第十章 ヴァルファニル鋼
第132話 人払い
執政デューク・デルフォードは来た時のように、いや、それ以上に慌てふためき部屋を飛び出す。他国の王族二人も捕虜にしたのだ。もちろん、王太后エリノアに報告するためだ。
バリー・レイズの功績とそん色なく、しかも俺の場合は王族を二人も生け捕りにした。これを公にすれば晩餐会の話題は王族の捕虜一色となる。
すべて俺に持って行かれる。対して今回の反乱鎮圧はどうか。形式では王命であったにしろ、閣僚たちが指揮官を決め、国軍を興した。しかも、指揮官は平民である。歴史上初めてのことだ。そして、指揮官はみごと鎮圧に成功した。この晩餐会はバリー・レイズを讃えるのはもちろんのこと、新時代の到来を祝うものだった。
俺はおっさんだが、今のところキース・バージヴァルで王族だ。旧態依然とした俺の方が上手くやった。政治体制は別として、やはり軍は王族が動かした方がいいと言い出す者が出ないとも限らない。閣僚たちは何としてでもバリー・レイズを英雄に仕立て上げなければならなかった。
それにもましてデルフォードが一番頭にあったのは、間違いなく王太后エリノアのことである。捕虜について善後策の相談は当然のことなのだが、バリー・レイズを推したのはエリノアで、メレフィスの危機を救ったのも彼女だと言っていい。
人臣を極めたデルフォードのことだ。エリノアがこの状況に導いた真意を理解しているし、俺の方の気持ちもやつなりに推察しているはず。この晩餐会を、俺が快く思っていない。まぁ、間違っているがな。
そもそもデルフォードは俺を恐れている。何もなかったかのように今は俺に接しているが、キース・バージヴァルを死罪にしようとした過去がある。それほどキースを忌み嫌っていたわけだが、キースもキースで大概な男だった。ゲスだと言っていい。
デルフォードは捕虜の存在を知り、血の気が引く想いだったろう。目の前にいる男、キース・バージヴァルは、今はどういう理由か品行方正を装っている。だが、性根はそうでない。そう考えている。
とはいえ、裁判にかけられたのはキースでなく、かく言うこの俺だ。もちろん俺はキース・バージヴァルではないし、この世界にずっと留まるつもりもない。その件は別に何とも思っていない。だが、事情を知らないデルフォードとしてはビビって
俺は、賢い王太后エリノア様がどういう判断を下すのか待つことにした。そして、思っていた通りエリノア自信が俺の部屋に姿を現した。その姿は落ち着き払っていて晩餐会を抜けて来たと思えない。優雅でさえあった。
晩餐会のドレスコードに合わせた正装の近衛騎士団長を筆頭に、幾人かの騎士を引き連れ、その傍らには執政デルフォードがいる。廊下からはさっきまで酔った声が聞こえていたのに今は晩餐会から漏れる音楽のみ。俺は軽くひざまずき、挨拶をする。
「王太后陛下。ご機嫌麗しく」
「よくぞ戻られました」
俺は視線をちらりと雨男と北風小僧に向けた。
「申し訳ございませんが、詳しい話はここでは」
早速デルフォードが近衛騎士団長に目配せをする。察した近衛騎士団長は捕虜を連れていくよう騎士に命じる。
捕虜らが出ていくのを確認するとデルフォードは他の者も部屋に戻って頂くと言い渡す。食べ物はそこに届けるので旅の疲れを取ってくれと付け加えた。
人払いだ。それぞれが部屋に戻っていく。女戦士らはハロルドが連れて行った。皆がいなくなるのを見届けたデルフォードと近衛騎士団長も退席する。俺とエリノアの二人っきりになった。
グリーンアイにプラチナブロンドの女。美しいうえに頭が切れ、息子ブライアンを見事に王とした。目的のためなら手段を選ばない。前王である夫、アーロンでさえ毒殺している。妖しい女だ。
と、まぁ、普通は恐れるところだが、正体はだいたい分かっているんだ。やっていることも悪いことばかりではない。いや、むしろ、今のところは人類の発展に寄与していると言っていい。
「シーカーと待ち合わせは二十六日後、
「よくやってくれました」
エリノアの言葉に抑揚がない。頭を軽く下げたがそれは形ばかりだろう。
「陛下に成り代わり、礼を申します」
俺はもう一度ひざまずいた。ブライアン王の分だ。
「有難き幸せ」
「コウ・ユーハン殿とウマル・ライスマン殿の件は助かりました。タァオフゥア、ファルジュナールとの和平に大いに貢献するでしょう」
エトイナ山行きにタァオフゥアとファルジュナールが賛同してもらえないのはもう十分わかった。お互いが歩み寄ることはない。だったらこれ以上、かきまわしてほしくない。不可侵条約のようなものを結ぶのが順当な考えなのだろう。
だがエリノアは、そうは考えないかもしれない。おそらくはエンドガーデンを一つの方向に導く。そのために他国の王族がどうなってしまうかは二の次だ。おそらくだが、当初は武力で抑えると考えていたろう。今は違う。魔法の開放というカードを持っている。政治でエンドガーデンを動かすつもりだ。
そのうえで、今回の件である。武力の方も見せつける結果となった。タァオフゥアとファルジュナールの、辺境の都市での敗北はエンドガーデン全土に広まっている。それでも、それは一部だ。
もう一つの戦い、クレシオンでもタァオフゥアとファルジュナールは敗北している。一方の戦いでは王族二人失い、一方の戦いでは二人が捕虜となった。
これからは政治の領分だ。エリノアはそれこそ攻めの政治をしよう。こちらとしても二国に対し十分力を見せつけたかっこになったし、寛容さも示す結果となった。他王族たちを意のままに動かすにもいい塩梅だ。
現時点において、こちら側の条件はすこぶるいい。エリノアのことだ。この運とツキを逃さず有効活用する。
「心苦しいのですが、王族を倒した殿下の武勲は内密にさせてもらいます。公にするのはエトイナ山への道が確保されたということだけ。ご承諾、頂けますか」
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