小話 嵐の前の静けさ
『空の急変には注意すべきです』
『雨が降ると思った時には既に――空は限界なのですから』
ニアリを無事に見つけ、砦へと戻るオボロ達。帰路を急ぎつつ、談笑に花を咲かす彼らは自分達が何者かに後を付けられている事など知る由も無い。無論、警戒を緩めた訳では無い。
フルベやベルモンドは周囲への警戒を決して忘れてはおらず、オボロとニアリには獣に近い研ぎ澄まされた五感がある。桁違いの二人が気付かない――それだけその追跡者は名腕の男。
茂みに紛れ、男は四人を監視しつつ魔術石を取り出す。数回指で叩くと魔術石は青く光り、男は石に向かって喋り出す。
「……聞こえるかグモウ」
「――感度良好、問題なし」魔術石からグモウの声がした。
魔術石による通信手段は帝国の大発明だ。魔術師のような魔術による遠隔から他者へ言葉を伝える手段を、帝国等の魔術適性の無い者は有さない。基本的に連絡には手紙を用いる他、伝令用の人間や腕木通信が現状の帝国の有する技術では精一杯。
当然、帝国が得意とする小規模の部隊を指揮官職の人間が指揮を執る戦術も、伝令兵に頼らざるを得なく王国の魔術師には常に後れを取っていた。
そんな中でだ、魔術石による通信は画期的であった。
帝国の戦術はより緻密になり、王国の魔術師すらも最初は手玉に取れる程。
もっとも、早期に魔術師による魔術石の通信妨害手段が確立されてしまい、王国との差は未だに埋まっていない。
「それで、奴らは合流したか」魔術石越しにグモウが紫煙を吐いた。
「ああ。ニアリの相手をしていた二番隊は多数の負傷者により撤退した。連中はニアリが手加減していた事を感謝せねばならないな」
「そりゃあ最高だなぁ! 兵隊共はニアリもそうだが、オイゲンさんにも感謝しなきゃな。馬鹿な部隊長なら戦闘続行していたらからよ」
負傷者こそ出たが死者が出ないことをグモウは喜んでいる。
それもそうだ。オイゲンの指揮していた兵の中にはグモウの元で初陣を飾った者も多い。
「私が襲撃しても良かったのだがな……」男は面目なさそうに言う。
「ハインツさんは、まだ出番じゃねぇさ。それより見慣れない奴ってのは何者だ?」
「……名前はオボロ、分かったのはそれだけだ」
ハインツ――ハインツ・ブリッツは言う。
「残念。少しでも戦力を測りたかったんだがな」
これから帝国の本隊を全て撤退させる殿役――言わば捨て駒の指揮官を担うグモウは当然敵の情報を少しでも知りたい。
ニアリやフルベ、ベルモンドはそれなりに力量や役職とスキルが判明しているが、見慣れぬ少女のオボロの情報を帝国は所持していない。今後の為にもオボロの情報を集めろと、本国からも指示が下されている。
「一つ言うならば――あの少女は強い。私の直感だがな」
「旦那の直感ほど信じるに値するモノはない。とは言え、流石に本国もその程度の情報じゃあ満足しない……」
グモウが何を言いたいのか、ブリッツは既に察している。
「私が威力偵察に行こう」
「あまり無理はしないでくれよ。アンタに何かあれば、俺の首が飛ぶ」
「心配無用。むしろ私はお前の為にわざわざ出張ったのだからな」
「そりゃあどうも……ほんと、アンタと仲良くなれて光栄だ」
グモウは最後に再びブリッツに無理をしないよう伝えると、通信を切る。通話中も彼が書類処理をする音が響いていたので、仕事に追われているのは明確だ。
それでいて、指揮もしなければならない。ならば、奴が少しでも楽が出来るようにハインツ・ブリッツは彼と共にこの森へ来た。本国の司令部は彼の出撃を渋ったのは当然だが、彼は無理矢理に押し通した。
軍隊と言う厳しい規律のある組織の中でそれをしても尚、ブリッツは何ら罰を受けない程の功績を持っている。無論、今回の戦いで功績を上げる気は無いが――死者を減らす為ならハインツは己の身を案じない。
「……さて、力量を図らせてもらうか」
立ち上がったブリッツは四人の後を追い――襲撃の機会を窺い始める。
良く伸びた木々の間には雲を散らす空が広がる。
嵐の前の静けさが――この森を包んでいた。
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