第70話 後始末

 追いつめていたはずの魔人にまんまと逃げられた二人は未だ茫然と立ち尽くしていた。


「まさか、あれだけ感情的になっていた状態から逃げる選択肢を取れるなんて、意外と冷静だったんですね」



「……どうだかな、どちらかと言えば本能的な危険感知だったんだろうが。っくそ、してやられた」

 アゼルは悔し気に舌打ちをする。



「まあ逃げられたものは仕方ないです。それよりアゼルが気絶させた人たちの容体を確認しないと」



「おい、人聞きが悪いな。アイツらもケガしないように親切に寝かせてやったんだろうが」



 そんなアゼルの言い分を聞くこともなく、イリアは賞金稼ぎの男たちのもとへ駆け寄る。



「うーん、アゼルのブラックカーテンによる後遺症はなさそうだけど、さっきの魔人との戦いで少し魔素汚染を受けてるみたい」


 男たちの状態を把握したイリアは、すぐに彼らの魔素浄化を開始する。



「う、」

 しばらくするとイリアの近くにいた男たちから徐々に目を覚まし始めた。


「くっそ、何だったんだ。突然意識が遠くなりやがった。 ん、なんだアンタは。なあおい、ここにいた魔人がどうなったか知ってるか?」

 まだ少し朦朧とした意識のまま、男はイリアに尋ねる。


「え~と、その魔人ならどこかへと逃げてしまったみたいですよ」

 イリアも彼らの狩りハント邪魔した張本人の一人なのだが、彼女はそのことには触れずにしれっと結末だけ述べる。



「ちっ、何だそりゃ。せっかくこれだけの人数を集めたってのによ。これじゃ大赤字もいいとこだ」

 大きなため息をついて男はぼやく。


「? ……おい、アニキ。こいつをよく見てみろよ」

 他の男がイリアと話していた男に近づいて何やら一枚の紙を見せている。


「ん? お!? マジかよこりゃ。っくぅ~、天は俺らを見捨てちゃいなかった」


 突然ハイテンションになった男をイリアはいぶかしみ、彼の手元の紙切れ、…………自分の似顔絵が描かれた手配書を見てしまう。


「─────────あ」


 それを見たのと同時に、これから起きるであろう出来事をイリアは瞬時に察したのだった。




「おい手前ら起きやがれ。仕事だ仕事。せっかく神様がかわいそうな俺たちにプレゼントを用意してくれてんだ。これを受け取らない手はねえよ」

 男は神に感謝を捧げながら、まだ寝ている他の連中を蹴り起こす。


「でもよアニキ。この手配書、勇者って書いてあんだぜ。バチが当たんねえかな」


「バカやろ、本物がこんなとこにいるわけねえだろ。どうせ瓜二つの別人だよ。だがどうせそんなことは役人連中には分からねえんだから、この女を引き渡して金だけ貰ってトンズラすれば問題ねえ」



「あ、あの~。悪いことはよした方がいいですよ~」

 恐る恐るイリアは言葉を挟む。



「んぁ~? だからそんなことはどうでもいいんだよ。嬢ちゃん、大人しくしてれば痛い目には合わないからよ。何、どうせ捕まったってあとで別人だったって放り出されるさ」



「いえ、あの、やめておいた方が」



「グダグダとうるせえな。野郎ども押さえ込め!!」

 賞金稼ぎの男の号令と同時に、



「ブラックカーテン」

 彼らの頭上に闇のとばりが落ちていった。



「なっ!? ウッ」


 アゼルのブラックカーテンによるいざないで、彼らは再び深い眠りへと落ちていく。



「……流石に今のには文句はないだろ」

 やや不貞腐ふてくされた顔でアゼルは言う。


「あ、……はい、ありがとうございます」

 助けた相手に拐かされそうになったイリアは気まずそうにアゼルに礼を告げた。



「チッ、馬鹿どものせいで余計な時間を喰った。まずはさっきの鍛冶屋のとこに報告にいくぞ」


「あ、はいっ!」

 既に店へと足を向けたアゼルに遅れないようにイリアも駆けだす。


 後には、無惨に壊された市場と、哀れな賞金稼ぎだけが残されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る