カルマルの街

13.街、急襲

 ……ん?

 何か音が聞こえるな。

 鳥の声か?魔獣の声か?


 いや違う、これはそんな種類の音じゃない。


【カンッ、カンッ、カンッ……】


 刀を打つ音だ。


「ん……んん……」


「おはようベネット。起こしてしまったか?」


「ん、えぇ……?あぁ、ナツキさんか……。おはようございます」


「あぁ、おはよう」


 どうやら俺は、昨晩体を洗った後は知らないうちに寝落ちしていたようだ。

 まぁ慣れているとはいえ、昨日は往復9時間ほど歩いた上に魔力も多少使っている。なんなら時間を拘束できる幻術にもかかってたし、体は思ったより疲れていたようだな。


 そんな今の俺の体には、昨晩ナツキさんの体にかけたはずの毛布がかかっている。


「俺、結構寝ちゃいました?」


「いや、私が日の出と共に作業を始めただけだ。まだまだ夜は明けたばかりだよ」


「そうっすか……」


 そして俺は、ただボーッと鍛冶小屋の天井を見つめる。

 特に変哲もない、ただの木の天井だ。


 次に少し汚れた窓の向こうを眺める。

 相変わらず寒そうだが吹雪は起こっていないようで、一面に広がる雪が白銀のようにキラキラと太陽の光を反射している。


【カンッ、カンッ、カンッ、】


 そして辺り一帯に響く、ナツキさんが刀を打つ音。

 もはやこの音も日常と感じられるほどに慣れてきた。

 

「……これが幸せか」


 俺は無意識にそう呟いていた。 


————————


【グゥゥゥゥウウ~……】


 このように多幸感を感じていた俺だが、そうすれば同時にやってくるのは、もちろん”空腹感”だ!


 そもそも俺は普通の人間同様に寝る事は大好きだが、唯一睡眠に大して不満な点がある。

 それは寝ている間、何も食べられない事だ!


 少しでも成長したい俺にとっては、この時間がとにかく勿体無い!早く栄養を摂取して身長を伸ばさなければっ!!


「よーーっし、俺は朝ごはんの準備してきますね。ナツキさんは仕事に集中しててもらって大丈夫なんで!!」


「あ、あぁ……じゃあ頼もうかな。危険な魔獣も多いからな、気をつけて行くんだぞ」


「Sランク冒険者をナメないでくださいよ!……まぁ”元”Sランクですけど」


 こうして俺は早朝に鍛冶小屋を出発し、ナツキさんを満足させる最高の食材を集める小さな旅を始めたのだった!



「やっぱり朝といえば卵は使いたいな。パンも欲しいしフルーツも必須。あとは不健康の極みみたいな生活してるナツキさんの為に、サラダも作っておきたいな……」


 こうなると、この山で取れる素材にも限界が見えてきたな。

 肉には基本困らなそうだが、加工品や極寒では育ちにくいフルーツは街に出ないとスグには手に入らない。


 もちろん王都には入れない訳だから、この辺りで発展している領地なんて限られる。つまり行き先は……。


「カルマルか」


 初めてこの鍛冶小屋に来る際に、俺が少しだけ立ち寄った街の名前だ。

 街自体の面積は小さいが、木と共にカラフルなレンガで組み立てられた家が並ぶ光景は、とても”メルヘン”という言葉が似合っていた。


「街の中央を流れる小さな川も良い味を出してたんだよな~。よし、とりあえずあそこの市場に行ってみよう!朝早すぎて開いてない可能性は高いけど、まぁナツキさんの胃なら待ってくれるでしょ」


 こうして俺は意気揚々と雪山を下って行くのだった。



 だが平和だと思い込んでいたカルマルには、なんと今まさに危機が迫っていた!

 それは街へ到着寸前になってから俺の視界に入ってきた光景が答えだ。


「うわぁああ!!みんな起きろ、魔獣の群れだ!クソ、防衛団ぼうえいだんが手薄な時間に……!!」


「女、子供は外に出るな!魔法を使える者はまだ起きていないのか!?」


「きっと人間の食べ物の味を覚えてしまったせいだ……。奴らは俺たちの食糧を狙っているに違いないぞ!!」


 俺の耳に次々と響いて来るのは、住人と見られる人たちの焦る声だ。

 どうやら強力な魔獣数体が、朝っぱらから街を襲撃しているらしい!


 ……どれどれ、魔獣は5匹で全部オオカミ種の四足歩行魔獣だな。見たところ"ブラックウルブ”だろう。

 俺の魔眼で魔力量を見た限り、右から危険度D、D、B、B、Cって所か?まぁこれぐらいの規模の街を攻めるには十分すぎる戦力だ。


 あ、そんな分析してたら5匹がバラバラに散らばっていった!


「おいおい勘弁してくれよ、この街の食材は俺がナツキさんの為に買いに来たんだぞ!?それをあのクソウルブ共……。もういい腹立ってきた。俺がアイツら蹴散らしてやる……!!」


 こうして俺は左腰の刀に手をかけ、怒りを含んだ足取りで街の中心へと向かうのだった。



 早速そんな俺の視線の先には、震える手で剣を握りしめる少年の姿が映った。どうやら近くにいた父親らしき人物もそれに気付き、怒りと焦りが混ざったような声で必死に叫んでいる。


「バカ野郎、ネスタ!!家から出るなって言っただろ!!その剣を置いて、早く逃げろ!!」


「いやだよ親父!俺だって男としてこの村を守る権利があるだろっ!絶対に逃げない、絶対に倒すっ!う、うわぁあああ!!」


 そしてとうとう気合いだけでCランクのブラックウルブへ走り出した少年だったが、本人が気付く間もなく首元に噛みつかれ……


 ……そうになった所を、俺がブラックウルブの首根っこをガシッと掴んで阻止していた!


【ギャウンッ!!】


 掴まれたと同時に、情けない鳴き声をあげるブラックウルブ。

 だが子供の首を問答無用で噛みちぎろうとした最悪の魔獣だ、容赦する理由はない。


「うぉぉおおりゃああああ!!!」


 俺は力の限り、ブラックウルブを上空へと投げ飛ばしていた。

 そして愛刀の”百雷鳴々”に魔力を込め、瞬時に雷撃の技を放つ!



雷導閃らいどうせんッ!!」



 ……するとどこからともなく黒い雨雲が上空に現れたかと思えば、間も無くして俺の刀のきっさきに向かって一直線の雷撃を走らせていた!


 そしてその雷撃は刀と雲の間にいたブラックウルブの身体をいとも簡単に貫通し、一瞬にして勝敗を決したのだった。



「う……うわぁぁあ」


 3秒もしない内に終わったCランクのブラックウルブ討伐。

 するとそれを隣で見ていた”ネスタ”と呼ばれる少年は、なんとも間抜けで可愛らしい声を漏らしていた。

 年齢10歳前後に見える彼は、俺の腰より少し上の身長を持つ少年だ。


 ……よし、まだ身長は抜かされなさそうだな!


「お兄さん、今の雷ナニっ!?」


「え?今のは俺の刀の技だよ。雷の龍から作られた刀だから、いつでも魔力を込めれば雷を起こせるんだ」


「すっっげーー!!どこに売ってるの!?」


「売ってる訳ないだろ!自分で雷光龍を倒して作ってもらったんだよ。お前も大きくなったら、自分で作れるようになるかもな」


 そう言って俺はネスタの頭をポンポンと叩く。

 非常に綺麗な街で育った、綺麗な瞳の少年だ。俺みたいに両親からマトモな愛を受けてこなかったような人間とは別世界の子供のようだ。


「じゃあ俺は他のブラックウルブも倒しに行くから、とっとと家に入っとけ。母親はいるんだろ?ならお前が守らなきゃいけないからな」


「うんっ、ありがとうお兄さん!妹も俺が守らないと!」


 そう言うとネスタは街をタタッと駆け抜けて、自宅へと戻っていく。

 その背中は小さくも大きい、そんな強い背中だ。


 それにしても”何かを守る為に命をかける”。

 そんな簡単そうで難しい事をあの年齢で出来る彼は凄いな。


 俺とナツキさんも、守る対象は違うけどそうやって戦ってきた。

 きっと彼も、いずれは世界を救う冒険者になって……。


「って、こんな妄想してる場合じゃないだろ!?他のブラックウルブの位置は……」


 ここで気を取り直した俺は、刀から発せられる雷を体に纏わせた。

 そして魔力による肉体強化と併用しつつ、最速のスピードで残りの魔獣の元へと向かうのだった。

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