4話 脇役こそ偉大な務め

 若年犯罪者更生施設<フェロウ・インダストリーズ>の駐車場は、隣接する総合運動施設との共用になっていて、三〇〇台は駐められそうな広さがあった。

 大会でもあれば一杯になるのだろうが、いまは出入り口近くに、まばらに駐まっているだけで閑散としている。テイクアウトしてきたブレンドティーとクロワッサンを手に、施設寄りに駐められた車のドアをあけた。

「遅かったな」

「オーダーに時間がかかって」

 みえすいた嘘とともに、運転席で待っていた期間限定の相棒に差し入れを手渡した。

「紅茶?」

「コーヒーのほうがよかった? 喫茶店で飲んでいたから紅茶党なのかと」

「あのときはまあ……とにかくもらっとく」

 カップを手にしたルブリが一口飲んだ。

「怒らないの? すぐに戻ってこなかった」

「待つのは苦手じゃない。カフェをのぞきにいったことには怒ってる。軽はずみが過ぎる」

「銃やナイフでだいの大人を追い詰めてた子どもが、どんな顔で一般社会にまぎれているか、興味があって」

「勘がいい子だぞ。自分から襲撃を宣言しにいくつもりだったのか? その格好は不意打ちでこそ意味があるのに」

「使いどころは不意打ちだけじゃない」

 肩につくぐらいだったミディアムロングから、ミディアムショートへ。

 ダークブロンドから、遠目には黒にも見える深いブルネットに。

 目つきの悪さには追いつけないものの、背格好が同じぐらいだったこともあり、髪色と髪型を変えるだけで、ぐっと似てきた。

 そんなルジェタからルブリが目を逸らした。

 やはりこいつには面白くないらしい。



 ルジェタが動けるようになると、ルブリはすぐにソニの行動観察にはいった。

 ソニの生活パターンをつかみ、行動や気持ちのスキをうかがう。そうして十四日ほどすごし、バイロンから決行の指示がだされると、ルジェタが唐突にヘアカットにいきたいと言い出した。

 訓練指導をしてきた相手ながら、下手をすれば返り討ち。死ぬ可能性もある。

 身支度をととのえて、その日に迎えたいのかとルブリは思った。そうして喫茶店で待つこと二時間。

 現れたルジェタを見て、思惑を知った。

「宇江田アントニアに見える?」

「アントニアとは、しょっちゅう組んでたんだぞ。つまんないこと訊きなさんな」

 茶を飲む余裕ぐらい十分あった。しかしルジェタにオーダーさせず、早々に店を出た。

 ソニを誘い出す手段にしても他になかったのか。

 いくら人のあいだに立つことが得意な類沢〝ルブリ潤滑油〟ルーシャンでも、穏やかなまま向かい合っていられる気分ではなかった。

 ルジェタが入院しているとき、ルブリはビジネスマンルックを利用していることを話している。狙う相手のふところに飛び込む、有効な手段として。

 余計な入れ知恵になった。



 ソニ・ベリシャを始末する。

 ルジェタが応じた契約は口約束でしかなかったが、言葉どおりサポートがついた。

 怪我の治療、下準備のあいだの生活、そして移動のための車もルブリが用意してきた。

 雇い主のフーバイロン婉月ワンユェを信用しているわけではない。目的だけを見て猛進していては、崖から足が離れたあとで気づくはめになる。

 とはいえ、従う以外に方法がない。下準備を終えたいまなら一人でできないことはないが、サポート役がいるほうが、より確実になる実感があった。

 移動のチェック、<フェロウ・インダストリーズ>施設周辺の地理状況の把握といったマネージャー的な仕事をルブリはそつなくこなす。

 それに、ルブリがいると気が紛れた。えぐられた脚には、痛みがまだ残っている。眠気を防ぐために鎮痛剤を飲みたくなかったから、いい話し相手になった。

「あと二〇分ぐらいで、ソニの退勤時刻だ」

 ルブリが手帳を見ながら告げた。

<フェロウ・インダストリーズ>の店舗裏近くに駐めた車中。カフェから戻ったルジェタは、スタッフ用通用口を遠目に見ながら言った。

「席をかわっておいて」

「運転する気か? つり包帯をとったばかりだぞ」

「このあとやること考えたら、運転ぐらい軽い」

 鎖骨にヒビをいれられた右腕を上下してみせた。大きな支障はない。

「脚はまだだろ。たまに右脚を撫でてるのは痛みか違和感が残ってるせいじゃないか?」

「気持ち悪いほどよく見てるな」

「相棒がすぐムチャするやつだったからだよ。実行日はもっと後でいいってボスも言ってたのに」

フーはやさしいことで」

 身体より、愛弟子に裏切られた精神的なダメージが残っていた。こちらは自分で決着をつけることが何よりの治療になる。早く区切りをつけたかった。

「ボスは確実性を優先してるだけだ。ま、あんたの契約だから、あんたが納得いくようにしてくれ」

 ルブリが運転席から降りた。交替しておさまったルジェタは、ステアリングに手をかけてシートポジションを調整する。エンジンも温めておこうとエンジンキーに手を伸ばしたとき。

「きたぞ」

 ルブリの声ですぐに視線を戻す。工場のワークウェアのままのソニが飛び出してきた。

 ルジェタは短くなった髪をかきあげた。

「これが不意打ち以外のもうひとつ使い道。誰かわからない呼び出しに応えてくれる能天気な子じゃないからね」

 ことづてがうまく伝わったようだ。

「悪趣味……」

 助手席から聞こえた声にほくそ笑み、エンジンキーを回した。

 とりもなおさず飛び出してきた感のソニに、平素の冷静さがあるか見ものだった。



 トニーを撃った怨恨がある。

 ルブリは、中央突堤の公園から逃げたルジェタを始末するつもりで探し出した。

 ここで冷静な判断をする。人通りがなく、場所も半地下の死角とはいえ、一人で痕跡を残さずやるのは無理だ。後先考えずでは自分の身を危うくする。バイロンに援護を求めた。

 指示されたのは生捕りだった。バイロンなら、やはりそういうかと納得する。

 死体にすると情報を引き出せなくなる。用がすめば〝材料〟として〝出荷〟すれば無駄もない。治療にみせかけて、ルジェタを取引のある病院に連れ込む役目だと思った。

 ところが、バイロンから言い渡されたのは「このままルジェタと行動をともに」というもの。

 ——ソニへの報復を援護するのか?

 ——シンプルにいえばね。

 省略せずいうと、別の目的もあるということだ。

 ルブリとしては撃たれたトニーが気になる。仲間のもとに戻りたい気持ちをおさえ、ボスの指示を聞いた。

 組織の潤滑油に徹する。ソニとルジェタの接触点に働きかけ、事の展開をスムーズに、ボスの考える方向にもっていく微調整役。

 どんなイレギュラーがおこっても、導火線の火は消させない。

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