9.過去の回想、目の前のご馳走
「魔王を討伐したのは……私なんだ。私は大切な仲間を見捨てて魔王を討伐した犯罪者なんだよ」
「えっ……?」
歩くスピードを落としてしまうほどに衝撃的な事実が、俺の脳内を激しく駆け巡っていた。
13年前の魔王討伐戦、4大陸数千年の歴史においても上位を争う大戦争と言われた戦いに終止符を打ったのが、今俺の横で歩いている長身赤髪お姉さんって事!?
でもさらに気になるのは、仲間を見捨てた犯罪者……?
「見捨てたって、一体どういう……」
「言葉通りの意味さ。私は剣が折れて戦えなくなった仲間を助けず、魔王に攻撃を続けた。結果的に魔王を討伐する事はできたが、失った仲間が当然戻ってくる事はなかったよ。
あの時撤退して治療していれば助かったかもしれないのにね」
「……つまり何百万人もの命を救った代わりに、大切な仲間を失ったんすね」
「あぁ。……あれ、なんで私は会って間もない君にこんな話を……」
そう言って彼女は自分自身の言動に疑問を持ち始めていた。
その様子から察するに、この話は今まで他の人にはあまりしてこなかったのだろうか?
「す、凄いじゃないっすかナツキさん!?魔王を倒したのは事実なら、この世界の英雄じゃないですか!!あれ……じゃあなんで辺境で刀鍛冶やってるんすか?もっと裕福な暮らしできるはずっすよね」
「……君はクローブ王国から来たのだろう?ならあの戦いの後に私がどういう扱いを受けたのか知っているはずだ」
「あの戦いの後……。戦記を読んだのは数年前だからなぁ」
とりあえず俺は、昔読んだ”魔王討伐大戦”の戦記と、キャリアの長い冒険者達から聞いた色んなウワサを必死に思い出す。
確か多数の犠牲を出して勝利した3大陸合同軍は、その後魔王討伐の戦果を取り合ったんじゃなかったっけ。
そこで主戦力となった冒険者か誰かが「味方を必要以上に危険に晒して、多くの人間を死に至らしめた」という理由で断罪されたんじゃなかったか?
あれ……?
「まさか、断罪された冒険者って……」
「それが私だ。大方クローブ国王が戦果を多く獲得するために、私の功績をなかった事にしたかっただけだろうがな。
結果的に私はギルドへの立ち入りを禁止され、クローブ王都への立ち入りも禁止されたよ。これが私が辺境で過ごしている理由だ」
「ま、待ってくださいよ……そんなのおかしくないですか!?ナツキさんが英雄なのに、アイツの為になんで罪人扱いされなきゃいけないんですか!?」
それを聞いたナツキさんは少し目を細めながら、同時に半ば諦めたような表情で重たい口を開く。
「……最後の最後で仲間を見捨てた私への呪いさ。きっと見捨てた仲間があの世で私を恨んでいるんだよ。だから私にはもう……もう何もないんだ。いつでも死を受け入れる覚悟はできている」
「そんな事言わないでくださいよ……」
結局俺は彼女に気の利いた事も言えず、チーリン山脈沿いをトボトボと歩いていく事しか出来なかった。
まさか"仲間を助けて"王都を追放された俺とは、行動は正反対ながら似たような境遇だったなんて……!
————————
「じゃあとりあえず美味しいモノ食べるしかないでしょナツキさん!!?」
「どうしてそうなった……!?」
洋館跡地から2時間ほど歩いた場所で、俺はとうとう空腹の限界を迎えていた!
なに?さっき洋館で沢山食べただろって?
ばかやろう、動いたら腹が減るのは生物の宿命!俺の代謝を舐めないで欲しいね!!
「急にナツキさんが暗い話するから、俺の腹の虫が泣き出しましたよ!いいっすか!?この世界は生きていたらそれで勝ちなんです!ナツキさんの仲間がどう思っていようが、ナツキさんが間接的に何百万もの人を救った事実は変わらないんですよ!!」
「は、はぁ……」
「だから俺はアナタを尊敬するし、もっと堂々と生きて欲しい!だからまずは楽しく生きて良いんだって思ってもらう為に、美味いメシ食いましょうよっ!!」
「君は何と言うか……食欲の化身だな……」
少し呆れた様子のナツキさんだったが、俺の行動を否定はしなかった。
なら前世の料理人の記憶を最大限に使って、俺はこの人にもっと笑顔でいてもらおうじゃないか!
「ちょっと10分ほどここで待っててもらえますか?あ、できれば料理に使うので火を用意してもらえると助かります!俺はちょっと食材の準備をしてくるんで!」
俺はそう言い残すと、ほとんど調理器具しか入っていないリュックを地面にドンと置き、そのまま愛刀と共に駆け出していた!
日が落ちて来てはいるが、まだ辺りをシッカリと視認できる明るさはある。万が一暗くなったとしても、俺の魔力感知の魔眼があれば問題ないんだけどね。
とにかくこの森で色んな食材を集めて、最高の料理を作ることにしよう!
◇
15分後……
◇
「ごめんなさいナツキさん、ちょっと遅くなりました……って、火どころかイスまで用意されてるッ!?」
「あぁ……ちょうど良い岩があったからな。持ってきて削っておいた」
「さすが鍛冶……!ヒマがあったらスグ硬いモノを加工するんだから」
「偏見だぞ。それより私は刀の素材は鮮度も大事と言ったはずだ?長い食事時間は取れないからな」
「分かってますよ!もー、ナツキさんは慌てん坊なんだから。時短料理ですよね、任せてください!」
そう言って俺はリュックからフライパンを取り出し、ナツキさんが起こしてくれた火の上で温め始める。
……まずは肉汁も欲しいし、”ヤクー”の肉を捌いていくか!
このヤクー、前世でいうならばかなり牛に近い肉だ。
とりあえずヤクー焼いとけば大抵の事はどうにでもなると思ってる。
ありがたく”いただきます”。
【ジュワァァアアア……】
静かな森に響き渡る、肉が豪快に焼ける音!もはや癒し効果すらあるでしょコレ。これ聴きながら眠りたい。
そして持ってきた調味料も使いつつ、”サンゴウ”という独特の香りの実もパラパラとかけていく。
これはニンニクに近いかな?肉の味がさらに引き立って、滋養強壮にもいいって話だ。
「ナツキさん!僕のリュックから皿取ってください!」
「…………」
「ナツキさん!?」
「えっ!?あ、あぁ……ジュルリ。すまない、皿だな?」
「今完全にヨダレすすりましたよね!?肉に見惚れてましたよね!?お腹減ってたんなら言ってくださいよぉ~!!」
「そんな事は……なくもないが……」
なぜか強がろうとするナツキさんをよそに、俺は焼きたてのヤクーの肉を皿に豪快に乗せ、ナツキさんがイスと同様に作っていた石机の上にドンッと置くのだった!
「ヤクーの焼肉、いっちょ上がり!」
「お、おぉ……!」
キラキラと輝くナツキさんの綺麗な瞳が気になる所だが、俺は料理の手を止めないっ!
なぜならこの熱々の肉汁を使って、さらに新たな料理を作らないといけないのだから!!
「さぁ、次は森の山菜を使っていきますよ!」
まずは肉汁の残るフライパンで肉を炒め、その後に切った山菜をぶち込む。
そしてしばらく炒めた後に、少し辛味がある事で知られる”ショウザンの実”を砕いて投入すれば完成!
「ピリ辛山菜炒め完成!!はいよっ!!」
「お、おぉ……」
「さぁ、冷める前にとっとと食べちゃってくださいナツキさん!」
「いいのか?君の分はまだなんじゃないのか?」
「……あ、完全に忘れてた。ま、まぁいいっすよ!ナツキさんが喜んでくれればね。魔王から世界を守ってくれたお礼っす。俺も魔王軍がいなくなって、結構助かった部分もあったんで」
「そ、そうか。では遠慮なく……いただこうか」
そしてこっそり洋館から拝借してきたナイフとフォークを使って、ナツキさんは分厚い肉を綺麗に切り分け、まるで貴族のように丁寧に肉を口へ運んでいた。
その気になる反応は……。
「う……」
「う……?」
「美味い!美味いぞベネット!!これまで食べてきたどんな肉よりも、美味しく感じるぞっ!!」
「え、ちょ……急にそんな褒められたら惚れちゃうんですけど……」
だが彼女は俺のセリフなど聞いておらず、まるで5日ぶりの食事のように肉に食らいついていた!
……ん?そういえば俺が最初小屋に行ってから、ナツキさんって食事してたっけ?俺が到着した時から刀打ってたし、俺が来てからも4日間ぐらい刀打ってたよな。
「待って、本当に5日ぶりの食事じゃないっすか!?」
「美味い、肉の焼き加減もプロと遜色ないぞっ」
「ダメだこの人、聞いてない」
でもまぁ、初めて幸せそうなナツキさんの顔を見れたしヨシとするか。
女性に暗い顔は似合わないからね。
………なんて事を考えていた直後だった。
【グゥォォオオオオ!!!!】
突然森の中にとてつもない轟音が響き渡った!
その音は深く重く響いており、身の危険を感じさせるには十分だ。
「ま、魔獣か……!?」
その声を聞いたナツキさんは、一瞬で表情を”戦いの顔”へと変貌させて、自らの刀に手をかけていた。
——————それが俺の”腹の音”とも気付かずに……!!!
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