第35話 お化けに出会う

 別の本屋を探したけど、もう遅くなりすぎて別の本屋は閉まっていた。

 仕方がないので家に帰ることにした。

 家まで4駅も離れていた。

 お金を持っていなかったので歩くしかない。

 星空も出ていない夜の道をトボトボと歩く。

 歩いていると街灯の下で見てはいけない者を見てしまった。

 この世の者ではない者である。

 髪の毛で顔を隠し、白いワンピースを着ている。

 夜道を歩いていたサラリーマンが、その者を見て「うわぁ」って声を出している。

 だからぼく以外の人間にも見えている事は確認できた。


 ぼくはソイツに近づいて行く。

 髪で顔が覆われているせいで、こっちを向いているかもわからない。

「なんでお前がココにいるんだよ?」

 とぼくは尋ねた。

「金木こそ」

 この世の者ではないソイツが答えた。

 白いワンピースは着るなよ。一条が着たら爽やかなワンピースが逆に怖わ。

「ぼくは本屋に来ただけ」

「そう」

「一条は?」

「私は」

 と彼女は言った。

 一条の手には紙が握られていた。

 その紙はずっと握られていたせいで皺くちゃになっていて、文字が掠れている。

「お母さんの家を探しているの」

 と一条が言った。

 そういえば近所で幽霊が出る、って噂を聞いたことがあるけど一条渚だったのか。

「住所知っているの?」

 とぼくが尋ねる。

 ポクリ、と一条渚が頷く。

「小学生の時に一度だけ母親が手紙を送って来てくれたの。すぐに父親が捨てたけど、その時の住所を暗記して、紙に写しておいたの」

 お母さんの居場所を彼女は探している。

「ちょっと貸して」

 とぼくは彼女が握っていた紙を借りて文字を読んだ。

 ペンが滲んで住所が読めない。

「たぶん、この辺だと思うんだけど」

 と一条が言う。

 ぼくは紙を返した。

「付いて行こうか?」

「付いて来なくていい。アナタみたいなヤリチンと一緒にいたら妊娠するみたいだから」

「ヤリチン?」

 ヤリチンって、あんな事やこんな事をやりまくっている人のことを指す名称である。

 ぼくは一度もした事がない。

 全て未遂で終わっている。

「七瀬うさぎが言ってたわ」

「なんて?」

「誰よりも優しいって」

「それがどうしてヤリチンになるんだよ」

「優しいからモテるでしょう? モテるからヤルんでしょう? アナタは私のお口だって犯したもの」

「お前がイジメてくれ、って頼むからだろう」

「そういう優しさが女の子に憎まれるのよ」

「わかった。もう二度とやってあげねぇー」

「お口を犯すのは定期的にやってほしいわ。もしやってくれないのなら妹さんはどうなるのかしら?」

「お前最低な奴だな」

「そうかしら。私は自分の気持ちに嘘は付かない人はカッコいいと思うわ。だから私は私の事をカッコいいと思うわ」

「お前、ただのMっ子じゃねぇーな」

「何を言ってるの? 私はイジメられるのが好きなノーマルな少女よ」

「イジめられるのが好き、っていうだけでアブノーマルなんだよ」

「ちなみにイジメるのも好きだから不思議よね」

「なんなんだよ。その属性」

 とぼくは言った。

 そう言えばコイツは元々はイジメっ子なのだ。

 それが転じてイジめられっ子になった。しかも好きでイジメられっ子になったのだ。

 イジメるのも、イジメられるのも彼女にとっては同じ事なのかもしれない。

 私のことを見て、それだけなのかもしれない。

 ただのかまってちゃんなんだろう。

「人を表現する時に『属性』って言い方が気持ち悪くて吐きそうだわ」

「別に言いだろう。このキャラクターはこういう属性があります、ってわかった方が接しやすいんだよ」

「アナタはラノベにやられすぎてるのよ。人間はキャラクターじゃないし、色んな立場や状況で口調や性質も変わるものなの」

「そういうものなのか」

「そうよ。足疲れちゃった抱っこしてお兄ちゃん」

「急にキャラ変わったじゃん」

「歩きすぎていると私だってこうなることもあるのよ」

「それで? お母さんの家はこの辺なの?」

「わからないわ」

「どうして?」

「だって文字が消えて住所が読めないから」

「……」



 家に帰るとアユは、まだぼくのベッドで眠っていた。

 ぼくは彼女が呼吸していることを確認してから隣に横になった。

 アユは眠り続けている。

 ぼくは眠たくなかった。

 机に向かって、白紙のワードの画面を見つめた。

 母親の事を書きたい。

 もっと言えば感じたモノを書きたい。

 だけど、それは書けない。

 小説は誰かのために書かれたものである。

 それがパソコンの中に眠って誰にも読まれないとしても、それは誰かに読まれるために書かれたモノじゃないとダメな気がする。

 だって読まれるために書いているんだから。

 その誰かに今のぼくの書きたい気持ちを落とし込めていないから書けない。

 チーバァは人を救うために書け、って言ったけど、正直に言うと意味はわからない。

 救うってなに?

 ぼくが書いた小説で、誰かが溺れていて助けることができるの?

 誰かの悲しみを取ってあげることができるの?

 そんな事できなくてもカフェオレのように中和する事ができるの?

 それって、どんな小説なんだろう?

 そういえば役に立つものを書けとも、喜ばせるために書けとも、価値を創造するために書け、とも言っていた。

 チーバァが言うから正しいんだろう。

 ぼくは誰かを救うために、役に立つために、喜ばせるために、価値を創造するために物語を書かなくちゃいけない。

 このまま母親のことを書き始めたら、ただただ悲しい話になってしまいそう。

 母親を失った。それだけで終わりそう。

 物語の主人公は成長しなくちゃいけない。

 お母さんを失ったことによって、主人公が成長することが想像できない。

 だから書けなかった。

 ぼくは成長しなくてはいけない。

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