第6話 06 - わたしにできること -

06 - わたしにできること -



エルちゃんがシェルター室の扉を机で塞いでベンダルが入ってくるのを防いでいます、時折私が入っているシェルターの小窓から見える横顔は恐怖に歪み、涙と鼻水を流しています、お願い早く救助に来て!。


「ひぃっ!」


とうとう扉が破られました、黒くヌメりのある身体と蠢く触手がこのお部屋に入ってきます、エルちゃんは腰を抜かしてお漏らしを・・・ダメ、早く逃げて!、私なんかが祈る権利はないのだけれど、私はお願いどうか無事で居てと祈りました。


泣き叫ぶエルちゃんの左足に噛みついたベンダルに両肩を掴まれ、触手がエルちゃんに迫ります、シェルターの中は完全に密閉されている為声は聞こえません、でも・・・。


私のいる場所からエルちゃんはほとんど見えません、見えるのはベンダルの黒くヌメっとした背中とベンダルに掴まれて広げられたエルちゃんの両足、左足は足首から先が無くなって、血が大量に流れています。


・・・それから背中の触手とは別にお尻から生えた尻尾のようなものがエルちゃんの方に、・・・これって卵を産み付けてるの・・・やだ、待って、お願いやめて!。


どれだけ経ったのでしょうか、・・・とてつもなく長く感じた時間が終わり、入り口から人が入ってきました、武装しています、ようやく救助が来てくれました、なぜこんなに時間がかかったのでしょう、もう酸素は残り半分以下に減っていて、2人で入っていたら足りなくなっていたでしょう。


本当ならもっと早く来てくれる筈なのに、・・・そう思っているうちに、侵入者に気付いたベンダルが振り向いて襲い掛かろうとしますが・・・救助隊の人達が大型の銃を撃ち、それが頭に命中、ゆっくりと崩れ落ちて動かなくなりました。


そして救助隊の一人がどこかに連絡を入れると、・・・ガコッ・・・と言う音と共にシェルターの扉が開きました、・・・エルちゃんは?、そう思った私はエルちゃんが倒れている方に駆け寄ります。


「エルちゃん!、・・・あの!、通してください、私を助ける為にお友達のエルちゃんが、触手に絡まれて、・・・うそ・・・いやぁぁエルちゃん!・・・やだ、エルちゃんが!」


「こら、勝手に触るな、危険だ!」


私が見たエルちゃんはほとんど裸の状態、身体中緑色の体液塗れになって、左の足首から先がありませんでした、そこから大量に出血しているのを救助隊の人達が止血しています、・・・そして毛布に包まれて運び出されて行きました。


私は救助隊の人に名前と住所を伝えて救護テントへ、同じお部屋のシェルターに入っていた人達も私と同じものを見たのでしょう、恐怖で顔色が悪いです。


それから救護テントで出されたお茶をもらっていると、お父さんが迎えに来てくれました、私は抱きついてそのまま気を失ってしまったらしいのです。


翌日、私は何故救助隊の到着が遅かったのかを知りました、このステーションで同時に3体のベンダルが侵入したのです、内周区に2体、そして私たちが襲われた外周区に1体、それで、富裕層が多く住み、ステーション機能の中枢もある内周区が優先されたのだとか。


そして被害者は外周、内周ともに1名、内周区の被害者は短命種の17歳の女の子、私たちのようにシェルターが残り1つで3人が奪い合ったそう、友人と2人で遊びに来ていて避難したけど友人に突き飛ばされてシェルターに入れず、恐怖で動けなかった所を襲われたのだとか。


その友人は一つだけ残っていたシェルターに入っていて無事、もう一人の男性の方は女の子が襲われている隙にシェルター室の外に上手く逃げ出せたみたい。


そしてエルちゃんは病院で治療を受けたのですが、卵を産み付けられてから時間が経っていた事もあってベンダルの幼虫・・・ベンダル・ワームが孵化、体内に根を張り摘出は不可能なのだそう、・・・それを聞いた私は泣き崩れ、その後もずっとお部屋に閉じ籠って「ごめんなさい」と繰り返していました。


エルちゃんが退院してしばらくは車椅子の生活が続く為、私のお家で生活するようになりました、病院と違って防護服を着たまま行う排泄用の設備が無いので中古の洗浄機をステーションから出ていた見舞金で購入しました、私の家でお金を出すって言ったのにエルちゃんが自分で払うと言って譲らなかったのです。


最初のうちは防護服や首輪をひどく嫌がり、こんなの嫌だ、お願いだから脱がせて、首輪を外して・・・そう言いながら毎日泣いていましたが、少しずつ普通の日常生活が送れるようになりました、でも数日おきにベンダル・ワームが強い依存性のある体液や快楽物質を注入するらしくて、エルちゃんがとても苦しみます。


最初のうちは家族で背中を摩ったり、抱きしめたりしていましたが、エルちゃんの強い希望で一人にして欲しい、・・・苦しんでいる所を見られるのは恥ずかしいと言われ、お部屋に入れて貰えなくなりました。


ある日、症状が特に酷く、苦しみ叫ぶ声が聞こえたのでお部屋に入った事がありました、その時のエルちゃんはとても恐ろしかったのです、体を激しく震わせて「痛い、もう嫌だ、誰か助けて」って叫んで、・・・お部屋に入り近寄っていた私の腕を強く掴みました。


エルちゃんの手は冷たく、汗や涙、それから鼻水や唾液、嘔吐した物で濡れていました・・・、その時、私はとて最低な事をしてしまったの・・・、エルちゃんの手を振り払ったのです、何故かは今でもよく分からないけれど・・・汚い、汚れるのが嫌だって思ったのかもしれないし、いつものエルちゃんじゃなくて怖かったのかもしれない・・・。


私は、「やだ、触らないで!」って思わずエルちゃんの手を振り払ってしまった・・・。


その時のエルちゃんの表情は一生忘れられないでしょう、・・・絶望と悲しみ・・・そんな簡単な言葉では言い表せないとても悲しそうな表情・・・大きく見開いた瞳から涙がポロポロと溢れて・・・そして苦しそうに俯いて一言・・・「汚い手で掴んじゃって・・・ごめん」って言いました。


嫌だ!、違うの!、こんな表情させたくて、こんな事を言わせたくてお部屋に入ったんじゃない、エルちゃんが心配だったから・・・。


そう言おうと思っても、口は開くのに声が出ません、私は何も言えずにエルちゃんのお部屋を飛び出しました、もう嫌だ、エルちゃんは私を助けてくれたのに、あの時エルちゃんが転んだ私を背負って逃げてくれなかったら今あの防護服を着て首輪を嵌められているのは私なのに・・・私はなんて最低な奴だって泣きながら・・・。


それから少し経った頃、私達は気まずいながらも普通にお話ししたり、遊んだりしていました、でもある日エルちゃんは自分の家に戻りたいと言い始めました。


義足を作ってもらって車椅子を使わずに生活できるようになった、身の回りのお世話や看病してくれて本当に感謝している、でも元々一人が好きな性格だから、両親との思い出のあるお家に帰りたい・・・って。


ここまで言われてしまうと私達には止める事ができませんでした、そしてそれからあまり日数が経っていないある日、エルちゃんは宇宙船に乗ってこのステーションを出ると言ったのです。


両親は、防護服を着て首輪を付けた人間が珍しいこのステーションで偏見の視線に耐えられなくなったのかも・・・と言っていましたが、それは違うの、親友と呼べるくらい仲が良く、心から信頼していた私に拒絶されたから、汚物を見るような目で見られてしまったから・・・私はそう思うのです。


エルちゃんがあんな身体になったのも、このステーションから出て行かなきゃならなくなったのも・・・全部馬鹿な私のせい・・・、大好きだった読書も・・・、あれから本は一冊も買っていません、怖くて買えないし読めないの・・・。


こんな最低の私に出来る事といえば、定期的に入るエルちゃんからの通話で昔のように仲良く・・・独りで真っ暗な宇宙を旅するエルちゃんが寂しくないように、楽しそうなふりをしてお話をする事だけなの・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る