【2013年編】跳動①

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 2013年7月


 五月にチカから初めて連絡を受けた時から二ヶ月が経とうとしていた。


 この二ヶ月の間、他の友人と連絡を取るのと同様にチカともLINEでやり取りも行なっていた。


 特に何も無い限り、電話で話すことも無かった。LINEの内容も、飼っているペットの写真をお互いに送り合い、を競い合う様な内容ばかりであった。


 しかし、その日はまた唐突に電話が鳴った。


「もしもし?トキ、今大丈夫?」

 この二ヶ月で、割と距離が縮んだせいか、お互いにリラックスした状態での会話が出来るようになっていた。


「あ--今コンビニ。ちょっと待ってな。『52番のタバコ、二個ください。あ、ありがとうございます』---すまんね。タバコ買ってたから。」

 買ったばかりのタバコを開封し、ビニル製の包みと銀紙を店内のゴミ箱に捨てる。


「---ふふ。」

 何故かチカは笑っていた。


「なによ?」

「いやね--トキ、良い奴だなぁーって思って。」

「ん?何で。」

「だって普通、コンビニの店員さんに『ありがとうございます』って、なかなかキチンと言わなく無い?」

 昔からチカはなんて事ないところで感心する。


「分からん。普通じゃない?---っつか、どしたん?」

 少し照れた。

 そういえば、付き合ってた頃は、何かにつけて褒めた後に子供を撫でるかのように頭を撫でられていた気がする。


「---声、聞きたかった---じゃ駄目?」

「うん、切るぞ?」

 軽口を叩けるような関係ってのも悪くない。


「---冗談、冗談。ちょっと待って!えっとね、トキ、車持ってる?」

 チカは申し訳無さそうに尋ねてきた。


「ん?一応あるけど?」

「来月さ、二、三週間帰省するんだけど、八月のどこかで『ペルセウス座流星群』がめっちゃ近付くらしいのよね。確か、トキも天体とか宇宙とかUFOとか好きだったよね?」

 ---ん?何が言いたいんだろう。


「つまり、星が見えるところに連れて行けと?」

 分かりやすい。チカは即答だった。

「ご明察。実はさ、高校の同級生と『見たいねー』って話になって。ただ誰も車が無い。そこで、チカちゃんは思い出したのです。」

「何を?」

「トキって確か、世界の不思議とかUFO好きだったって。」

 ----!!


「---いや、流星群と関係--」

「--あるよ!」


 はい、勝てません。

「分かった。連れて行けば良いんだな。いつ?」


「たしかお盆の前後。決まったら連絡するね。やっぱりトキ、良い奴!ありがとう!」


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 2003年8月 夏休み---


 バンドメンバーとナオ、プラス友人2人で海辺のBBQハウスに来ていた。

 長く続く海岸線沿いに位置しており、開けた海に面しているその場所は、若者達の夏の人気スポットだった。

 キャンピングスペースもあるのだが、利用客の殆どがBBQを楽しむ為に訪れていた。

 何より、手ブラでBBQが出来ると言うコンセプトの通り、設営から火起こし、片付けまでスタッフが行なってくれるという手軽さが初心者にも好評らしい。


 何度目かのライブの後、打ち上げに誘った事をきっかけに私たちは仲の良くなり、たまにではあったがグループで遊ぶ事も増えていた。


 特に、この日はナオの誕生日が近いこともあり、サプライズで祝う---誰が言い出したのかは忘れたがそういう事になっていた。


 一通り食事が済み、ビーチチェアに腰掛けタバコを吸っていた。

 少し離れた場所では、私たちとは他の若い男子のグループが手持ち花火を楽しんでいる。

 ふと見上げると、夏の夜空は雲ひとつ無く街中では見ることが出来ない程の星空が広がっていた。


『思い出すのは横顔ばかり---』

 星を見上げていると、何故か前にアヤコに言われた言葉が頭に浮かんだ。


 ---そういや、俺、ナオの顔を真正面からあんまり見た事無いな。

 思い出せる顔の特徴は長い睫毛まつげ、白い肌、少しぽってりとした唇、スっと通った高い位置にある鼻頭---。


 それよりも、彼女の特徴を挙げよ、と問われたらという答えが先に出てくる。


 彼女は誰に対しても平等に、優しく穏やかな性格だった。


「---ハッピー・バースデー・トゥー・ユー---♪」


 誰から発声し始めたか分からないくらい、私はぼーっとしていたらしい。


 事前の打ち合わせ通り、BBQハウスのスタッフがホールケーキを運んで来た。

 私たちのグループだけではなく、他の客も一緒になって拍手をしていた。


「誕生日おめでとう---。」

 ナオの親友、ミチルがナオに抱き着きながら言う。

 ナオはというと、涙ぐみながらも笑顔だった。


 ---へぇ、すっげぇ笑うんだ。ナオって。

 思わず、ナオの顔を凝視していた。


「トキ、なにナオちゃんに見とれてんの。」

 ジンが缶ビールを差し出しながら、冷やかしに来た。


「いや、なんつーか。ナオって笑うんだなーって。」

「は?ナオちゃん、いつもニコニコしてんじゃん。」

「---いや、そういう意味じゃ無くてさ。」

「ほら、お前もナオちゃんを祝ってやれよ。」

 ジンに背を押され、私はナオに『おめでとう』と伝えた。


「あ---」

 ナオが、何かを言おうとした瞬間だった-


 周囲がざわつき出し、どこからともなく、『流れ星だ---』と言う声が聞こえていた。


 空を見上げると、放射線状に流れる無数の星。

 初めて見る光景に、少しテンションが上がった。


 ふと、左に顔を向けると、傍らにいたナオと目が合った。ナオは私に笑顔を見せ、『ありがとう---』とささやいた。












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