第24話 勇ましい音

 スキルと銃弾が乱れ飛び、数々の死体がアスファルトの上に横たわる。それに足を取られてしまったのか、男の子が一人転んで群れの只中に取り残された。


隼人はやと!」

「俺が行きます!」


 今にも飛び出しそうな父親を制して助けに向かう。

 魔物はすでに男の子――隼人に狙いを付けていた。転んだ所から涙を堪えて立ち上がり、今まさに歩き出そうとした瞬間、魔物はその喉元に牙を突き立てようと大口を開く。

 そうはさせない。

 だが、人間の足ではもう間に合わない距離にまで魔物は迫っている。稲妻を撃つか? いや、隼人まで感電しかねない。

 思考は瞬間的に巡り、稲妻で磁界を発生させる。


「これでッ!」


 磁力で操るのは帯電した刀。手元から弾き飛ばし、きっさきは矢の如く魔物の胴体を射貫く。鍔の部分まで深々と突き刺さり、魔物は堪らず息絶える。

 その隙に隼人を拾い上げ、刀を手元まで引き戻す。


「怪我は!?」

「す、擦り剥いただけ」

「よかった。泣かなかったな、偉いぞ」


 無事を確認し、飛び掛かってくる魔物を斬り捨てる。


「もうちょっと頑張ってくれ。すぐにパパの所に連れて行ってやるからな」

「うん!」


 凜々たちは俺を信じて止まらずに先へと進んでいる。合流しようと稲妻を纏い、地面を蹴る。立ち塞がる魔物を斬って捨て、視界の端に映り込んだ自動車を磁力で掴む。


「退いてろ!」


 帯電した刀を振るい、それに連動するようにして自動車が転がる。

 破壊音を奏でてアスファルトの上を跳ね、その軌道上にいたすべてを押し潰し、自らを紅く染めながら建物に衝突する。紅く染まった道路を飛沫を上げながら渡り、血の足跡を刻みながら反転。

 同じく血で濡れた道路を渡ろうとする魔物に稲妻を見舞う。それは血を介して伝播し、複数を同時に感電死させた。


「蒼空くん!」

「追い付いた!」


 凜々たちに合流してすぐ父親に隼人を引き渡す。


「隼人!」

「パパ!」

「あぁ、よかった! 本当にありがとう!」

「無事に連れ帰れてよかったです」


 返事をしつつみんなと歩幅を合わせながら周囲に目を向けた。魔物から流れる夥しい量の血。少量ならまだしも、これだけとなるともはやゾンビの出現は避けられない。

 事実、その予想はすぐに現実のものとなり、臭いに強く引きつけられたゾンビたちがこの場に雪崩込み、積み重なった瓦礫を押し流して登場する。

 進路を塞ぐように現れたゾンビに、こちらは為す術無く足を止めるしかなかった。


「くそ! 弾切れだ!」


 小銃の弾薬も付き、岸部さんは苦し紛れにナイフを構える。


「凍らせても、燃やしてもキリがない!」


 氷塊の側を通り、火炎を跨いで魔物が、ゾンビが押し寄せてくる。


「蒼空くん!」

「駄目だ。近すぎてこっちまで感電する!」


 馴染みの手は使えない。


「なら、私が囲いを――」


 大量の血液が俺たちの周りを囲い込んだ、その時だった。

 けたたましい銃声が連続して鳴り響き、魔物とゾンビが蜂の巣になる。空から鳴り響いたそれを目で追うと、屋根の上に数人の生きている人間を見た。迷彩柄の衣服を身に纏い、手には小銃を構えている。


「驚いたぞ岸辺! 生きてたとはな!」

大杉おおすぎ!」


 自衛隊、岸辺さんの仲間だ。


「俺たちだけじゃないぞ」


 聞き覚えのあるキャタピラの重く勇ましい音が響く。建物の影から姿を現したのは長い砲身。重厚な装甲を纏った巨大な戦車。機銃が掃射され、キャタピラで踏み潰し、魔物やゾンビを蹴散らしている。


「わおっ! 映画みたい!」


 はしゃぐ咲希の気持ちもわかる。こんなに心強い援軍はいない。

 形勢は逆転した。このまま逃げるのではなく殲滅に取りかかる。一気呵成にスキルを振るい、怯むことなく迫り来る魔物やゾンビを叩き潰す。銃声がゾンビを撃ち抜き、砲身から放たれた砲弾が魔物を纏めて吹き飛ばす。

 思わず耳を覆いたくなるような爆発音が鳴り止んだ時、ゾンビも魔物も一体残らずいなくなっていた。


「や、やった! 助かったぞ! 俺たち!」


 歓喜の声が上がり誰もがが生の実感を分かち合う。

 守り切れた。もう大丈夫だ。俺たちも役目を果たせたことにほっとしていると、自衛隊の人たちがこの場に集結した。大杉と呼ばれた人が歩み出て岸辺さんと向かい合う。


「よく戻ってきたな、岸辺」

「あぁ」


 二人は勢いよくお互いの手を合わせ、がっちりに握り合った。


「俺が生き残れたのはこの子たちのお陰だ」


 大杉さんの視線がこちらに向く。


「キミたちのことを見ていた。ラジオで言っていた通り、不思議な力は存在するようだね……それが正しいことに使われているようで安心したよ」


 ラジオ。俺はまだそれを聞いたことがない。けど、お陰でスキルについて説明することも、警戒されることもなくなった。その点は感謝だ。


「詳しい話を聞きたい。キミたちも一緒に避難所へ行こう」

「あー、えっと」


 スキルを持っていても避難所が俺たちを受け入れてくれるのは嬉しい。自衛隊に守られて安全な日々を送れるし、避難所には家族がいるかも知れない。

 けど、俺たちにはまだやることがある。その意思確認を込めて視線を凜々たちに向けると頷いて返してくれた。


「ありがたいですけど、俺たちの仲間がまだ一人行方不明なんです。それに犬を一匹残して来てますから」

「そうか……わかった」


 なにか言いたげな表情を作って、大杉さんは理解を示す。

 言いたいことはわかっている。最後の一人、真央が生きている保証はない。それでも大杉さんはそれを言葉にせず、俺たちの意思を尊重してくれた。聞きたいことが沢山あっただろうに。


「自衛隊を代表して礼を言う。民間人を、仲間を救ってくれた。協力に感謝する」


 そう言って大杉さんは俺たちに対して敬礼してくれた。ほかの自衛隊の人たちもそれに習い、岸部さんも同じく敬礼をする。

 それはとても光栄なことだった。


「元気でね、詩穂ちゃん」

「かならず生き残れよ!」

「また会いましょう!」

「はい。皆さん、お元気で」


 自衛隊と共に去っていく人たちを見えなくなるまで見送る。痛いほど振った手を降ろし、俺たちは一息をついた。


「よかったの? 蒼空」

「なにが?」

「貴方はあの人たちに付いていけたでしょう? 真央と面識もないのに、こちらに残ってよかったの?」

「水臭いこと言うなよ、詩穂。俺は最初に決めたんだ。凜々たち四人を見付け出すって。それを途中で放り出して一人だけ逃げるなんて格好悪いのは御免だ。な? 凜々」

「ふふ、はい!」

「ま、そういうことだよ、詩穂。蒼空はこう言う奴なんだ」

「どうやら野暮な質問だったみたいね」


 俺が言った言葉に嘘はない。ただここだけの話、俺は避難所に行くのが怖かったんだ。

 避難所に俺の両親がいる可能性は高い。だが、もしいなかったら。もしくは父さんか母さんか、どちらかしかいなかったら。そう考えると確かめるのが怖くなったんだ。

 だから、真実を知るのを先延ばしにしたというのも理由として大きい。俺は自分でも思うよりも意気地なしだった。


「さて、それじゃあ帰りましょうか。私たちの拠点に」

「うん、そうだな。はやく拠点に帰って寛ぎたいよ、あたし」

「ミカン、大丈夫かな?」

「ミカン?」

「ポメラニアンだよ。拠点でお留守番してもらってるの」

「帰ったらうんと構ってやらないとな」


 なんて話をしながら片道十キロの帰り道を行く。熱中症にならないように時折休憩を挟みながら拠点まで帰り着いた。

 ソファーにどっかりと腰を下ろして歩き疲れた体を癒やしていると、駆けて来たミカンが膝の上までくる。撫でてくれと言わんばかりに仰向けになったので両手でわしゃわしゃと撫で回した。

 こうしてると癒やされる。これで明日からも頑張れそうだ。





――――――――――――――――


ここまでのお付き合いありがとうございます。


これからも頑張って更新を続けていくので今後ともよろしくお願いします。


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