第18話 迷惑客はお断りです!

 男は舐めるような目でおれを見る。


「あ? なんだァおまえ」


「ただの通りすがりの学生です」


 内心はらわた煮えくり返っているがこれ以上騒ぎを大きくしたくない。

 できるだけ穏便に、笑顔で接する。


「もうすぐ店長さんが来るらしいんで、そこで正式に謝罪してもらえばいいんじゃないですか。あんた自身も『この手』について説明する必要がありますけどね」


 比奈に向かって振り下ろされた卑劣な手をぐっと掴んだ。


「ざけんな! オレは客で、被害者だぞ!」


 おれ相手で分が悪いと悟ったのだろう。

 強引に腕を振り払おうとするが無駄だ。これでも元バド部。握力には自信がある。男が「痛い痛い」とか騒がないよう力加減しながら手首を掴んでいた。


 絶対に離さねぇ。

 

「そんなに慌てなくても、店長さんが来たらじっくり話を聞いてもらいましょう。おれも見たままを正直に言うんで大丈夫ですよ。ほら、あなたもスマホで撮っていたでしょう」


「ぐっ」


 男の顔が歪む。


「……みてろよ、こんな店! オレが炎上させてやる!」


 ポケットからスマホを引っ張り出すと堂々と撮影アピールしてきた。


「営業停止に陥らせてやる! おれのフォロワーたちが絶対に……」


「へぇ、SNSやってるんだ。フォロワー何人いんの?」


 啖呵をきる男の前に悠然と現れる桃果。

 その顔を一目見るや否や男の顔色が変わった。


「MOMOちゃん……」


 知り合いか?

 桃果は迷惑そうに前髪を撫でる。


「だれ? 知らないんだけど? 一万人いるフォロワーいちいち憶えてないし」


 フォロワー?

 ああなんかSNSやってるって母さんから聞いたな。


「で、一万人のフォロワー……って凄いのか?」


「さぁね。そこそこ多いかもしれないけど、このおじさんの足元にも及ばないかも知れないよ? で、おじさんのフォロワーは?」


「……」


 悲しげに目蓋を伏せる。あ、お察しな感じだ。



「どうした!?」



 そこへバタバタと足音がして真結と店長らしき男性が駆けてきた。


 店長はバーテンダーでもやってそうな精悍な顔立ちのイケメンだ。体つきはしっかりしており、腕っぷしは強そう。


 その場の様子からすぐさま状況を察したようだが、まずは男に声をかける。


「お客様いかがなさいましたか? なにか失礼でもありましたでしょうか?」


「ああそうさ! いきなり水を掛けられたのに謝りもしないんだお宅の店員は!」


 いや謝ってただろーが。


「それは大変失礼しました。詳しく聞かせていただけますか?」


 店長がちらっと目線を送った相手は桃果だ。

 桃果はスマホを示しながら早口で告げる。


「詳しくはこのおじさんのスマホと桃のスマホで撮ってあるから警察呼んでも大丈夫ですよ。あと店内に防犯カメラありましたよね?」


「ああ、もちろんだとも。」


 警察。防犯カメラときいて男が青ざめた。


「――か、帰る!」


 体をねじりながらおれの手をすり抜けると猛ダッシュで出口に向かった。


 まさか食い逃げか!? と思いきや出口前のレジに先回りしていた真結が「ありがとうございます! お会計974円です!」と両手を差し出す。


 お手本のような笑顔!

 圧がこわい!


 男は「ぐぐっ」と呻きつつ、ポケットから千円札を取り出して宙に投げた。ひらひらと舞う千円札を「ほっ!」と白刃取りの要領でキャッチする真結。


「ありがとうございます! 千円お預かりしました! 当店のポイントカードはお持ちですか?」


 怖い。

 対応がまともすぎて怖い。


「もう二度と来るか!」


 捨てセリフとともに飛び出していく。


 真結は外まで追いかけて深々と頭を下げている。

 しばらくすると何事もなかったような顔で戻ってきて「なるほどなるほど」としきりに頷いていた。


「駅とは反対側に走って行かれたので向こうにお家があるようですね。となると●×町か×◎町か……商店街の方々にお聞きすれば身元が分かりそうですね」


 こわっ……特定はじめたんだが……?


「あ、お釣りを渡しそびれてしまいました。折角なので募金しましょう、小銭で救われる命もあるのです」


 募金ボックスに釣り銭を入れると比奈のもとに駆け寄ってきた。


「比奈、けがはありませんか?」


「へいき。ありがとお姉ちゃん」


「怖かったですね。でももう大丈夫ですよ」


 震える妹をぎゅっと抱きしめる。先ほどとは打って変わって「お姉ちゃん」の顔だ。


「橙輔さん、比奈を助けてくれてありがとうございます。桃ちゃんさんも」


「別にいーよ。ね、おにい」


「ああ。ちょっとドキドキしたけどな」


 もし男が逆上して暴れたらどうしようと思っていたけど、比奈が無事で良かった。


 胸をなでおろしていると店長さんが親しげに話しかけてきた。


「比奈を助けてくれてありがとう。ひさしぶりに橙輔くんの顔を見た気がするな、元気だったかい?」


「ああ、はい……」


 気さくで人の良さそうな男性だ。声も渋い。たしか比奈と真結にとっては親戚のおじさんなんだよな。おれとも顔見知りなのか。


「悪いが比奈を休憩室に連れていってくれないか。ここは俺と真結で片づけるから」


「分かりました。行こうぜ、比奈」


「……うん」


 青ざめた比奈。手を握るとひどく冷たかった。

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