈トイレワープ〉をおこなえるのですから、その〝自室〟を探り当てるのは大きな意味がありますわ」

「そうだね……って〈トイレワープ〉って何ッ!」

「おそらく便器同士をワームホールとしてつなげて──」

「プロセスなんて聞いてないよ! その『アホなSF論』何ッ?」

「ホーキング博士もビックリ! クスクス♪ 」

「にしても……」

「あ? んだよ? お菊?」

「うん……いいのかな? 男子トイレだよ?」

「それが?」

「……わたし、入った事無い」

 恥じらいモジモジ。

 何だか、いけない事しようとしているみたいで……恥ずかしくて気まずい。

「アタシもぇ」

わたくしもですわよ?」

「え? そうなの?」

 ちょっと意外だった。

 この二人ふたりなら、とっくにあるかと思ったけど……そういうところは、ちゃんと〈女子〉なんだね。

 自分一人ひとりじゃないと分かったら、親近感と安堵あんどが湧いた。

 えへへ♪

 うん、そうよ!

 時代が変わっても〈女の子〉は〈女の子〉だもんね?

 わたし達〈女の子〉だもんね?

「んじゃ、入るか」

「ですわね」

「入ったーーッ! 何の躊躇ちゅうちょも気まずさも無く入ったーーーーッ!」

 あなた達〈女の子〉剥奪!

「んだよ? 別に変わんねぇだろ?」

「多少、殿方仕様に改訂されているだけですわ」

そこ・・だよッ? 問題は!」

「「そこ・・って、立ちション用?」」

「声に出さないでよ! 恥じらいとか無いの?」

「だって……なぁ?」

「ねぇ?」

「な……何よ? 二人ふたりして意味深な視線を交わして?」

「アタシ、結婚してるもん」

「…………」

 そうだった。

 お岩ちゃん、既婚者だった。

わたくし、毎晩蜜月してましたし」

「…………」

 そうだった。

 お露ちゃん、色情霊ビッチだった。

「「見慣れてるもん」」

「ユニゾン首傾くびかしげで何言ってんのよ!」

 居たたまれない恥ずかしさに顔をおおったわ!

 耳まで真っ赤になって!

 何なの? この二人ふたり

「ふぇ~ん! もうヤダァ~~!」

「あらあら? お菊ちゃんったら可愛い♡ 」

「あんなん、ブラブラ付いてるだけだぞ?」

「やめて!」

「いつか見んだぞ?」

「見ないもん!」

「毎晩見ますのよ?」

「見な……毎晩ッッッ?」

 平然と何言い出したの! この色情霊ビッチ

 わたしを同類化しないでよ!

 わたしは〝純朴で可愛いお菊ちゃん〟なの!

 〝みんなのお菊ちゃん〟なの!

「もう、プイッだもん!」

 ふくれて顔をそむけた時だった──「いいから、さっさとしろォォォーーーーッ!」──トイレ個室から怒号が聞こえた!

「お岩ちゃん! お露ちゃん! これって!」

わりィ、終わるまで待ってろ?」

「いま、立て込んでますの」

「何でッ?」

 最大の目的を、そっちのけに断った!

 キャッチセールスをないがしろにするみたいに軽視した!

「コイツに〝男〟教えねぇと……」

「ええ、ちゃんと骨のずいまで〝男〟を教え込みませんと……クスクス♪ 」

語弊ごへい~~~~ッッッ!」

 猥談わいだんッ?

 猥談わいだんなのッ?

 そこまでして猥談わいだんしたいのッ?

 泣きながらトイレ個室へと飛び込んだわ! わたし!

「ふぇぇぇ~~ん! 助けて~~! 学校の猥談わいだん~~~~!」

「誰が『学校の猥談わいだん』だーーーーッ!」

 何よ!

 そんな些細ささいな事どうでもいいわよ!

 いまは〝お菊ちゃんピンチ〟なの!

 みんなの〝可愛いお菊ちゃん〟がピンチなの!

 もう、プイッだもん!

 ──バタン!

 戸が閉まった。

 わたしが閉める前に戸が閉まった。

 飛び込むと同時に……。

 暴風にあおられたかのように……。

「……あれ?」

 イヤな予感に鍵を確認──カチャカチャ──閉まってる。

 開かない。

 不可視の万力まんりきで固定したかのように……。

 これって、閉じ込められた・・・・・・・

「赤か? 青か?」

 聞こえた!

 例の謎かけ・・・だ!

 赤と答えれば動脈を切られ、青と答えれば静脈を切られる──あの怪談の渦中に、わたしは〝かごの鳥〟とされていた!

「赤か? 青か?」

 不気味な妖気漂う個室トイレ内に、陰湿な声音が選択を迫る!

 周囲を見回せども姿は見えず、有るのは──貯水タンク──トイレットペーパー──そして、大便器────。

「イ……イヤァァァーーーーッ!」

 錯乱気味にドアを開けようと試みた!

 こんなトコで閉じ込められるなんて絶対イヤ!

 大トイレに幽閉される美少女なんて聞いた事ないわよ!

 普通〝悪の古城〟とかでしょ!

 お菊ちゃんピンチ!

「おらぁ! 開けろ! お菊!」

「逃がしませんわよ! お菊ちゃん!」

「イヤァァァーーーーッ?」

 戦慄のままにドアから離れたわ!

 鬼がいる!

 外には鬼がりまする!

 まさに『前門の虎 後門の狼』ならぬ『前門にゲスの極みオバケ 後門の大便器』だった!

 お菊ちゃん、大ピンチ!

「赤か? 青か?」

「うるさいわね! それどころぢゃないわよ!」

「おらぁ! お菊!」

「ヒィィ!」

 カチャカチャ。

「あれ? 開かねぇ?」

 ドンドン! ガンガン!

「押しても引いても開かねぇぞ?」

 え? お岩ちゃんでも開かないの?

 それって、かなり強力な妖力ようりょく結界けっかいなんじゃ……?

がっていてくださいます? お岩ちゃん?」

 カチャカチャカチャカチャ。

「フゥ……ダメですわね。わたくしのピッキング技術をもってしても開きませんわ」

 お露ちゃんのピッキングでも……って、え?

「何で、そんな特技を修得してるの? お露ちゃん?」

「あら、野暮♪  クスクス♡ 」

 悟った!

 絶対、男の家へ忍び込むためだわ! この色情霊ビッチ

「ひひひひひ……赤か? 青か?」

 イヤらしいふくわらいに酔って、妖異の声がいる!

 だけど、どうしよう?

 正直、見くびっていたわ!

 あの二人ふたりで太刀打ちできないんじゃ、相当に強力な妖力ようりょくだもの!

 わたしなんかが対応できるワケがない!

 だって、わたしは三人の中でも〝純朴で可愛いお菊ちゃん──非力ひりき無力むりょくなトコも萌え♡ 〟だもの!

「落ち着け、お菊ちゃん! こういう時は、えーと……えと……えっと……し……白!」

「…………」

「…………」

「赤か? 青か?」

 ダメだ!

 選択肢以外の回答は受け付けないらしい!

「ふぇぇぇ~~ん! どうしよう? こんなトコで閉じ込められるなんてヤダァ~~! 狭いし暗いし、気分的に臭くて汚いし!」

「臭ないわ!」

 テンプレ以外の返事が返ってきた……。


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