【2013年編】芽②

 昼休み。

 授業中、ケータイに着信が入っていた。

 知らない番号だったが、留守電にメッセージが残っていた。


 メッセージを聞きながら、学生ホール外の喫煙所へと歩く。


 メッセージは以前スカウトをしてきたプロダクションの渡辺という男だった。

 確かに、念の為と食い下がられたため携帯番号を教えていた気がする。


 胡散臭いし面倒だな---

 気持ちが表情に出ていたらしい。


 喫煙所着くと、その顔を見たマイが話しかけてきた。


「怖い顔してどしたん?ってか、はい。いつも貰いタバコだから。」

 売店で買ったというマルボロを一箱手渡してきた。


「おぉ、サンキュ。いや--なんつーか。」

 タバコを吸いながら、マイにスカウトの件を話した。


「へぇ、凄いじゃん。そこ、割と有名な事務所だよ。ほら、一つ上の先輩でさ、よく雑誌に載ってる人いるじゃん?確かあの人所属してたよ。」

 マイは流行り物が大好きだったり、あらゆる情報を持っていた。性格的な事もあるからか、交友関係の広さは計り知れないものがあった。


「まぁ、バイトしてないし---話聞くだけならいいかな。」


 メッセージには、今月末、2月にあるイベントのショーモデルを決めるためオーディションが行われるとの事だった。

 現在所属しているモデルに空きがなく、事務所からの紹介という形でオーディションに参加して欲しいという様な内容だった。

 具体的な話をするため、今週末会えないかとの内容だった。


 ----


 久しぶりのバイトは、ブライダルファッションのイベントだった。


 私はタキシードに身を包み、メインとなる女性キャストのエスコート役であった。


 詳しくは分からないが、ウエディングドレスの新作発表のショーらしく、全国で行われていた。


 慣れないタキシードで2日間、日当で6000円。合計12000円の収入を得た。


 先日、スカウトをしてきた渡辺という男は、マネージャーも務めていた。


「お疲れ様。本格的にやってくれるなら助かるんだけど、やっぱりやる気ない?」

 渡辺とは、今回限りでという約束でショーへの出演を承諾していた。


 やはり、人前で求められるをこなす---私には性にあわない仕事だと感じていた。


「そうですね。ちょっと性格上合わないと思いますし。また、何かあったら声掛けてください。」

 駅まで送ってもらい、家路につく。


 それから何度か連絡を受けていたが、自分が本当にやりたい事だとは思えずショー等の仕事は断ることが多かった。

 ただ、ギャラは交通費程度だったが、最新ファッションを知ることが出来るため、読者モデルの仕事だけは時間が合えば引き受けていた。


 ----

 2003年4月

 春。


 チカと出会って一年近くが経っていた。

 だが、その頃には学内でもチカを見掛ける機会が減っていた。


 聞いたところによると、二年生に進級と共に友人とルームシェアをし大学の近くに住んでいる---とマイが言っていた。


 通学の電車でも見掛けることがなく、履修科目もたまたま、同じ授業が少なかった事もあり本格的に疎遠になっていった。


「---トキ、久しぶりー。タバコ頂戴。ん?ってか髪型変えたんだ。これ、長い部分全部エクステ?---へぇ、いい感じ。ちょっと派手だけど。」

 マイは私の髪を触りながら言った。


 当時、知り合いの店でヘアモデルもやっていたこともあり、友人の美容師が男性向けにエクステを付けたいからと、練習台になっていた。


「あぁ、ただコレ。ほぼ頭全体編み込まれてるから頭が痒くてなぁ---。」


 この時、私は読モ仲間の紹介で古着屋でバイトをしていた。その事もあり、狂ったように髪型も派手に変化して行った。


 ブレイズ

 コーンロウ

 エクステ

 ドレッド

 アフロ

 スパイラルパーマ


 恐らく頭皮にダメージを与えるであろう髪型は一通りやった。しかし、20年経った今も毛量が多いのは先祖からの遺伝に感謝している。


「トキさぁ、うちのサークルの新歓コンパ来てよ。人が欲しくてさ。アンタ居たら新入生結構来ると思うんだ。」


「あぁ、俺、もうそういうのパス。今、バイトが楽しいんだ。」


 確かに、二年生以降は特にバイトに勤しんでいた。自分の車が欲しかったから貯金をしていたと言うこともあったが、古着屋のバイトが性にあっていたからだ。


 また、何度か雑誌に載ったこと、人気の古着屋でバイトしているということもあり、学内ではちょっとした有名人になっていた。


「あ、ヤバい。次の授業、遠い教室だった。じゃあ行くね。」

 マイはそそくさと教室に小走りで向かっていった。


 二年に上がり、バイトなど充実していたが、昔のようにクラブやナンパ等、繁華街での遊びは辞めていた。

 だからという訳ではないが、最近はマイくらいしか話す相手も居なかった。

 いや、寄ってくる人間は一定数はいたが、友達と言える仲の人間が居なかったと言った方が適切かも知れない。


 次の授業まで数時間の空きだった。

 空き時間はこの喫煙所でタバコを吸いながら音楽を聴く。

 学内で暇を潰せる唯一の楽しみでもあった。


 タバコを咥え、火をつけようとするが、どうやらオイル切れらしい。

 喫煙所には私と、他には一人の男子学生しか居なかった。

 ---最近、この喫煙所でよく見掛けるようになったな。一年生かな。

 彼はここ最近、一人でこの場所にいる。

 ヘッドホンをつけ、ライダースジャケットをよく着ている。まさに、とある漫画のバイカーチームのメンバーの様な出で立ちである。


 その彼にライターを借りることにした。

 話しかけたときに、彼はちょうどCDプレーヤーのディスクを交換する様だった。


 ---The Clash/London Calling

 CDのレーベルを見て驚いた。

 当時から20年以上も昔にリリースされたアルバムだった。私ももちろん、大好きなバンドだった。

 ただ、学内でこういった70年代、80年代の音楽の話を出来る人間に出会って居なかった。


「---へぇ、クラッシュ聴くんだ。いいよね、その時代のUKは。」

 ライターを返しながら、彼に話しかけた。


 一瞬、戸惑ったような表情を見せたが、彼はこう続けた。


「ジョーは神だ。」


 彼の名前はヒデと言った。

 一生涯の親友---

 今ではそう言える。


 社会人になったあとも、家族ぐるみの付き合いをしている20年来の友人となっている。

 彼との出会いが私の人生そのものを変えて行ったのだった。








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