5話 ハンドラーの計略
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本能的な嫌悪感をうったえる古参幹部もいたが、そこはやわらかな恫喝をまじえた説得と、具体的な計画書で納得させ、結果を出すまでにいたっている。
確固たる目的のためには、あらゆる手段を講じる人であることをトニーは忘れたつもりはない。しかし、慎重にすすめたはずのソニのこれからの計画は、結局はバイロンの思惑どおりに運ばれていた。
バイロンは最初の読み通りに事を進めてきたわけではない。事態をつねに見極め、細かな修正で自身が望む方向にもってきていた。
ソニ・ベリシャという新しい駒を手にしたバイロンは、まず亡くした
しかしソニがフロラの死因に関わっていたことや、生い立ちの問題から、バイロンが考えた軌道とズレが生じはじめると、敵対組織を釣りだすエサとしての利用を優先させた。
これによって同時に、過去の仲間との関わりに決着をつけさせ、身をおく場所は<
トニーはそこに横槍を入れた。
ソニにフロラを重ねてしまうからこそ、<
裏仕事などせずとも、正業で生きていける道を用意しようとした。
また、ソニをこの街から遠ざけることで、逃亡者狩りのほとぼりを完全にさます期待もあった。バイロンがお膳立てしたゲームに勝ったとはいえ、報復がないとはまだ言い切れないのだから。
「よく考えた計画」など、バイロンには「考えたつもりの計画」でしかなかった。
早くからトニーの
しかし、わからないこともあった。
更生施設は少ないものの複数あり、個人の情報は厳しく管理されている。
ソニの行き先が、なぜ<フェロウ・インダストリーズ>であると知れたのか。
<フェロウ・インダストリーズ>の運営に関わっている人間は、「元」犯罪者が多い。ここにバイロンは伝手をもっていたのか……
「わたしから離れたい?」
考えに沈んでいたトニーは現実に引き上げられた。
ベッド脇の椅子にすわるバイロンの顔は近い。双眸に挑発的な色がはいっていた。
「答えなくても、わかってるんでしょ」
トニーは、バイロンへの離反など考えたこともなかった。
孤独なアウトローを気取るつもりはまったくない。いいボスに出会ったとさえ思っているのも変わっていない。阿呆なボスの感情的な采配で、無駄死にしていった同業者の話をどれだけ聞いたことか。
ハデな報酬を与えることはないが、仕事の成果相応の出し惜しみはない。無駄な流血を好まず、外せない敵だけを狩っていくビジネスライクさは、いっそ清々としていて好ましかった。
「納得できるボスなら、飼い犬でもプライドをもっていられる」
犬の目の高さでは見えないものがバイロンには見えている。ソニを更生施設に送ったつもりが、バイロンに送らされたのかと思ってしまう。
勝手な行動を処分されなかったのは、甘いのではない。
バイロンにとっては、仔犬がじゃれて甘噛みしてきた程度なのだ。バイロンの掌上から出たつもりでも、リードなしの散歩をひととき許されただけにすぎない。
自覚がないまま深くなっていたソニへの肩入れぶりは、バイロンに察知されていた。
万が一、トニーが何かしらで逆うことがあれば、更生施設にいるソニに手が及ぶ。生殺与奪を握られている状況になった。
飼い犬をなだめすかし、トニーの安定剤とはまた別の価値、<熟練者>候補としてのソニをも温存している。
そして<熟練者>候補として残すには、ソニの立ち位置をかためる必要がある。
トニーは、あることに考えが及んだ。
更生施設——
一般社会への復帰のためではなく、<
トニーは、険しさがまじる声で訊ねた。
「<フェロウ・インダストリーズ>で過ごすことそのものが、ソニのテストなの……?」
泰然としたまま、バイロンが応じる。
「中途半端な心構えでは、<ジュエムゥレェン《掘墓人》>で使いものにならない。物理的に距離をおけば、ソニも冷静にこれからのことを考えられる」
一部分でしか答えていないように思えた。
ソニの更生施設入所がかなったのは、やはり見逃されていただけなのか。
施設に入る経緯はともかく、入所したソニが一般社会に復帰する可能性がゼロではないとしたら、
「ソニが出す回答によって処遇が変わることは?」
「すべての案件をドライに対処するわけじゃない」
「更生施設本来の結果をソニがえらんだとしても〝処分〟はしない?」
「そう思う原因に心当たりがありすぎるから、トニーが心配するのもわかるけど。
いってみれば〝最終試験〟ね。そのための用意を整えつつある。トニーも<フェロウ・インダストリーズ>に行けというのは、そういうこと」
「教育係として立ち会うわけ?」
不穏な予感しかしない。
「そこはトニーが考えて」
「別の役割がある……?」
答えないままバイロンが立ち上がった。
「行かない選択もある。棄権する自由は持たせてあげる」
一から十までは説明しない意思表示として背をむけた。
「ソニだけの最終試験じゃない……とか?」
トニーは、ここ最近考えていた答えを言ってみた。
答えはマルだったようだ。顔だけ振り返ったバイロンが、満足げな笑みを見せてから出ていった。
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