第160話 血濡れの聖剣、夢見る魔剣

 激しく鳴り響く剣戟。


 迷いのないイリアの一撃一撃は確実にラクスを押し込んでいく。


「く~、響く。何か突然強くなった感じだけど勇者ちゃん、それってやっぱり明らかにその血のせいだよね?」

 イリアの剣閃を『魔神殺し』で受け止めながら、ラクスはその赤い血に染まった聖剣を見る。

 その血が、ラクスの剣と衝突するたびに爆発的な衝撃を発して結晶のように消えていく。


「こうでもしないと、ラクスさんとは剣を交えることすらできませんから!」

 イリアは自身にも響く衝撃の激しい反動を必死に耐えながらさらなる剣撃を繰り出す。


「いやぁ、諸刃の剣とはよく言うけど、勇者ちゃんのそれは命すら削ってそうでお姉ちゃん心配だ、な!」

 聖剣に付着する血液の量が少なくなり、イリアの攻撃が弱まったところでラクスは力を込めてイリアを押し返す。


「くっ、まだです。まだまだいけます!!」

 イリアは再び聖剣で自身の手のひらを裂いて刀身を赤く染め上げていく。


「ちょっとちょっと勇者ちゃん、その調子だと可愛いおて手がなくなっちゃうよ」


「構いません! それでも守りたい想いがここにありますから」

 痛む手にも構わず、イリアは聖剣を強く握りしめる。


 そこへ、


「馬鹿者、少しは構えよ。俺を守るために、お前だけが傷つくとかないだろ。相手が相手なんだ、────二人で一緒に傷つこう」

 完全に傷の癒えたアゼルは、イリアの隣に並び立つ。


「アゼル。……うん、一緒にだね」

 イリアは少しだけ嬉しそうに頷いた。


「おい、英雄。これはお返しだ」

 先ほどまで自身に突き刺さっていた星剣アトラスをアゼルは槍のように投げ返す。


「ちょ、危なっ」

 ラクスは「魔神殺し」でそれを受け止めるが、あまりの質量差に大きく後ろへと押し込まれてアゼルたちと距離が離れる。


「イリア、俺はあの『魔神殺し』がある以上うかつに近づけん。だから、プランEだ」


「え、プランE? ってそれはもしかしてエミルのことですか? うん、いいですね。それでいきましょう」

 アゼルの意図を汲んだイリアは距離の離れたラクスに再び斬り込んでいく。


「ちょっとまた同じことの繰り返し? 言っとくけどね勇者ちゃん、この調子じゃ私の体力が尽きるよりあなたが失血死する方が絶対に早いからね」

 ラクスは『魔神殺し』から星剣アトラスに持ち替えてイリアと再び剣を打ち合う。

 イリアの爆発的な剣撃も、大質量の大剣に切り替わったことでラクスは今度は打ち負けなくなる。


「いいえ、私は死にませんし大丈夫です。一人じゃないですから」

 ひらすらに自分の背中の向こうへと信頼を向けて、イリアはラクスをそこにする。


「いい仕事だイリア。この魔城限定のオールレンジ攻撃を見せてやる。ブラック・マテリアル・フルバースト!!」

 アゼルの言葉と同時に、対峙するイリアとラクスを包むように何千という魔石が展開される。


「!? もしかしてだけどこれって、勇者ちゃんごと私を撃つ感じなのかな? ……それってちょっと卑劣じゃないかな」

 これから起こる出来事を予感して、嫌な汗を流しながらラクスは言う。


「いいえラクスさん。私にはアゼルの魔弾は効きませんから、痛いのはあなただけですよ」

 ニッコリとイリアはラクスに向けて笑顔を見せた。


「え? それじゃあやっぱり卑怯でしょ!」

 ラクスの叫びと同時にアゼルの魔弾が斉射される。


 止めどなく打ち込まれる魔弾。


 ラクスはどうにか逃げ出すか、その原因たるアゼルを倒したいところだが、イリアがそれを決して許しはしない。


 アゼルの魔弾は放たれる度に空間へと補充され、斉射が終わる気配を見せなかった。


「──────────っ」

 アゼルは必死に自身の魔素炉心を回し続ける。

 ラクスがもしこの包囲網を抜け出せば次がないからだ。


 自力で完全に劣る以上、この機会を逃せば二人の死は必至。


 イリアもそれは百も承知で血濡れの聖剣を必死にラクスへと叩きつけていた。


「あ、体力がレッドゾーンに入った。……本当にこのままじゃ死にそうだけど、私も足掻かせてもらうわよ」

 ラクスは魔弾も対峙しているイリアも無視して、腰を深く沈めて星剣アトラスを大きく構える。


「ラクスさん! その隙は逃しません!」

 イリアはすかさずに爆撃のような剣閃をラクスの肩口に叩きこむ。

 そしてアゼルの魔弾も容赦なくラクスに降り注ぐ。


「ぐ、ぐぐぐ、痛いのは我慢する。でも私もエミルちゃんと一緒だから。負けるのは絶対に嫌だから。起きろアトラス!」

 それらの攻撃にラクスは耐えきり、巨大化した星剣アトラスをまるで扇のように力任せに振るった。


「きゃあ!」

 その大剣と風圧に巻き込まれてイリアは飛ばされ、アゼルが展開していた魔弾も周囲の壁に叩きつけられて霧散した。


「くそっ、まだそれだけの余力があるのかよ」


「ま、レッドゾーンていっても、君らの全快の体力くらいはあるからね、──ハァ、ハァ」

 息を切らしながらラクスは言う。


「ふざけた奴だよお前は。結局は負けたくないから俺らを殺すってか。薄っぺらすぎるんだよ」


「薄くて結構、軽くて結構。重たい荷物はあなた達みたいなのが背負えばいい。理念がなくとも理想がなくとも、それでも勝つのが英雄だから」

 そう言ってラクスは星剣アトラスを天高く掲げる。


「もうこれで最後にしよ。空を舞う竜を大地に撃ち落とした一撃、あなた達にも見せてあげる。『たとえ私は愚かでも、その高みに昇らずにはいられない』……覚醒しなさい、大いなる者アトラス


 ラクスが起動キーを口にするのと同時に、星剣アトラスは部屋の天井すら突き抜けて天高く巨大化していく。


「おいおい、アレはマジかよ」

 驚愕するアゼル。

 天まで突き立たんとそびえる大剣。

 まさに今、彼らの目の前にいるのは、天涯の全てを波濤する英雄だった。


「ぐっ!」

 ラクスの肉体から血が噴き出す。数多の戦いの末にダメージを負った身体では、彼女も超大質量のアトラスを支えるのに必死だった。


「……いい? この城ごとあなた達を終わりにしてあげる」

 いざ、ラクスは星にも届かん大剣を振り下ろそうとする。


 もう避けようのない絶望。


 しかし、それでも二人の目は死んでいなかった。


「アゼル!」

 既に立ち上がり、聖剣アミスアテナを構えるイリア。


「ああ、わかってる。俺があの大剣を撃つ。お前はあの英雄を捩じ伏せろ!」

 アゼルは魔剣シグムントを起動させて、死にもの狂いで魔素炉心を加速させた。


「アルス・ノワール!!!」

 アゼルの黒き極光が振り下ろされる星剣アトラスの超巨大な刀身に向けて放たれる。


「ぐ、ぐぬぬ。まだまだ私はいけるよ」

 しかし、ラクスはそれに負けることなく星剣アトラスはアゼルの極光を押し返していく。


「いいえ、ラクスさん。これで終わりです。アミスアテナ、私から血をめいいっぱい引き出して」


「うぅ、分かってるわよ。でも、これはみんなで生き延びるためなんだから、あなたも倒れちゃダメよ」

 イリアが手にする聖剣の柄から彼女の血液が吸い上げられ刀身を赤く染め、そして剣先から朱銀に結晶化していく。


「ラクスさん。これが、勇者ではなく、ひとりの人間イリア・キャンバスとしての私の答えです! 純血の無垢星ブラッディ・ノヴァ!!!!」

 共鳴する祈りと願い、そして文字通りイリアの血の通った明日への想いが朱銀の極光となってラクス本人に直撃する。


「───────────────!!」

 イリアのブラッディ・ノヴァを正面から受けながら、それでもラクスの星剣は止まらない。


 理念のあるなしも、理想のあるなしも関係なく、勝利するのが英雄だという。


 ならば、きっと問題ない。


 理想のためでもなく、自らの理念に従ってでもなく、そして勝利するためでもない。

 自分以外の誰かのために力を尽くして『明日』に手を伸ばす彼らであるのなら、


「「ハアァァァァァァ!!!!」」

 重なり合うイリアとアゼルの声。


 ひとりの女とひとりの男がお互いを認めて、肩を並べて支え合う光景を見て、


「────もう、羨ましいくらいに熱いなぁ」

 ふとラクスの口から笑みとともに言葉がこぼれ、それと同時に彼女の膝が折れて全身から力が抜ける。


 そしてイリアとアゼル、ふたりの命を燃やすかのような漆黒と朱銀の極光は、星の剣とその担い手たる英雄に明日という可能性を叩きつけたのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る