第1話 なんでも知りたいお年頃
「ねーえ、どう思う? シェナ」
「何がですかお嬢様」
「あー、そのお嬢様っていうの辞めてよね。もう結婚したんだから」
ソファーに寝ころんだままおやつを食べる私は、気だるそうに突っ立ているメイドに声をかけた。
シェナは私付きのメイドであり、結婚する際に唯一実家から連れて来たメイドだ。
有能なのはもちろん、幼い頃より仕えてくれている彼女には大抵十言わなくても会話が成り立つ。
まぁ、やや癖があるものの私はシェナを誰よりも信頼していた。
「ああ、じゃあ奥様? ん-。なんかしっくりこないなぁ。んー、ミレイヌ様どうしたんですか」
「だーかーら、よ。どう思う?」
「どれについてですかって、こっちも聞いてるんです。初夜がなかったことですか? それともまたドレスのサイズが合わなくなったことですか? じゃなきゃ、結婚したのに旦那様に言い寄って来る女が多いことですか?」
「もーー。なんで一気に言うかなぁ」
どれもこれも私が気になっていることではあるけど、ピンポイントに全部当ててこなくてもいいのに。
しかも頬を膨らませ、シェナを見上げても素知らぬ顔で視線すら合わせようともしない。
「だって全部本当のことではないですか。それにどう思うと先に振って来たのはミレイヌ様ですし。ワタシのせいではありませんね、はい」
「自分で言って完結しないのー。シェナの言ってることは合ってるけどさぁ。何も一気に全部言うことないじゃない」
「特定できなかったので致し方ないですね」
「もーぉー」
「ああ、ただでさえ動物みたいに見えてるので鳴くのはおやめくださいね」
「ひっどぉぉぉい」
シレっと本当のことですからと言ってしまうあたりがなんというか……。でも聞けばちゃんと裏表なく全部答えてくれるとこに私は信頼を置いているから仕方ないのだけど。
この貴族社会っていうのは少し特殊で、嘘と嘘の重ね合いっていうかキツネとタヌキの化かし合いみたいな感じなのよね。
言っていることがストレートでそのままの意味を持つことはとても少ない。
だからこそ、ちゃんと言ってくれる人間ていうのは本当に信頼がおけるし、今の私には必要な人材だ。
「んで、どれが聞きたかったんですか?」
「ん-。どれもだけどさぁ、一番は、もう結婚して半月以上も経つのに初夜がないってことよ」
「単純にランド様がお忙しいからじゃないですか?」
確かにシェナの言う通り、ランドは帰国してから目まぐるしいく過ごしている。
戦勝国とはいえ、相手からの賠償やら自国の立ち直し。交易や貿易などの他国との話し合いもたくさんあるみたいだし。
お祭りムードはそのままに、やることは盛りだくさんなのよね。
今まで出来なかった国政が一気に回り始めたから、こうなることもある程度は分かっていたけど。ランドも国の要職に採用されるみたいだし、妻の立場としては喜ぶべきこと。
それは分かってるけど……。
「でもどんなに忙しいくても、ちゃんと屋敷には帰ってくるのよ?」
「そうですね」
「しかも、私とは一日一回はお食事もして下さるし。今日だってご機嫌取りのように、こうやってお菓子を届けてくれたわ」
「ああ、街で一番流行りのお店のお菓子ですね」
つまりランドに私への愛情がないわけではない。しかも夫として、私を気にかけてくれてはいる。
でも一向に同じ部屋で寝るということもなければ、そういった触れ合いすらない。
別に私だって、欲求不満だから言ってるわけではないのよ。欲求不満では!
でも妻となった以上、そういうおつとめが出来ないっていうのはどうなのかなって思うのよね。私はこの屋敷でゴロゴロ自適に過ごすために結婚したわけじゃない。
だから何にもしていないのが心苦しいっていうか……なんか夫婦になったって気がしないのよ。
そう。私は夫婦になりたいの。ちゃんとした夫婦に。
ちゃんとって意味がが分かっていない私が言うのもなんだけど、この生活が絶対違うっていうのだけは分かる。
「このままじゃダメだと思うの。だからこそ知りたいのよ、ランド様の本当のお気持ちを!」
「そんなの本人に直接聞かないと意味ないじゃないですか。こんなとこでゴロゴロ油売ってる暇があったら、ストレートに聞くべきではないですか?」
「もーさぁ、それが聞けないからシェナに聞いてるんじゃないのよぉ」
「はぁ。ご自身で行ってることが矛盾してるって思いませんか?」
「分かってるわよ、それぐらい分かってる。私だって本質から逃げてることぐらい、分かってるのよ。でもちゃんと聞く前に、ほら予防線みたいなものが欲しいじゃない?」
ここで軽くジャブをもらってれば、本人にキツイことを言われてもきっと大丈夫。たぶん大丈夫。
って思い込みたいだけなんだけど。
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