強引なおっさん

「あ、どうも」

「……客か?」


 俺が店に入るなり、そう言うと、おっちゃんは困惑しながら、そう聞いてきた。

 まぁ、そうだよな。俺も自分で言っててどうかと思った。店に入って、あ、どうもなんて意味わかんないもん。

 

「あー……お金が欲しくてーー」

「つまり、俺の所で働きたいと?」


 なんか、美味しい料理の情報を売りますよー、的なことを言おうとしたんだけど、顔を凄めながら、言葉を遮られて、そう言われた。

 

「え、いや……」

「よしっ、明日からここに来い! お前は顔もいいしいい給仕になるだろ」

 

 俺が否定の言葉を言おうとした瞬間、おっちゃん……いや、もうおっさんだな。おっさんは、俺の背中をバシバシと叩きながら、そう言ってきた。

 え、やるなんて、一言も言ってないんだが。……そもそも、俺って顔がいい方なのか? 自分の顔なんて見た事ないし、知らないんだが。

 

「あ、はい」


 なんか、バシバシしてきて背中が痛いけど、まぁ、いいか。

 そう思って、俺は頷いた。

 金が手に入るなら、別にそれでもいいと思うし。

 あ、でも、働く時に、顔を見られたら、やばいかな。……いや、この世界に写真みたいなものなんてないし、俺の顔を見られたところで、平気だろ。

 まぁ、黒髪っていう、この世界じゃかなり珍しい髪色ではあるけど、そんなのスキルでどうとでもなるしな。……おっさんには見られたけど、明日行く時はイメチェンしたとでも言えばいいか。


「えっと、じゃあ、明日からよろしく、です」

「おう!」

「朝からでいいのか……です」

「あぁ、朝からでいい。それと、無理して言葉遣いを正さなくてもいいぞ」


 俺が無理して敬語を使ってることに気がついたのか、おっさんはそう言ってくれた。

 このおっさんは、別にアリーシャやヘレナとは違って、公爵の関係者ってわけじゃないんだ。

 そんなただのおっさんに無理して敬語を使う理由もないし、おっさんがいいって言うなら、そうさせてもらおうかな。


「あー、じゃあ、改めて、明日からよろしく」

「おう!」


 俺はそう言って、店を出た。

 情報は恐ろしいって、多分言うしな。

 俺は賢い方じゃないし、下手なことを言って、後悔するよりも、バイトとして雇ってもらえる方がよっぽどいい結果だな。

 うん。むしろあのおっさんが強引なおっさんで良かった。

 

 さて、金が手に入る目処が付いたのはいいけど、今日はどこで夜を明そうな。

 ……一応、前世はともかくとして、即死モブとしては、外で寝る経験くらいあるし、大丈夫だとは思うけど、問題は公爵家の手がかかった人達に見つからないことだよな。

 ん? いや、そういえばだが、俺は公爵家に追われる前提で過ごしてるけど、ほんとに、追われてるのか? 

 よく考えたら、誘拐犯は引き渡したし、俺が追われる理由なんてないんじゃないか? ……もしかして、公爵領の外に逃げられるか? ……いや、もうおっさんに明日行くって約束したし、やっぱり暫くは公爵領から逃げられないな。


「はぁ」


 俺はため息を吐きながら、もう、適当な屋根の上で眠ることに決めた。

 おやすみなさい。

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