第285話 明かされるあの日

「あの日、キャンバス村が滅びなければ、アナタは勇者として旅立つことはなかった。いや、村の外になんか出してもらえなかった」

 激情とともに吐き出されるクレアの言葉。


「な、何で? 意味が分からないよクレア。そんなはずがないでしょ? だって、私はそのために、世界を救う勇者になる為に生まれてきたんでしょ? みんな、みんなそう言ってたじゃん」


「そう、その通りだよイリア。世界を救う為にアナタは生まれてきた。私たちみたいな出来損ないとは違って、アナタだけが、真に『勇者』となる資質をもって生まれてきた。そう、それが問題だったの」

 苦虫を噛み潰すように、クレアは言う。


「それが、問題?」


「考えたことはなかったイリア? 魔族の大侵攻が起こった時、たくさんの国や街が侵略を受けた。そんな中で、キャンバス村がどうして平和だったのかを」


「え、そんなの、キャンバス村には結界があるからじゃないの?」


「そう、その通りよイリア。大侵攻の以前からあの村は魔族に襲われることは決してなかった。イリアの言う通り結界があったから。今アナタが手にしている、の結界がね」


「そんなこと私だってわかってるし知ってるよ。その結界の中で勇者が、私が生まれるのをずっと待ってたんでしょ? そんなの、わかってる」

 イリアは最近知った自身の出自を思ってうつむく。


「いいえ、アナタは分かっていない。イリアという成果物を吐き出したあの村に、価値なんてなにもないってことに」

 だがイリアに返ってきたのはより残酷な声音だった。


「え?」


「イリア・キャンバスが生まれるために聖剣アミスアテナは村の台座に刺さっていた。アナタが生まれてからはアナタを守る為の剣となった。そんなアナタが無事成長して、勇者として旅立っていく。すると村はどうなると思う?」


「え、どうなるって、だって結界が…………あ、」


「そう、勇者の剣として聖剣アミスアテナが村から持ち出されれば、当然今まで村を魔族から守っていた結界はなくなる。そんなこと、村の大人はみんな気付いていた」

 悔し気にクレアは唇をかむ。


「それじゃ、みんなは私に村から出て行って欲しくなかったってこと? それなら、そんなことなら言ってくれたら……」

 世界が滅びようと私は村に残ったのに、イリアはそう口にしかける。

 だが、

「もしイリアの言葉通りだったら、どれだけ清々すがすがしかったでしょうね。自分を守りたいっていう保身、それは誰もが持っているもの。だから、もし村の人間全てが自身の身を守るためにイリアを引き留めるのなら、それはある意味で自然なこと。…………でも、それだけじゃなかった」


「それだけじゃ、ない?」


「あの村の人は、アナタが覚えている通りの善良な人たちでもあったってこと。イリアを村に留めれば自分たちは助かる。だけどそれと引き換えにそれ以外の人間はきっと滅びる。その二つの事実を前に大人たちはみんな葛藤して、そして村は二つに割れたわ」


「割れ、た?」


「イリアだって何も感じていなかったわけじゃないでしょ? アナタが勇者の儀を受ける日が迫るにつれて、アナタに妙に優しくしてくれる人が増えたでしょ、『いつまでもここにいていい』って。 そして、アナタに勇者の使命を強く語る人も増えた、『必ず世界を救いなさい』ってね。そして思い出してイリア、アナタが勇者の儀を受ける為に神晶樹の森に出立したあの日、どうしてみんなが寝静まった頃に、隠れるように送り出されたのかを」


「え、だって、それは、悪い連中に見つからないようにって。私、魔族に見つからないようにそうしたんだって、思って、た」


「そう、それは優しい嘘ね。そして、現実は違う。アナタを送り出せば村がどうなるか、それを承知した上でのことだったからよ」


「何が、何があったのクレア!?」


「次の日、アナタがあの勇者小屋にいないとみんなが気付いた時、すぐに暴動が起きたわ。アナタを連れ戻そうとする連中と、それを必死に止めようとする人たち。ちなみに、私のお父さんはアナタを村に縛り付けようとした側。そして母さんは、アナタを世界へ送り出そうとする側だったわ」

 悲しそうに、むなしそうにクレアは語り続ける。


「私より年下の子たちはみんな家の中に押し込められて、そして大人たちはお互いを罵り合って…………ついには、」


「殺し、合ったのか? 人間同士で」

 話を聞いていたアゼルが、思わず呟く。


「ええ、凄惨たる殺し合い。ろくに武器なんて置いてない村だから、それが逆に惨たらしいくらいその時間を長くさせた」


「でも、でも! 村のみんなを殺したのはアベリアだって。その命令をしたのは賢王グシャだって!」

 イリアはアベリアたちの語った事実にすがるようにその言葉を述べる。


「そうね、イリア。アナタの言う通り、決定打を持たないまま互いを殺し合いを続けた村に、アベリア様が現れた。賢王グシャからの皆殺しの命を受けてね」


「なら、それじゃあ、─────あぁ、あぁぁ」

 イリアは美しい銀の髪をくしゃくしゃにして頭を抱える。

 自身に思い浮かんだ考えが、あまりにもおぞましすぎて。


「結果として、キャンバス村はこのハルジアのアベリア様の一団に滅ぼされた。どう、イリア? アナタはどっちが良かった? 村のみんなが最後まで殺し合った方が良かった? そうはならずに突然の外部からの力によって殺されて、?」


「いや、いや、いやぁ」

 狂乱したかのように耳を閉ざしてイリアは頭を振るう。


「おい、やめろ! それ以上、イリアを、追いつめるな」

 アゼルはすぐさまイリアに駆け寄り、クレアを睨みつける。


「本当に、魔王と仲がいいんだね、イリア。あれだけの犠牲を払って送り出された勇者の末路がコレだと思うと、なんだか笑えてくる」

 本当に、ただ笑うしかないかのようにクレアは口元を抑え、それでも笑いがこみあげる。


「何が面白いんだ貴様! それにおかしいだろうが、イリアの村はそこのアベリアに皆殺しにされたんだろ? ならなんでお前が生きている」


「…………ああ、普通疑問に思うよね。イリアはちょっとおバカちゃんだから、いつまでたってもその質問をしてくれなくて困ってたの。どう、賢い魔王様? アナタはどう思う?」


「イリアの前で言いたくはないが、さっきから『アベリア様、アベリア様』って言ってる時点で明白だろ。お前、身体を売ったな」


「あは、あははは、その貧困な発想は最高!! そして正解よ魔王様。賢いアナタに、おバカなイリア。相性はバッチリみたいで、……良かったわ」

 イリアとアゼルを見て、クレアは真剣な表情で小さく呟く。


「イリア、聞こえる? 最後に大事な話があるの」


「え、あ?」

 イリアは涙でクシャクシャにしながら顔を上げる。


「とってもとっても大事なお話。これを話さない内には私は死ねないくらい大事な話」

 クレアは手招きしながらこれまでにないくらいイリアに優しく語りかける。


 その声に誘われるようにイリアは立ちあがり。

「おいやめろイリア。いくら昔の友達だろうと、こんなの罠に決まってるだろ」

 そんな彼女の肩をアゼルは必死で止める。


「どうするのイリア。親友と恋人の言葉、どっちを信じる? まあこの2択だと普通は恋人を取るけど、私なら親友イリアを取るわ。──────アナタは、どうする?」

 クレアはイリアの警戒を削ぐためか、自らの鎧を脱ぎ捨てる。

 そしてかつての親友を抱きしめんと両腕を広げた。


「や、やめろ、クレア。いけない、それ以上は、いけない」

 そこに黒騎士アベリアが、床を這いずりながら引き留めにくる。しかし、


「ごめんなさい、アベリア様。でも約束でしょ? は、私が決めていいって。さあイリア、どうするの? 今を逃せば、私は二度とアナタにコレを教えることはないわ」


「クレ、ア?」

 その彼女の言葉が引き金になったのか、イリアは誘蛾灯に惹かれるかのようにクレアのもとへと足が進んでいく。


「イリア、お前」

 アゼルはイリアのその様子を哀しそうに見つめていた。

 彼とてクレアがイリアに何を告げようとしているかは分からない。

 しかし、イリアが自身の身の安全を二の次にしていることが彼にはたまらなくつらかった。


「よく来たわねイリア。うん、また一段と美人さんになったね、近くで見るとよく分かる。イリアはもう女の子じゃないんだね。立派な勇者、いえ、立派な女よ」

 クレアは愛おし気にイリアの頬を撫でる。


「クレア、教えたいことって、何? どうして、生きてるって教えてくれなかったの?」

 イリアは涙で瞳を濡らしながら、それでもとその質問をする。


「うん、全部話してあげる」

 そう言って、クレアはイリアの耳元に口を近づけ、誰にも聞こえないように言葉を紡ぐ。


「────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────はい、これがイリアに教えたかったこと」


「え、え?」

 話し終えたクレアに対し、イリアからは訳も分からずに止めどない涙が流れ出る。


 そして、


「ごめんね、イリア」

 クレアはイリアを強く抱きしめる。


 いや、抱きしめるようにして、クレアは短剣にてイリアを背中から刺し貫いていた。

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