『ヴァンパイアは第九が苦手』 中の4
『わ、わ、わ、泣かないで、よしよし。』
とやってはみたが、歯が立たない。
第二楽章は、もう、終盤である。
世間は、夜になっているだろう。
ぼくは、倒れている管理人さんの腰回りを探った。
鍵はいつも、そこにじゃらじゃらとぶら下げている。
しかし、管理人さんは巨漢である。
どうやら、鍵は身体の下に埋もれているみたいなのだ。
動かそうにも、これまたまるで、歯が立たない。
すると、管理人さんが、小さくうめいた。
『うぎうぎ……』
『わ!』
『……あ、赤の札。』
『え? 赤の札?』
それから、なんと、硬直した身体を捻って、管理人さんがみずから、少し転がったのである。
鍵束が現れた。
でも、あまりに沢山あって訳がわからない。
が、たしかに、一本だけあった。
『赤い札が付いてる。』
これを、鍵束から外しにかかる。
しかし、それが、なかなか映画のようにはうまくは行かないのである。
ぼくは、名高いぶきっちょである。
中学生時代には、ある教師から言われた。
『教師になって30年、君みたいな不器用は、始めてみた。』
まさに、お墨付きのぶきっちょなのだ。
赤ちゃんは、ますます、これでもかあ、と泣き叫ぶ。
そこで、第二楽章の終末の襲撃がきたのだ。
『じゃかじゃかじゃか、じゃん!』
赤ちゃんが、伸びてしまった。
👶
『わ、わ、わ、わ、わ、わ! どうして。どうしよう。』
ぼくは、赤ちゃんの首の傷を思い出した。
『嘘だろう!?』
唖然とするなか、人類が書いた最高の緩徐楽章(ゆっくりした楽章。)である、第三楽章がはじまったのである。
😤
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