4話 ガン・クリーニング、そしておやつ

 トニーに採点されていると思ったのか。

 クリーニングを終えたソニが、手際よく銃のパーツを組み直していく。瞬く間にシグP224オートマチック・ピストルができあがった。

 普通の子どもなら、銃器の分解・組み立てなどには無縁だ。子どもというのはいったい、どんなことが得意で、なにが好きなのか、トニーにはわからない。

 物心ついた頃にはストリートでケンカ三昧の日々を送っていた。ハーフシスター異母妹ができてからは、いっそう父親相手のサバイバルマッチも激しさを増すばかりで、どこにも参考になる体験がなかった。

 ソニに対しても、牛乳がダメなこと以外、相変わらずわからないままでいる。

 我が儘どころか好き嫌いすらいっさい言わず、楽しんでいるようには見えないトレーニングも黙々とこなす。

 仕事でも、その姿勢は変わらなかった。ちょっとした雑用でも、返事ひとつですぐにとりかかり、単調な監視でも退屈をみせることがない。

 バイロンが言ったとおり、新参者の仕事である<警報係>をいやがったトニーとくらべて、ずいぶんオトナだった。

 誉めているのではない。どこか必死になっているように感じた。

 ここを放り出されたら、行くところがないからなのか。時おりトニーの顔色をうかがうような素振りは、そのせいなのか。

 人相の悪さは自覚していた。ストリートを歩いているだけで、向かって歩いてくる人が、自然に距離をとって離れていくのはめずらしくない。

 しかし、ソニが見た目で萎縮するような子どもではないことは、バイロンや、その護衛と対峙した様子から明らかだった。

 P224を組み立て直し、作動を確かめたソニは、マガジンに銃弾を込めていた。

 弾倉の内部には、装填不良を防ぐためのバネがある。銃弾を込めていくほど押し戻すバネの力が強くなるので、なかなか骨の折れる作業になる。

 弾込めを簡単にするローラーという器具があるのだが、トニーはあえて出さないまま様子を見ていた。

 ソニはローラーの存在を訊くことなく、最後の銃弾まで押し込んだ。さすがにきつかったのか、指先をぷるぷると振って感覚を戻してから、次の弾倉を手にとる。

 トニーに妙な苛立ちがわいた。

 地味で退屈で根気ばかりの、こんな作業は投げ出せばいい。命令に従うことが身に染み付いているとはいえ——

「ど、どうかしましたか?」

 クリーニングの手が完全に止まっていた。

「……なんでもない」

 トニーは作業を再開する。手を動かすことに集中した。深入りすまいと思ったそばから何をしている。必要以上に踏み込むべきではない。

「国語のテキストをやっておいて。あとでスピーキングのテストをやる」

 ソニのアクセントの癖を抜こうとしていた。個人を特定される要素は、削れるだけ削り落としておきたい。

「あたしのクリーニングが終わったら、紅茶とおやつにしよう。テストは小休憩してからでいい」

「わかりました」

 少しだけ高い声で返事がかえってきた。

 リザヴェータの店に行ったとき、プラム・ダンプリング団子を押し付けられていた。

 ——「同居祝い」のプレゼントだよ!

 これまで甘いものはもらったことがなかったから、ソニのためのものだ。ソニへのプレゼントなら、試作品という心配もない。

 そして、効率よく教えるには、ムチばかりでなくアメも必要だった。アメに気が回らないことを見越しての気遣いだ。

 トニーは、無意識のうちに考えていた。

 ガン・クリーニングをする必要のない生活が、ソニの普通になる日がくるのか——



 ソニは、言い出せないままでいた。

 いま一緒に生活している人が、探していた〝トニー〟に間違いない。しかし、ここから先が進められなかった。ただそばにいるだけのまま過ごしている。

 伝えるメッセージは短い。

 短いだけに、あの子の切実な思いが詰まっていた。

 トニーには、とても大切な話になる。食事やお茶のときに言い出せるものではない。トレーニング中も、切り出すきっかけがつかめない。黙々と集中しているトニーを見ると、声そのものがかけられない。

<テオス・サービス>の出社にはソニも一緒に出かけるが、社屋に入るとトニーとは別行動になるし、退勤したあとは、そのままゆっくりしていてほしいし……

 全部、言い訳だった。

 メッセージを伝えたら、肩の荷がおりる。バイロンに能力を認めてもらえれば、生活する場も保てる。そういったことは二の次になっていた。

 ソニは初めて、自分の居場所を見つけた気がした。

 否応なしに入れられた非合法組織では、生きるために必要なことを教えてくれ、ときにサポートしてくれる大人——〝先生〟がいた。指示に応えることができれば、ソニを必要としてくれる場所だった。

 しかしトニーは、ソニが何かを差し出さなくても守ってくれた。

 ソニに見せる顔は、いつも無愛想だ。その強面で朝食の卵をゆずり、トレーニング量を気遣い、通勤も徒歩から車にかえてくれた。

 教育係として、バイロンの命令を忠実に実行しているだけではない気がした。

 こういう人だから〝あの子〟——フロラは、最期のときにトニーの名を口にしたのだ。

 ソニは、トニーのそばにいたかった。

 バイロンのお眼鏡にかなうようアピールし、<ジュエムゥレェン掘墓人>の構成員候補として残った一番の理由は、トニーと離れたくない足掻きだった。

 ブックマーカーを受け取った経緯を話せば、これまでと同じとはいかない。

 トニーとの関係が断たれてしまうことを恐れた。

 だから、銃のクリーニングで同じテーブルについていても、わざと作業に没頭した。そうしてメッセージのことを忘れようとした。

 仕事ぶりやバイロンの扱いからして、トニーが受けている報酬はそれなりにあると思う。なのに身の回りも生活も質素そのもの。妹にすべてを注ぎ込んでいたようだ。

 そして、ふとしたときに垣間見せる表情が怖かった。

 深い褐色の瞳が、虚無の底を見ているかのようなときがある。妹を支えているようで、生き甲斐として頼っていたのかもしれない。失ったいま、あとを追いかけそうな雰囲気にソニは怯えた。

 この人をなくしたくなかった。

 しかし、メッセージを伝えれば、妹の最期の言葉をもっていたのはなぜのか、トニーは知ろうとするだろう。

 なぜ、あの場所にいたのか。

 ——通りがかったときに偶然、気がついて。

 なぜ、無理な頼みをかなえようとしたのか。

 ——同年代の子の思いを放っておけなかった。

 警察に話して任せたほうが簡単なはず。

 ——ひどい扱いをされたことがあるから、警官なんかに頼りたくない。

 正直に答えないほうが納得させることができる。しかしそれでは、一緒にいられるとしても、嘘のうえに成り立った関係になってしまう。

 どう行動するのが正解なのか……

 マガジンに銃弾を込める指先が痛い。一心に考えながら作業したが、さすがにうまく入らなくなってきた。ローラーがないか訊いてみようか。新しいマガジンをとったタイミングで、視線に気付いた。

 トニーがこちらを凝視していた。 

「ど、どうかしましたか?」

 怒りを内包した、けれど悲しみも感じさせる眼差しに困惑するが、

「……なんでもない」

 目を背けられた。

 気詰まりな雰囲気のなかで、ソニは使った道具をかたづける。

 今度はトニーから声をかけられて顔をあげた。

「あたしのクリーニングが終わったら、紅茶とおやつにしよう。テストは小休憩してからでいい」

 ごくまれに見せてくれる、ソニの好きな表情がそこにあった。思わず声が高くなる。

「はい!」

 この時間が、ずっと続けばいいのにと思う。

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