かしまし幽姫と学校の怪談 其ノ二

「で? まずは何だっけ?」

 校庭へ入るなり、お岩ちゃんが指針を求めた。

「まずは〈走る二宮金次郎〉ですわよ」

「コイツか?」と、くだんの銅像へと近付くお岩ちゃん。

 あれ? いま銅像の目がチラ見しなかった?

 お岩ちゃんも、お露ちゃんも、気付いてないかもだけど?

 ジッと銅像を見つめるお岩ちゃん。

 ダンマリ決め込む銅像さん。

 それでも見つめるお岩ちゃん。

 気まずい緊張を噛み締める銅像さん。

「基本がなってねぇぇぇーーーーッ!」

「へぶらッ?」

 いきなりブン殴ったわ!

 銅像相手に躊躇ちゅうちょなく鉄拳ストレートを繰り出したわ! このガサツ幽霊!

 重量級の二宮金次郎が『リングに●けろ!』ばりの〝車田飛び〟を披露したわ!

「なななななな?」

 ダメージにヘタリ込みながらも、銅像は驚愕の方に支配されていた。

「オゥ、テメェ! 本気で走る気あンのか?」

「……え?」

「本なんか読んだ〝ながらラン〟で、テッペン取れるかぁぁぁーーーーッ!」

「ええぇぇぇ~~~~ッ?」

 うん、そうなるよね?

 ゴメンね?

 その破天荒、ウチの子なの。

「だいたい、そんな夢中になって何を読んでんだ?」

 本を取り上げて黙読する事、数秒──「何も書いてねぇじゃねーかぁぁぁーーーーッ!」──投げ捨てた!

 最大のアイデンティティーを月夜の彼方へ投げ捨てた!

 しかも、それ青銅!

 青銅の本!

 結構重い!

 どんだけ豪腕よ!

「このサイコヤローが! あんなモン捨てちまえ!」

「えええぇぇぇ~~~~ッ?」

 自分・・を捨てろと言い出したわ……この破天荒。

「そもそも、その格好は何だ! 運動しにくい事、明白じゃねーか! アスリートをナメンな!」

「いえ、私は別にアスリートになりたいワケでは……」

「おう、テメッ? ワグ●イナをナメンな? 猫ひ●しナメンな? 森脇●児をナメンなーーッ!」

「誰ッ?」

「……着替えろ」

「は?」

「とっとと〝ランニングウェア〟に着替えろって言ってんだ! この唐変木トウヘンボク!」

「ええ~~ッ?」

 お岩ちゃん、フレーズチョイス古いよ。

 くして、二宮さんは着替えた。

 ランニングウェア&短パン姿の歴史偉人なんて初めて見たわ。

「着替えたか……よし、じゃあコレ背負え」

 ああ、その背負子しょいこは背負わせるんだ……って、まき増えてる!

 三倍超荷のてんこ盛りになってる!

「んぎぎぎぎッ!」

 顔面真っ赤になって踏ん張っていたわ、二宮さん。

 青銅色が褐色銅へと変質していったわ。

「おし、まずはグラウンド八周」

「な……何故、私が……こんな理不尽を?」

くちごたえすんじゃねぇぇぇーーッ!」

「イエッサーッ!」

 気迫に呑まれてシャンと敬礼!

 ……鬼軍曹?

 くして校庭トラックを走り詰める二宮さん。

 満足そうな腕組みに監視する鬼軍曹……じゃなくて、お岩ちゃん。

「ヒィ……ヒィ……」

「気合が足りねぇ!」

「イエッサーッ!」

「お岩ちゃん、ちょっとよろしいかしら?」

「あ? んだよ? お露?」

「ただ黙々と走るのでは滅入って当然。ここは士気高揚のために〝歌〟など、どうかしら?」

「歌ァ?」

 また悪意のクスクスが始まったわ。

 お露ちゃんの悪戯心いたずらごころが刺激されたわ。

 何よ、歌って……。

 スイッチ入っちゃった?

 刹那的愉快スイッチ、入っちゃった?

「それでは、二宮さん? わたくしに続いて下さいませ?」

「ヒィ……ヒィ……はい?」

「ファ●コンウォーズが出~るぞ♪  それ!」

「ファ●コンウォーズが出~るぞ!」

「母ちゃん達には内緒だぞ♪  それ!」

「母ちゃん達には内緒だぞ!」

「のめり込め♪ 」

「のめり込め!」

「のめり込め♪ 」

「のめり込め!」

 何を歌わせてるのッ?

 天下の〝二宮金次郎〟に、何を歌わせてるのッ?

 それ以前に〈任●堂〉から睨まれないッ? この作品!

「さて、そろそろ校舎の方へ赴くと致しましょうか……飽きましたし」

 ……お露ちゃん、いま「飽きた」って言ったわよね?

「だな」

 何の呵責かしゃくも無しに合意したわ、このガサツ幽霊。

「ちょっと! ちょっとちょっと!」

 並び歩く無責任を、わたしは慌てて呼び止めた!

「「ザ・タッ●?」」

「違うよッ?」

 二人ふたりシンクロで小首傾げて、何言ってんの?

 どうして〝懐かしの双子芸人〟呼ばわりよ!

「アレ、どうするのよ!」

「「アレ?」」

 本気で首傾げのシンクロだし。

「二宮さんだよ!」

「ああ、それなら心配すんな。自主練メニュー置いておいたから」

「自主練メニュー?」

「トラック三周でワンセット──コレを八セット。腕立て百回でワンセット──コレを六セット。スクワット六〇回でワンセット──コレを十五セット。それから──」

「鬼軍曹ッ?」


 こうして『学校怪談:歩く二宮金次郎』は消滅した。

 その代わり、翌朝からは新たな怪談が誕生したらしい……。


 グラサンをニヒルにキメた『アーミー金次郎』が…………。



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