10.アナタの為なら

「す、すいません……俺の腹の音です」


 俺はナツキさんに対し、正直に白状していた。


「は……?君は腹に魔獣を飼っているのか!?まったく、驚かせないでくれ。フ……フフフ……ハハハッ!」


 すると俺の”腹の音”を魔獣と勘違いしたナツキさんは、とうとう我慢できずに大きな笑い声を上げ、お腹を押さえていた。

 その純粋な笑顔は、俺の目にはどこか子供のようにも映る。


 きっとこの人は俺より遥かに辛く苦しい人生を歩んできて、腹から笑う事すら長年忘れていたんじゃないのかな?

 笑い慣れていない彼女の笑顔は、どこか愛おしさと儚さを感じさせる。


「……はぁ。笑いすぎてお腹が痛いよ。君も食べるか?というより君が作った料理だったね、君にこそ食べる権利がある」


「いえいえ、そんなお気遣い……。じゃあとりあえず肉を半分もらえます?」


 そしてもちろん俺の腹も限界だった!


 なにせ昔から小さい体を大きくする為に、俺は沢山食べて沢山動いてきた。

 その成果もあってか、俺はクローブ王国の中でもかなりの大食いとして通っていたのだ。

 もう2時間も何も食べていないのは、もはや飢餓寸前と言っても良い。


 ま、本来の目的である”身長”という成果は得られませんでしたけどね?(自称165cm)



「うまーい!やっぱヤクーの肉はハズレがないっすね。どうやっても美味しくなっちゃう」


「君は料理が上手なんだな。どこかで学んだのか?」


「まぁちょっと昔に……」


「そうか。私は不器用でな。料理は全然ダメだったよ」


 そう言いながらナツキさんは山菜炒めを口に運んでいる。

 油で少し光る口元が魅力的だ。


「……どうですか?少しは”生きる意味”を感じてくれました?」


「そうだな……。それはまだ難しいかもしれない。私は何十年も仲間を見捨てた事を後悔してきた。そう簡単には……」


 あ、やばい。また暗い表情をさせてしまった。

 ここは俺が言いたいことを伝えてしまわないと。


「ナツキさん、俺が洋館に行くまでに話した”自分語り”、覚えてますか?今の俺がなんで冒険者じゃなくなったのか?」


「うん……?確か仲間を助けて敵を逃してしまったのだろう?正直驚いたよ、なにせ私とは正反対だったからね。だからどこかで私は君に嫉妬していたのかもしれない。”正しい行動”をした君のことをね」


「ナツキさん、アナタの行動が間違っていると決めつけたのは、あのクソ国王っすよね?ならハッキリ言います。ナツキさんの行動は”間違ってない”です」


 パチパチと木を燃やす火は、少しずつ暗くなり始めた森の一部を明るく照らしている。


「俺は仲間を助けて、何万の人を救う機会を逃しました。そしてナツキさんは仲間を見捨ててでも、何百万の人を救いました。でも結果的にお互いがクローブ国王に王都を追放されましたよね?なら俺はアナタの言う正解なんてなかったんだと思いますよ」


「…………」


「それに亡くなったナツキさんの仲間も、魔王を討伐する為に大戦に参加したんですよね?なら最後にシッカリ魔王を倒してくれたナツキさんの事を誇りに思ってると思いますよ!

 少なくとも俺がその人の立場なら、絶対にそう思います」


 気付けば俺は立ち上がって叫んでいた。

 なぜならこんな立派な英雄が、なんでこんなに心を痛め続けなきゃいけないのか、俺には全くもって理解できなかったからだ。

 

「……でも彼には家族がいた。今でも娘さんの泣いている姿が夢に出てくるんだ。だから私は死ぬ時までこの責任を……」


「ならその娘さんが2度と泣かないような世界を作れるように、ナツキさんみたいに強い人が戦うべきじゃないんですか!?

 少なくとも俺は、アナタの事を尊敬できる人だと思ってます。1人の死に涙を流せる人間こそ、きっと人々の前に立つべき人間なんですよ……」


 そして俺は再び石のイスへと座りこんでいた。

 どうやら熱くなって叫んだせいで、疲れてしまったみたいだ。


 すると自分自身が涙を流している事に気付いていない様子だったナツキさんは、多少の間を置いてゆっくりと俺に問いかけ始める。


「君は……君は仲間を守った事を後悔しているか?」


「……もちろんしてないっすよ。俺は俺が正しいと思った事をしただけなんで。唯一あるとすれば、俺の実力不足で右目を失った事ぐらいっすかね」


 そう言って俺は右の眼帯をフォークでコツコツと叩いた。


「強いな、君は」


「魔王倒した人に言われても説得力ないっす」


 そう言ってお互いに軽く鼻で笑い合う。

 少しずつ小さくなっていく火が、どうやらこの会話の終わりを知らせてくれたようだ。


「……ふぅ。美味しかったよベネット。君を”軽い男”と言った時もあったが、前言撤回させてくれ。君は素晴らしい人間だったよ。旅の最後にいい思い出ができた。

 また機会があればいつでも料理を作りにきてくれ。いつでも鍛冶小屋で待っている」


「ん?またヒマがあればって言いました?いや、あの……俺も今から鍛冶小屋に戻る気マンマンだったんですけど?」


「いや、素材回収は済んでいるぞ?とっくにクエストは終わっている。君も王都に戻って報酬を受け取りに……あっ」


「”あっ”て言っちゃった。俺が帰る場所ない事に気付いて”あっ”て言っちゃったよ」


 そう、今の俺は帰る場所のない一般人。

 Sランク冒険者時代は王都で宿泊し放題だったが、今はただの家もランクも無い子なのだ!


 そう、つまり俺がここからするべき事は1つ!


「美しいナツキ様、どうか今晩もわたくしを泊めていただけないでしょうか……?」


「前言撤回、やはり君は軽い男だよ」


 近いようで遠い俺たちの距離は、これからどうなっていくのだろう。


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