12.時を超えて繋がった

「先にフロをいただいて、すまないな」


「いえいえ、別にそれはいいっすけど……」



 とうとう日も沈み、静かに雪がチラつくチーリン山脈の鍛冶小屋。

 そこで俺とナツキさんは現在2人きりで過ごしていた。


 だがそんな平和な夜にも関わらず、俺の心は落ち着かない。なにせナツキさんはこの世界になぜか存在している”風呂”に入っているのだからっ!


 ……待って、勘違いしないで欲しい。別に覗きたいから心が落ち着かないとか、そういう事じゃないからね!?


「ふーっ!!ふーっ!!ナツキさん、湯加減はどうっすか?」


「あぁ、丁度いいよ。常に温かいフロなんて何年ぶりだろうか。非常に気持ちが良いよ」


 ちなみに今の俺は極寒の小屋の外に出て、鉄製の筒にまきをくべては口で酸素を送っている。


 つまりこれは……"昔の日本の風呂"だよな!?

 いやいや待て待て。そもそも前世の日本人時代でも、こんな旧式の大して普及してない構造の風呂なんて見た事なかったぞ?


 それがなぜ前世とは全く別の、この世界にあるんだ?

 まさかナツキさんも、俺と同様に日本人の記憶を持っている……???


「ん、んん~……」


 あっ、壁の向こうからナツキさんの声が聞こえる。

 クソッ!!こんなラッキースケベを期待してしまう状況なのに、なんで俺たちの間には壁があるんだっ!?(本心)


 それと同時に、若干酸欠になりながら火に息を吹きかけ続けているこの状況、一体なんの拷問なんだよ!?


「ベネット~。そろそろ熱くなりすぎてきたから、もう火加減は調整しなくてもいいよ~」


「わ、分かりました……。じゃあこのまま俺も一緒に入りますね」


 気付けば俺はそれが”当たり前”のように、さも”日常の延長線”のように言っていた。これで勘違いしたナツキさんが、俺を浴室に入れてしまうハプニングが起こるかもしれないからな。


「……殺されたいのならいつでも入って良いぞ~」


「はい、すいませんでした」


 はい、無理でした。エッグい殺意が壁の向こうから漏れ出てます。視認できるレベルの殺意が、湯気と共に漏れ出てます。


「……とりあえず寒いから室内に戻ろう」


 俺は身も心も寒いまま、トボトボと小屋の中へと戻っていくのだった。



「はぁー、良いお湯だったよベネット。君も入って良いぞ。クエストに付き合わせたお礼だ、私が火を見てこよう」


 そう言いながら浴室から出てきたナツキさんは、俺にとっては見慣れない薄い軽装を身につけ、綺麗な赤色の長髪を布で拭いていた。

 前から思っていたのだが、なぜか彼女は全ての所作に気品を漂わせており、その髪を拭く動作にすら色気を感じさせる。


 ……もちろん初めて見えた彼女の肌の多くが、その色気を倍増させているのは間違いなさそうなのだが。


「いやいや、せっかく温まったナツキさんの体が冷えちゃうじゃないですか?ありがたく残り湯だけ頂きます」


「君は本当に……気色が悪いな……」


「そこまでハッキリ言われると、逆に傷つかないです」


「やはり今からでも遅くない、ここから出ていってもらおうか」


「冗談です、冗談に決まってるじゃないですか!!俺は別に体を洗うだけで十分っすから。それよりも……」


 俺は少しだけ残念な気持ちも抱えながらも、ここで本当に気になっていた疑問をナツキさんにぶつけた。


「なんで、、、風呂があるんですか!?王都でさえこんな文化はないですよ?もしかしてナツキさんって日本の……」


「……ニホン!?なぜ君がその言葉を知っている」


 えぇ、マジか。俺の予想は正しかったのか!?

 ナツキさんは日本を知っていて、その記憶を頼りにこの風呂を作ったという事なのか!?

 そうなると、これからナツキさんとの接し方は大きく変わってくるぞ?


「まさかナツキさんも日本の記憶を……!?」


「記憶……?何の話かは分からないが、このフロは私の刀鍛冶の師匠が作りだしたモノなんだ。君と同じ”ニホン出身”だと言っていたんだが、まさか師匠以外のニホン出身者と会える日がくるとはな……!!」


「し、師匠!?ここにはナツキさん以外にも住んでる人がいるって事すかっ!?」


 まさかの衝撃の事実が続く。

 まず日本の記憶がある人間がこの世界にいたという事実、そしてナツキさん以外にこの小屋に住んでいる人がいたという事実。


 ……ん?待てよ。

 こんな狭い鍛冶小屋に2人っきりって、それどういう関係なの?ちゃんと師弟の関係だけだよね!?

 "そういう関係"を持つ2人の家に俺が勝手に上がり込んで、実は今は修羅場寸前とかじゃないですよねっ!?


「しししし、師匠様は今どちらに?まさかもうすぐ帰って来るとかはないですよね……?」


「師匠は……」


 すると彼女の表情は、数時間ぶりに暗さを見せる。

 どうやら良い答えは期待できなさそうだ。


「もうこの世にはいないよ。15年以上前に魔王に殺されたんだ。だから当時子供だった私からすれば、本当の親のように接してくれた彼との別れは大きな転機になったんだよ。冒険者になる決意をする転機にね」


「そ、そんな……。俺以外に日本を知っている貴重な人だったのに……」


 どうやら貴重な情報を持つ師匠さんとは、もう話せないようだ。

 修羅場にならない事が確定した安心感よりも、ナツキさんにとって大切な人が複数いなくなっている事実のダメージの方が大きいな。


 俺はもっとこの人を大切にしないといけないのかもしれない。


「よかったら師匠との話、聞かせてくださいよ。ナツキさんが嫌じゃなければですけど」


「ふふ、そうだな……。久しぶりに師匠の事を思い出すキッカケをくれた君には話しても良いかもな。彼の”当時の手記”も残っているしね。

 ……だけどそれはまた今度にしようか。さすがの私でも睡魔がかなり強くなってきた」


「あぁ、確かにナツキさんほとんど寝てないっすもんね!寝ないタイプの人間かと思ってました」


「そんな都合のいい体があるなら欲しいものだ。……けど残念ながら、私は仕事に集中しすぎて睡眠を忘れるだけのバカな人間だ。このままいけば、いつか過労で死ねるかもしれないな。そうすれば早く責任から逃れられる……」


 そう言ってナツキさんは寝室の方に歩き出し、雑に敷かれた布の上に寝転がり始めていた。

 けど俺は、再びそんな悲しい事を平気で言い出したナツキさんの大きな背中に対し、力強く言い返す!



「させませんよ!俺がナツキさんを健康体そのものにしてあげますからね!世界の英雄にふさわしく、俺が絶対に幸せにして上げますから!」



 そして俺は言い終わってから気付く。


——————あれ、今の完全にプロポーズじゃね?


 という事に。


「スーッ……スーッ……」


 だが幸か不幸か、寝室の彼女からは既に寝息しか聞こえなかった。


「はぁ、急に何言ってんだろ俺。とっとと体洗って寝るか……」


 俺は寝息をたてているナツキさんの体に毛布をかけた後、そのまま浴室を借りて自分の体を洗うのだった。


 ……ちなみにここから数年後に知った事だが、この時のナツキさんは顔を真っ赤にして、寝息をたてているフリをしていたらしい。

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