第7話 ベタ
何日も書き写し続けた。
バイトが終わってからも、ノートに書き写した。
寝ても冷めても、ずっとお笑いに浸かる。
ノートを書き写して気づいた事がある。
5人グループで、つねに言葉の攻撃を受けているのが1人だけ。
残りの4人が攻撃している。
イジメの構図にも似ていた。
だけどイジメになっていないのは攻撃を受けている人物がリーダーだからだろう。
トップが攻撃を受けているとイジメの構図にはならない。
受けの技術もあるんだろう。
笑いにはボケとツッコミが存在する。
それと同時に『攻め』と『受け』というモノが存在するような気がした。個人の解釈です。
フールーで放送されている分を見終わるとDVDを楽天で購入して続きを観る。
お小遣いは全て小説を書くための情報に投資すると決めていた。
だから、全然、お金を使ったって泣いてないもん。
家計に入れるお金には手をつけてないもん。
ある時期になってから『受け』が入れ替わった。
グループの中で一番最後に入って来たメンバーが言葉の攻撃を受けるようになった。
これが異常であることは理解できた。
なにが異常なのか?
リーダーが言葉の攻撃を引き受けることで、イジメの構図から脱却していた。
5人のメンバーの中で一番若く、最後に加入したメンバーが言葉の攻撃を引き受けて、イジメの構図にならないのは純粋に技術でイジメに見せていないだけである。
技術?
どんな技術を彼は使って、イジメに見せていないんだろうか?
彼は声の出し方も、表情も、お客さんに分かりやすく見せている。
4人に攻められた後は怒った表情をしている。
もし攻められた後に悲しい表情を作ったら彼がイジメられているように見えるだろう。
彼は意図的に怒りの表情を攻められた後に作っていたのだ。
あっ、とぼくは思う。
まるでプロレスである。
攻撃されたら、かならず受ける。
避けることはしない。
一般人なら普通は避ける。「息が臭い」と言われたら黙ってしまうし、無理難題を言われたら「無理です」と拒否してしまう。
コイツはこんな攻撃をしてくる。だからこう受けよう。
コイツはこんな受けをするから、こんな風に攻撃しよう。
暗黙のルールが存在するように見えた。
イジメとイジりの違いはお互いのことを理解しているかどうかなんだ。
信頼関係があるかどうかなんだ。
彼が言葉の攻撃を引き受ける際に、バカなキャラクターを演じる事も多かった。
その場合、出ている声が高い。
アホっぽい仕草が凄く上手い。
コイツなら怒られても仕方がないな、と見ていて納得してしまう。
表情を注目したら悲しい場面では眉を下げて猫背になり、嬉しい時はぴょんぴょんと飛び跳ねている。
言葉なんて無くても感情がわかる。
壁にぶつかった時は、どれぐらい痛いのかもわかるぐらいだった。
すげぇーーー、と呟いた。
この人は純粋に演技が上手だったんだ。
ぼくは多目的ルーム2の長机に5冊分のノートを置いた。
伊賀先輩はノートを見て、ぼくを見る。
「なにこれ?」
「5人グループのコントを書き写したものです」
「へーー」
「ぼくの解釈で、これが正解というわけではないですが、お笑いについてわかった事を説明します」
「なにがわかったの?」
「ベタについてわかりました」
「5冊分書かなくちゃわからないの?」
下げずむように彼女がぼくを見る。
ぼくは付箋を貼っているところをペラペラと捲った。
「何度も同じセリフを繰り返しているのがわかります」
付箋を貼ったところは同じセリフが書かれているところだった。
1つのコントで同じセリフを繰り返しているのではなく、幾つものコントで同じセリフを繰り返しているのだ。
「それが、どうしたの?」
「これがベタの正体です。何度も何度も同じセリフ、同じパターンを繰り返して、お客さんがこう言うんだろうと先読みさせる。お客さんは『俺が考えている事を言ったじゃん』と喜ぶように笑う。それを意図的に時間をかけてコツコツと作り上げているんです。みんなが理解している、ひねりがない笑いの正体です。それがベタです」
「へー」
伊賀先輩はキョロキョロと辺りを見渡す。
「でも、初めて言ったことでも、『あぁ、これはベタだな』と思うことだってあるじゃん。ずっと繰り返して言っていないじゃん」
小学生がムキになったように彼女が言った。なんでムキになってるんだろう?
「ぼくも、それを考えました。初めて言ったセリフだけどベタだと思う状態について」
「……」
「ベタを借りている状態です。先人が何度も何度も繰り返して言った言葉を借りているんです」
「……別に、それがわかったからって、面白くならないじゃん」
「ごめんなさい」とぼくは謝って、伊賀先輩を見る。
顔が赤くなっている。
怒っている? なんで? 起こる要素なんてあった?
「謝らなくていいんだ」
「なぜ怒っているのか理由を聞かせてもらってもいいですか?」
とぼくは尋ねた。
純粋に気になる。
「怒ってない」
ぼくは黙る。
沈黙。
本当になぜ怒っているのかわからない。
このまま理解した事を説明しても怒っている人が相手なら意味がない。
「素人にお笑いを教えられて、はいそうですか、って納得する芸人はいない」
ぼくはプライドを傷つけてしまったらしい。
ノートを閉じる。
「伊賀先輩の気持ちも考えずに、ペラペラと喋ってしまってごめんなさい。アナタの立場になれなかったことを反省します」
ノートをカバンに入れた。
そりゃあ、そうか。
少なからずお笑いの舞台に立っている人に、お笑いについて教えることは何も無い。
目標にしていた2人でネタを書く、ということも無くなるかもしれない。
「ごめん」と伊賀先輩が呟いた。
えっ、なにが?
ぼくは彼女を見る。
「一生懸命、勉強する君がムカついたんだ」
「……」
彼女が机にノートを置いた。
「私、1冊も書き写していないんだ」
「……」
「勉強してしまったら自分に才能が無いことを認めるような気がしたんだ」
好きなことへの勉強は自分のことを凡人だと認めてしまう行為になるのか。
「才能って幻想に負けてはいけないですよ」
「……あつかましいけど、勉強した事を教えてほしいんだ」
ぼくは5人組グループのコントを書き写してわかった事を彼女に教えた。
表情の事、声の事、攻めの事、受けの事、演技の事。
彼女は握り拳を作り、ぼくの話を聞いていた。
プライドを傷つける行為かもしれないと思って、「知っていると思いますが」と何度も言葉を付け加えた。
「私、ちょっと帰る」
全てを話し終えた時に伊賀先輩はカバンを持って帰って行った。
凹んでいるように見える。
言わなければよかったんだろうか?
「ハイジ先生は最近ずっと何をしているの?」
宮崎いすずがニッコリと笑って喋りかけてきた。
「先生って呼ぶな」
とぼくが言う。
「小説の勉強だよ」
「私にはお笑いの話しをしているようにしか見えないけど。そんなんじゃ作家になれないよ。私の恋人にもなれないよ」
「お前の恋人になんかなりたくねぇーよ」
「嘘つき」
グリグリ、と彼女は人差し指でぼくの頬をさしてくる。
うさぎが裁縫をしながらチラチラとコチラを見ていた。
「ねぇ、どうしてお笑いの話が、小説の勉強になるの?」
「小説を書きたいんだ。だから小説以外の事を勉強している」
「何を言っているのかわかんな〜い。時間の無駄のような気がするけど」
「無駄じゃないよ。むしろ、唯一の近道かもしれない」
「どうして?」
「少しだけ小説の事がわかったから」
「なになに?」
「なぜネット投稿が面白いのかもわかったんだよ」
「いすず様が聞いてあげてもいいよ」といすずが言った。
「ぼくの解釈で正解しているかどうかはわからないけど」と前フリする。
「お笑いには同じ言葉を繰り返して、お客さんに『俺が考えていた事を言ったじゃん』と思わせる技術がある。それがベタというモノなんだ。ネット投稿は1人の作家が築きあげることができないベタを刷り込ませているんだ。多分こうなるよ、ほらやったこう来たか、と思わせるパターンやシステムを繰り返す面白さが存在する。作り上げた重厚なベタの中に、意表をつく面白さを入れると、さらに面白くなるんだ」
「へー」
と宮崎いすずが言った。
「才能ある人達が面白さをブラッシュアップして、さらに面白くさせていく。これがネット投稿の面白さなんだよ。ベタの面白さなんだよ」
「へー」
「もっと驚いてもいいんだよ」
「ハイジはすごいね。天才だね」
「驚くほどでもないよ」
「自分が驚けって言ったんじゃん」
「別にそこまでとは言ってない」
「そうそう私も小説を書いているの」
「……そうなんだ」とぼくが言う。
胸がざわついた。
「完成したら、読んでくれる?」
彼女が上目遣いでコチラを見る。
「感想を聞かせてほしいなぁ」
わかった、とぼくが言う。
ぼくは宮崎いすずからライトノベルを教えてもらった。彼女はぼくと同じぐらい本を読んでいる。
彼女が小説を書いている、っていうのは不思議ではなかった。
もし宮崎いすずが書いた小説が面白かったらどうしよう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます