第49話 3-35 秋休みと昔々の出来事

 ハーイ、ヴィオラですよぉ。

 ある意味で危機一髪だった修学旅行を終えて無事に皆が学院へ戻ることができました。


 そうして間もなく学期末の短い休みが始まりました。

 わずかに十日しかない秋休みのためにほとんどの生徒は帰省が難しいのです。


 勿論、私(ヴィオラ)の能力で瞬時にロデアルに戻ることは可能ですけれど、今のところそれは対外的に絶対の秘密なのです。

 この短い休み秋休みの間は、寮に居ることも可能ですし、王都別邸で過ごすことも可能なんです。


 家に戻れる人や王都に別邸がある人は良いですけれど、実家が遠くかつ王都に別邸などない子息もそれなりに居るので、そんな子は寮でおすごすことになります。

 往々にして男爵以下の子息が多いですね。


 寄り親の貴族の世話になることもあり得るようですけれど、多くの場合は、寮でおとなしく短い休みを過ごすことが多いようです。

 私(ヴィオラ)は、もちろん王都別邸に参ります。


 お兄様やお姉さまにも会えますし、何より私(ヴィオラ)の工房の見習い職人を育てなければならないからです。

 普段は、私(ヴィオラ)の身代わりであるシレーヌ・ブラックの姿で色々とやっていますけれど、休みの間ぐらいは雇用主である私の姿で出て行っても問題はないでしょう。


 冬休みや夏休みに集めて、王都に連れて来た職人見習いの中には、もう半年余りを王都の工房で過ごしている者もいます。

 今のところ順調に成長していますので、来年の夏休みぐらいには何人かの職人をロデアルに送り出せるのじゃないかと思っています。


 今のところ有望なのは、クロイゼンハルトの稲穂らしきものの実りがほぼ確実なので、今後の地下での品種改良し台のところもありますけれど、多分農業に素質を持っている者と調理に素質を持っている者の二人を送り出して、ロデアルで農場を始めさせることになるだろうと思っています。

 特に調理スキルを有する者は錬金術師の素質もあるので、調味料を含めた食品加工の開発に期待が持てます。


 早くて来年の夏休み、遅くても冬休みにはロデアルで色々な事業を開始することになりそうです。

 でも、子供達ばかりではなかなか大変ですので、大人についても人を集めなければなりませんね。


 こちらは職人というよりも単純労働の人夫さんや護衛になるんだろうと思います。

 大人との折衝については、お父様に交渉ごとに慣れた人材の選出をお願いするつもりです。


 当然のことながら、信頼のおける人物であることが重要です。

 他所に漏れると、ロデアルの優位性が失われますものね。


 但し、10年ぐらい先行したなら、次は広める方向で動くつもりでいます。

 この辺はお父様やお兄様などとも相談ですね。


 ◇◇◇◇


 この秋休みの間に時間を作って、昔の出来事を調べました。

 調査の場所は、王宮魔法師団及び冒険者ギルドですね。


 修学旅行の遠出で訪れたダンジョン跡は、四十数年前までは生きたダンジョンで、数多くの魔物を生み出してもいたのです。

 ところがこのダンジョンがスタンピードを起こしたために王命によりダンジョンを踏破し、ダンジョンコアを破壊して、魔物を発現させないようにしたのです。


 ダンジョンコアを破壊した後は、魔物は生まれてはいないという事になっています。

 但し、今回、魔物様のものが発生したことで新たに調査の手が入ったようです。


 強烈な殺意を持った黒いもや状のものが出現したことは、生徒たちの警護についていた近衛兵士や冒険者ギルドの冒険者多数が目にしているところです。

 正体不明のかなり大きな魔方陣がその靄状の何かの至近に生まれたことから、魔法を放てる魔物ではないかとの推測があるようですけれど、何故にそんなものがダンジョン跡に巣くっていたのかがわからないのでした。


 幸いにして、ひと時王都でマスコジェンカとして騒がれた仮面の女性が現れ、その魔方陣と魔物(?)を瞬時に殲滅してくれたのですが、近衛師団の魔法師と魔法の使える冒険者は口を揃えてその生成された魔方陣が大魔法のものだったと証言したので、問題になったのです。

 そもそもが、そんな魔法を使える大魔法師はこのライヒベルゼン王国には存在していない筈なのです。


 魔法に特化した魔法師を大量に抱えていると噂される東方の国ホルムバルトあたりならば、大魔法師も居るかもしれませんが、ライヒベルゼン王国の場合、上級と呼ばれる魔法を放てる者が数人いるだけなのです。

 初級魔法師はそれこそ威力が弱い魔法しか放てません。


 中級魔法師や上級魔法師はそれなりの威力の魔法を発現できますが、大魔法というのは、その上級魔法師の放つ魔法を数倍上回る威力を持っているとされるものなんです。

 そうして、また、ダンジョン跡は王国の史跡として、また一度はスタンピードを起こした場所として警備の対象になっていたのです。


 従って、入り口には結界が張ってあって、魔物などが外部から侵入できないようになっています。

 また、門番がついており、訪問者が無い限りは鉄格子の門が閉じられ、カギをかけられているのです。


 ですから、魔物や不審者などが入る恐れが無いものと考えられていたのです。

 そこに大魔法が使える(?)魔物(?)が現れれば、王国も注意を払わざるを得ません。


 仮に当該魔物(?)が地上に出現して王都を襲っていれば、スタンピード以上の惨劇が繰り広げられた可能性もあるのです。

 王家では、同時にマスコジェンカと称される女性についてもその正体を探し始めました。


 二度にわたって王立学院の一年生を救ってくれた者であり、一応の味方とは考えられる上に、一年生と何らかの関りある者との推測が成り立ちますので、その保護者に対して質問状を投げかけたのです。

 勿論、お父様のところにも質問状が行ったようですけれど、お父様は心当たり無しと回答してくれたようです。


 あるいは、もしやと思ったのかもしれませんけれど、お父様は娘の秘密を話したりは致しません。

 特に、マスコジェンカが成人女性との情報があって、ヴィオラとは考えなかったようですね。


 それはともかく秋休みは短いですからね。

 内緒でいろんなところにお邪魔して古い文書を見ています。


 使い魔のルテナもアカシックレコードの情報を見ながら協力してくれています。

 そうして最終的に見つけたのは、王家の書庫に収められていた機密文書でした。


 ダンジョン最奥のボスの間で、王国の近衛師団からの精鋭4人と魔法師団の精鋭(上級魔法師)二名、それに魔法師を含む冒険者パーティ二組、合計で15人がレイドを組んで、キメラである多頭竜と戦ったのですけれど、生憎と戦闘中に冒険者パーティの魔法師の一人が多頭竜のブレスで重傷を負った様なのです。

 ここでいったん引き下がればよかったのでしょうけれど、王命を受けている攻略パーティは無理押しをしたのです。


 重傷を負った魔法師をそのままに、多頭竜めがけて魔法師団の二人が上級魔法を放ったのです。

 多頭竜も大いに傷つきましたが、その攻撃の余波を受けて重傷を負っていた魔法師は死亡するに至ったのです。


 傷ついた多頭竜は最終的に攻略パーティによって討伐されたわけですが、攻略パーティに死亡者が出てしまったわけです。

 勿論、攻略パーティの他の者も大なり小なり怪我を負っていたわけですが、おそらく第三者の目で客観的に見れば、仲間を犠牲にして多頭竜を討伐したと言わざるを得ないでしょうね。


 仲間を助けようと思えば助けられる状況でしたから・・・。

 このラスボス戦で亡くなったのは、とある冒険者パーティの一人で、ダンテス・マクブランという男でした。


 彼には婚約者がおり、この仕事が終わったなら結婚しようと約束していたのです。

 婚約者の下に戻った彼は物言わぬむくろでしたし、婚約者が目を背けるほどひどく傷ついていました。


 このダンテス・マクブランの死の直後の意識が、そのままダンジョンの奥底に遺っていたようです。

 残っていただけなら問題は無かったのでしょうけれど、このダンジョンの奥底はそもそもがダンジョン核が育ったところでもあります。


 ダンジョン核は、破壊されればダンジョンの機能は無くなりますが、実のところ破壊したまま放置していると魔素が溜まっていずれ最奥部にはダンジョン核ができてしまうのです。

 従って、いずれ数百年後か数千年後には、このダンジョン跡は新たなダンジョンに生まれ変わっていたでしょう。


 その前にこの奥底で死したダンテスの残留思念がアンデッドとして蘇り、魔素を吸収してリッチになったのだと思います。

 40数年もの間、仲間の裏切りを呪い続けた怨念は、身体を持たずにもや上のリッチとして育ち続けたのでしょう。


 また、因縁もあったのか、今回護衛に着いた近衛師団の魔法師がその昔攻略パーティの一員であった魔法師の孫であり、もう一人冒険者パーティの護衛にも一人当時の攻略パーティのメンバーの子孫が居たのでした。

 あるいはその気配を察知して、奥底から復讐にやってきたのかもしれません。


 リッチには多少の理性があるというような説を、とある書簡で読んだことがありますけれど、今回のアレは絶対に理性のかけらもない怨霊です。

 とても話せば分かると云うような雰囲気じゃなかったですよ。


 周囲に何が有ろうと、また、誰が居ようと関係なく、怒りに任せて、いきなり大魔法をぶっ放そうとしましたもんね。

 ダンテスの死は、ダンジョン踏破に伴う犠牲の一つではありますけれど、仲間を見殺しにしたというお話はいただけないですよね。


 戦場では誰しもが正常な感覚を失うらしいですけれど、私もそうならないようにいたしましょう。

 秋休みの最終日、彼の遺体が眠る墓地に行き、前世の彼岸花ひがんばなに似た花を墓前に供えて、供養しました。


 確か前世の彼岸花は、曼珠沙華まんじゅしゃげとも呼ばれる赤い花でしたけれど、こちらの世界では黒っぽい赤紫の色の花でした。


 花弁はやや彼岸花よりも太いかもしれませんが、色を赤にすれば前世の彼岸花によく似ていると思います。

 因みに、このバルディス世界では、この花はカリァス・アマリアと呼ばれているようで、墓前に添える花として良く知られています。


 因みに、ダンテスの婚約者であった彼女さんは、彼が亡くなって四年後に別の男性と結婚し子供を産んでいます。

 そうして二年前に病気で亡くなったようですけれど、毎年彼の命日には墓参りに来ていたようですよ。


 これは、墓地に備えてある墓参記録で確認しました。

 でも私が彼の墓をお参りに行く前に、誰かがお参りしていた痕跡が残っていましたから、彼の親族の子孫等がお参りしているのかもしれませんね。


 そこまでは関りが無いので調べませんでした。

 そうして当時の関係者で生存している者は一人もいませんでしたので、私がダンテスの代わりに何かの処罰を与えるようなこともなくなりました。

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