第22話 ダンディライオン 前編

『格上の相手と戦うなら、先手を取り押し切るのが一番です』




「記憶喪失ですか」

「全て忘れた訳では無い。我に関する記憶のみ、まるで雲に隠されたように思い出せぬのだ」


 砦に戻る道中、ニアリに促されてオボロは自分の事を話していた。

 水晶の塊に封印されていたこと、ピョンちゃん――蔵人によって封印が解除されたこと等々。オボロ自身、目覚めてから二日しか経っておらず話せる事も無いのだが、ニアリは一つ一つを興味気に聞いている。

 その間に、私も二人の会話からこの世界の現状を大まかに知ることができた。喋れない故に私は自ら情報を集める事が不可能に近いので、ニアリには非常に感謝をしている。

 

 まずは魔族周りの事からだ。

 魔族はそれぞれ魔人族ダビル吸血族ヴァンパイア長耳族エルフ獣人族ウェアニマ鉄山族ドワーフ妖精族フェアリー緑鬼族オーク小鬼族ゴブリン淫魔族サキュバスの九つの種族が居る事。

 この内、獣人族は数十年前に存在を確認された以降は目撃情報が無く、魔王軍側は絶滅を宣言した。絶滅の理由な定かで無いが、転生者が関わっているらしい、

 また反魔王戦争において長耳族に味方をした鉄山族は鎮圧された後に魔人族の管理下におかれ、妖精族は一人の転生者による大虐殺から逃れた少数が王国へ逃げた、とのこと。

 そして当の長耳族は部族事に王国へ逃れた者や、中立を維持する者、魔王軍側に与した者と様々。ニアリは自由主義の長耳族らしく、彼女の部族自体も魔王軍派らしい。

 もっとも、自分の部族の事をオボロに尋ねられた時にニアリは僅かに無表情の顔を曇らせたまま答えはしなかった。何があったかは知らないが、恐らく彼女の部族は既に居ないのだろう。


 また魔族の説明にあたって、この世界に元から住まう人間の事もある程度聞かせてもらった。

 巨大な二国の『王国』と『帝国』を中心に複数の小国があり、魔族を絡めた関係性は非常に難解であった。魔王の側近であるニアリが説明してくれたので凡その理解はできたが、彼女の話を聞けば聞く程に魔族は切迫した状況であると思い知らされる。

 長耳族や妖精族を迎え入れている王国に対し、帝国は鉄山族や魔術石等の利権と共に昔からの因縁から反魔族主義を掲げている。では王国に協力を促せないのかと思ったが、王国も帝国も自分達が激しい戦果を巻き起こせば世界の終焉を招きかねないと考えているそうだ。

 魔族の事を抜きにしても、王国に居る魔術師と非魔術師が殆どの帝国は仲が悪く、両国の政治状況も危うく――さながら今の世界は爆発寸前の火薬庫だ。


 また帝国と王国という厄介な種を外に持ちつつ、魔族自体も非常に不安定だ。魔族の中でも支配階級にあたる魔人族・吸血族が人間を非常に敵視し、人類の支配及び隷属化を企んでいるそうだ。

 どうも今の魔族が住まう広大な大陸の一部は歴史と力を持つ四つの魔人族の一族が分割支配している状態で、彼らの言葉一つで簡単に人類との戦いに踏み切れる程だ。そもそも国家という体系を魔族は成しておらず、力のある一族が領土を支配する――日本における守護大名が乱立した室町時代と似ている。

 そうした状況を打破するべく生まれたのが――魔王を主軸とした魔王軍という訳だ。

 つまり魔王はその名前を持ちながら別に魔族の王では無い。この辺りのニアリの説明も少々あやふやで、簡潔に言うなら人間達と交渉をする魔族側の代表者と言ったところか。

 清々しい程の内憂外患だが、それでも魔王や彼に従った連中は上手くやったそうだ。今回の一件は順調に帆を進めている最中に起きた――悲劇。

 ニアリ達は大層やるせないだろう。魔王を失い、またこの混乱の中で有力な魔王派の魔族も命を落としている。

 魔王軍は瓦解寸前――いや、もう空中分解しているだろう。

 成程、オボロの読みは的中だ。

 ノーヴァンがニアリの捜索を依頼したのも、ニアリを無事に帰還させることで魔王軍を繋ぎとめる訳なのだ。

 オボロが『魔王』であると唯一知っている私は何とも歯痒い気持ちだ。


「……以上が大まかな魔王軍の現状です」ニアリは無機質な声で言う。

「危ない綱渡りをしているな」

「承知の上です。我らが為さねば、世界は終焉を迎えかねない」


 死んだ魚のようなニアリの金色の瞳が輝く。

 それは決意の色。

 どんなに犠牲を払ってでも――

 己がどんなに傷つこうとも――

 亡き魔王の悲願を成就させる――そんな決意の色。

 強く、堅く、しかし――故にそれは一部の人間が持つどうしようもない悪意をくすぐる。

 ニアリは気付いているのだろうか。

 彼女のその眼は誘蛾灯。

 彼女の決意に惹かれる者も居れば――

 ろくでもない害虫すら誘いかねない事に。

 人間の本質である最低最悪の外道を知ったようで――真の悪性には気付いていない。

 例えば私の様な――極論自分が無事であれば、どうなろうと知ったことじゃない連中とかだ。

 まあ、今の私にそんな自由も無いが。


「所でオボロ、貴方のそのぬいぐるは使い魔という認識で良いのでしょうか」

 唐突にニアリが聞いてくる。

「ん? いや、使い魔では無い……とピョンちゃんは言っているが、我にはどうも解らぬ」


 蔵人だ、ピョンちゃんでは無い。一応訂正しておく。


「よく解りません。貴方自身は使い魔として使役はしていないのですか」

「我の所有物モノではあるが、使い魔とは認識しておらぬ。我が所有者になる前から動いていたが、理由は分からん。なあ、ピョンちゃん?」


 当たり前だ。

 私は転生者であり、人間だ。

 何故か兎のぬいぐるみだが、これでもれっきとした人間だ。

 私はオボロの言葉を肯定すべく、腕を組んで頷く。人間臭い動きがあった方が、説得力もあるだろう。


「宜しければ、少し見せて頂けませんか」

 ニアリはそう言うが、オボロは嫌そうだ。

 ノーヴァンが(勝手にだが)触れただけでも、激怒しそうになった彼女が許すとは思えない。

「変な事はしません。ただ、気になるのです。魔術ならぬ方法で封印されていた貴方を助け出した、ピョンちゃんに興味があります」


 ずいっと顔を寄せて頼んでくるニアリ。無表情だが、射抜くような金色の目に確かに興味心の色が見え隠れしている。


「……乱暴に扱うなよ」


 驚いたことにオボロは不承不承ながらもニアリに私を手渡す。さしもの彼女も流石にニアリの視線に耐えかねたのだろう。

 ニアリの青い手に乗せられた私。彼女は私の全身をジロジロと隈なく見てくる。

 正直に言って、少しきつい。

 非常に顔の整ったニアリだが、私は彼女の中に眠る苛烈な本性を見抜いている。この手の女性は私の好まない。只管に怖いのだ。


「……普通の兎のぬいぐるみですね」ニアリが指で私の額を優しく押す。

「そうっすね! 言い方は悪いっすけど、何処にも売ってそうっす!」フルベがずいッと身を乗り出して私を見てくる。

「面妖だな」ベルモンドもニアリの顔のすぐ横で私を見ている。


 とても仲良しな三人だ。

 お互いの息がかかりそうな距離で私を見ている。


「売り物なら、アレとかないっすかね? 誰が製造したのか分かる印みたいなヤツっす」

「ありませんね……それ以前に使い魔は、魔術師自身が手製するのが普通です」

「何故かね?」

「物には作り手の魂が宿ります。他人の作った物を使い魔にすると言う事は、肝心な時に動かなくなる可能性があるからです」


 ニアリは私の身体を優しく丁寧にひっくり返し、細い指でなぞったりして何か探っている。触覚の無い私には彼女が何をしているのか分からないが、魔術でも使っているのか。

 一方でフルベとベルモンドは時折口を挟みつつも、私に触れはしない。フルベも言っていたが、やはり二人は魔術やソレに関する知識も無いのだろう。

 魔術が一般化している世界で魔術が使えないのは死活問題だと思うが、彼らを見るにそこまで困らないのか。或いはニアリのような優れた魔術師が居るからこそ、なのか。


「……駄目です。魔術で探っても、何も分かりません」ニアリは白旗を上げた。 

「ニアリ様ですら解せぬ程に強い魔術がかけられているのか」ベルモンドが聞く。

「いえ……魔術では無い何か別の術がかけられています。魔術以外となれば、わたしの専門外です」

「それこそ魔人族のお歴々か、博識なノーヴァンさんの領分っすか?」

「……ノーヴァンか」


 オボロは苦虫を噛み潰したような顔をする。彼女はまだあの一件を引き摺っている。尻尾の揺れが激しくなり、彼に対する怒りを(フツフツと)沸き上がらせる。

 オボロの様子にニアリも気付き共感する部分があったのか、彼女は詳しくは聞いてこない。


「ピョンちゃんはお返しします。貴方が記憶を取り戻す以外にもピョンちゃんを知りたいのなら、苛立ちを覚悟してノーヴァンに聞くと良いでしょう」

「留意しよう」


 鼻で笑い、私を手元に戻そうとオボロが手を伸ばした瞬間だった――

 それは正しく青天の霹靂。

 稲妻の如く茂みから何かが飛び出した。

 ソレの正体を探るよりも、私の釦の目は煌めく刃物に注視した。

 突然の出来事。加えて私を手渡そうとしていたニアリは咄嗟に動けず。完全に油断していたフルベとベルモンドも間に合わない。

 当然、私にも何もできない。

 しかし、オボロは違った。

 判断こそ遅れたが、オボロは素早く身を翻すと吶喊してきたソレに立ち向かう。

 日差しに照らされ、刃を輝かせる武器は――手斧。

 襲撃者が振り下ろした斧はオボロの尻尾は中程から切断し――

 捻りを加えて振り上げる形でオボロの左腕の肘から先を見事に切り飛ばした――

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