6話 惑う理由

 約束の部屋のドアがあいている——。

 会計係を迎えにきたふたりは、互いに目を合わせるとオートマチック・ピストルを抜いた。

 ファミリアに先を越されたかもしれない。ドアを開けた先にあるのは、死体になった会計係か、返り討ちの出迎えか。

 オールバックの男がドアノブに手をかけ、ゆっくり回す。もうひとりの無精髭が壁際に立つ。ドアを一気に開け、素早く室内へと飛び込んだ。

 拍子抜けする。銃口の先にいたのは、女の子だった。

 ベッドの端に腰掛け、ハードカバーを読んでいる。結構な厚みがある本だった。赤が基調の二枚貝を模した丸型ベッドで、ベッドサイドランプの灯りを頼りに一心に読書する姿は珍妙そのものだ。

「エンヴェル、部屋番号をまちがえてないか?」

 室内を視線で探りながら、背後のオールバックに訊いた。その間も女の子は、ふたりには視線さえよこさず、動こうとしない。

 本に集中しているのだとしても、突然の闖入者にこうも無反応でいられるのには何かある。エンヴェルは、先に入っていたカダレに続いて部屋に足を踏み入れた。

 ふたりして部屋の中に視線を走らせる。旅行を思わせる荷物も、親の気配もない。頭の中で警鐘が響く。何かある。

「嬢ちゃん、ひとりで……」

 ふとエンヴェルは、その横顔に見覚えがある気がした。髪色が記憶の中のものと違うが、用心に越したことはない。

「おい! 顔だけこっちに——」

 言い終わらないうちから女の子が振りむく。

 水平にして、フリスビーの要領で飛ばされた板状鈍器が、思いもよらない正確さで急襲する。

 子どもだと警戒をゆるめた代償を、身体で受けることになった。よけきれずにハードカバーを側頭部にくらったエンヴェルが、銃を手にしたままひっくり返った。

 すかさず女の子が距離を詰める。

 体重をかけ、床まで踏み抜く勢いで胸部を蹴り下ろす。

 肋骨に入ったダメージで悶絶するエンヴェルから、ハンドガンを取りあげた。



 女の子の動きに気を呑まれたものの、カダレはすぐに立ち直った。が、女の子の反応が先をゆく。照準する前にたいを沈められ、カダレは視界から目標を見失う。

 不意に足を払われた。

 バランスを崩したところで、今度は別の長い足に蹴り飛ばされた。

 手首に走った鋭い痛みでハンドガンを取り落とす。痺れた手を思わず腹の前に抱えて身体を折る。

 ガラ空きになった首の後ろに衝撃。床へと昏倒した。



 銃のグリップ銃把をハンマーの代用にしたトニーは、カダレに続けて、のたうつエンヴェルも眠らせた。

 それ以上はしない。殺すなとバイロンに厳命されていた。

 そろって静かにさせたところでトイレに走る。猿轡さるぐつわをかませ、後ろ手に縛っておいた高端を引きずり出してきた。

 ——静かにしなかったら、このまま処分する。

 トニーの警告を賢明な判断でまもった高端は、トイレから出されてからも無駄口をきかず、急き立てられるまま動いた。

 ソニが廊下を確認。人の気配がないことを見てとってから部屋を出る。怯えて足をもつれさせる高端を引きずる勢いで走った。

 指示しなくてもソニは、左腕に会計係のバックを抱えていた。

 あけたままにしている右手は、すぐに武器を取り出せるよう、前掛けスタイルでかけた胸元のボディバックのそばにおいている。

 相変わらず手抜かりがない——。

 トニーは別のところで考えてしまう。



 裏口ドアをあけたタイミングで、黒のコンパクトミニバンが細い路地に滑り込んできた。ドア脇でぴたりと停まる。

 運転席から流れるように出てきた本谷ほんたに歩実あゆみが、素早く車両後部ドアを開けた。トニーは高端を投げ込む。

 メンバーを収容するなり、歩実がアクセルを踏み込んだ。 

 狭い後部シートは三人でギュウ詰めになっている。肩で息をしている高端を挟んで、ソニが会計係のバックをトニーに手渡してきた。あとはファミリーにとっての厄災を警察に届けるだけだ。

 バイロンは警察にも内通者を飼っている。受け取り先の〝担当者〟には、すでに連絡ずみだった。

 バックを受け取りながら、気になっていたことをソニに確かめた。

「さっきのオールバック、ソニを知ってるふうだった。見覚えある?」

「……わかりません。見つかった思いました。しかしでした。知らない人でした。わたしがいた組織の人、ちがう。しかしです。わたしも組織の顔ぜんぶ知ってません。どうしたら——」

「このままでいい」

 不安なのだ。口数の少ないソニが、矢継ぎ早に言葉をつないできた。

「今までどおり目立つ行動は避けて。これ以上はどうしようもない。<テオス・サービスカイシャ>の地階にいれば安全だけど、そういう話じゃないでしょ」

「なんだ、おまえ。ガキのくせに追われる身——」

「黙れ」

 トニーは前置きなしで高端を殴りつけた」

「勝手にしゃべるな」

 暴力を受けることに慣れていないらしく、高端が身を縮こまらせた。

 トニーは話を戻す。

「ソニを追ってるのは脱けてきた組織だけじゃなくて、友好関係にある組織が協力したり、外部の人間を雇ってるかもしれない。そのへんは、あんたを引き入れた時点でボスも対抗策を考えてる。用心は必要だけど、神経質になって萎縮……縮こまっているのは得策じゃない。ほかに問題は? 怪我とかはない?」

「ありません。問題、ありません」

「……なら、いい」

 ざっと見た範囲で、ソニに身体上の異状はない。なさ過ぎるぐらいだった。

 呼吸はすでに平常に戻り、汗も少ない。相手が二人ですんだとはいえ、この落ち着きよう。本番であっても、第二研修所でのテスト中とほとんど差異がない。場慣れもしていた。

 身体的なことだけではなかった。

 おさえるのは会計係ひとりだ。手っ取り早く、そのままいこうとしたトニーに待ったをかけたのがソニだった。

 子どもである自分が先に立つほうが、スキをつくれて確実なはずだと主張した。

 ——言われたまま動くのではなく、自分のなかでも検証してみて。不備をチェックしあえるのもコンビで動く利点だ。

 そう話したのはトニーだ。自身の案を考え直して、ソニの提案をとった。結果、高端は銃を持っていた。

 いきなり銃口をのぞかされても対処できるスキルはあるつもりだ。しかし、百パーセント安全に反撃できるとは限らないのだから、リスクの少ない方法をとるべきである。

 ——豪胆というより雑になってる。

 長年の相棒であるルブリの指摘に言い訳のしようがない。

 ソニの機転に救われても、トニーは喜べなかった。

 死に急いでいるのではないなら、なぜなのか? 

 ソニが優秀だからだ。

 見込みがあるほど、バイロンは手放さなくなる。この仕事が長くなるほど、足を洗うことも難しくなる。このままでいいのかという疑問とともに、ソニの生き方に口を出せるものでもない。トニーのなかで、落ち着かない気分ばかりがわだかまっていく。

ジュエムゥレェン掘墓人>にきた新入りを、これほど気にかけたことなどなかった。

 子どもだからといって目をかける性分ではなかったはずなのに。

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