53.黒猫亭緊急拡張工事(Ⅱ)

黒猫亭の工事が始まってしまい、辺りが騒がしくなってきた。

難民たちの中から手伝いの人手を集めて、裏庭のシートや邪魔なものなどの撤去作業が行われていく。

獅子剣合シージェンからも怖いお兄さんたちが出張ってきて、工事道具が運び込まれたりして物々しい雰囲気が漂っていた。


そんな中、俺は一人ポツンと取り残されて、手持ち無沙汰に辺りをうろついていたのだった。

完全にぼっちである。なんだろうなこれ。俺が悪いの? なんで展開に置いてけぼりにされているんだろうな、俺。


まぁいいさ。後方彼氏面でメスガキドラゴン様のチート建築を見学でもしていよう。

どうせあれだろ。現代知識無双しちゃって周りが恐れ慄いちゃうんだろ。

そんで『俺なんかやっちゃいました?』展開して優越感に浸っちゃうんでしょ! 全部分かってるんだからね!




***




予想通りジーナのチートが火を吹いてしまった。


「〜♩」


当世の建築様式などどこ吹く風と言わんばかりに、黒猫亭の拡張工事は常識外れな速度で進んでいた。


「基礎を建てないってんで、どうなることかと思っちゃいたが……こりゃあ堅牢だ」

「建築技法もそうじゃが、なんじゃいあの加工精度は……。スキルだけでこれほどまでの加工が可能なものなのか……?」

「金物一つ使わずにこの強度だ。設計も完璧じゃないか」


あちらこちらにいるおっさんたちが口々にジーナの所業を取り上げていた。

ジーナが鼻歌交じりで披露した建築技法は、容易に技術革命を巻き起こしてしまったようだ。

まぁ分かってたことだけれども。


「この枠組の構造全体で建物を補強する役割を果たしてんだな。ジーナの嬢ちゃんから聞いた時は半信半疑だったが、現物で見せられりゃ認めざるを得ねぇ」

「こうしたほうがはやくすみますからね。ブロックごとのパターンをつくって、はめこんでいけばいいだけですから」

「言うのは簡単だけどなぁ……」


あーこれこれ、現代知識無双したときの空気よ。とりあえず吸っとこ。

良い空気吸うくらいしかやることないわ。建築知識なんざ持ってないもんね。


しかしジーナの木材加工精度に関してはとてつもないってことだけは分かる。屋台作成で既に実感済みだからな。

ジーナの手が丸太に触れただけでバシュンッと光り、やけに神々しい光沢を放った壁面パーツがわずか一工程で出来上がるのだ。

加工っつうか変形してるんだよな。いかにスキルが無法なのかよく分かる一例だ。


──異能スキル

ゲームや漫画、アニメなんかでよく見るISEKAI定番の異能力そのままだ。

戦闘系はもちろんのこと、ジーナが披露した料理や建築といった多彩なスキルが存在する。

この世に生まれ落ちた際にランダムで付与される能力アビリティであり、努力して身に付けられる技術アーツと違って、完全に運次第で得られるものだ。

……昔は違ったけどね。


技術アーツはその名の通り、努力して身に付いた技や術をシステムが認識することによって取得できるものだ。

人に出来ないことがアーツアビリティとして発現することはないと言われているが、この世界の人類はデフォで色々とおかしいのでスキルとの境界線は曖昧である。


まぁ、そんなISEKAIらしい背景があるわけで。

例えジーナがどんな大それたことをやっても、『スキル持ちだから』の一言で大抵の問題は片付いてしまうのである。



「ジーナの嬢ちゃん……ありゃあヤバい。前からおかしいとは思っちゃいたが、こうもハッキリと目の当たりにしちまうとなぁ」


M字ハゲのあらくれ1が昼食をかっ込みながらそんなことを言ってきた。

ちなみに昼食は配膳された賄い飯である。

肉体労働者のことも考えられてのことなのだろう。特に疲れていない体にしょっぱめの塩気が染み渡るぜ……。


「持ってる知識もおかしいが、何よりあのスキルの練度はおかしい。その道ウン十年で生きてきた熟練の達人でなきゃ、ああはならねぇ」


『スキル持ちだから』の一言では片付けられなかったらしい。

ジーナや、思いっきし疑われとるで。

自重するから大丈夫とは一体なんだったのか。

フラグか。フラグなら仕方ない。


「あんなちみっこい身体で一体どんな経験を積んできたってのか……。タナカの兄貴ぃ、俺は心配でさぁ」


さて、おっさんの心配はありがたいのだが……。

真相は『チート種族だから』の一言で説明がついてしまうのだから、どうしていいか分からん。


「このていどでたつじんレベルですか。ずいぶんおくれてるんですねぇ、ここいらのけんちくぎじゅつは」

「おっとぉ……」


ぬるりと俺の背後から現れたジーナ。

どうやら話は聞いていたらしい。自分の不始末は自分で付ける様子だ。


「言うねぇジーナの嬢ちゃん。これでもおいらぁこの稼業やってきて長いんだ。目利きにケチを付けられちゃあ黙ってられねぇな」

「レベルのひくいかんきょうでかつやくしても、えられるものはレベルのひくいけんしきだけですよ」

「タナカの兄貴ぃ!!」


メスガキに煽られて俺に泣きつくおっさんがいた。

ジーナはそういう方向でしらばっくれることにしたようなので、俺も何も見なかったことにした。



昼食を食べ終えたところで、ジーナは昼食これを食べられないことに気付いた。

特殊過ぎる身体の構造をしているせいで、今のところ俺の作った飯しか奴は食いたがらないのである。


というわけで俺の愛の籠った手作り料理の出番ってワケだ。

さてさて、インベントリに残っている食材でお出しできそうなものは……皆大好きサンドイッチくらいだな。

パンにバターを塗って具材をぺいっと挟めば完成である。お手軽で助かる。


早速手渡そうとしたが、ジーナが見つからなかった。飯も食わずに働いてあっちゃこっちゃをうろちょろしてたからな。

辺りをよおく見渡して見るも、四方八方むくつけき男共で目が腐りそうになる。見たくないようこんなの……。


あらくれ1を取っ捕まえてジーナの居場所を聞いてみると、骨組みの上に陣取っているらしい。ナントカは高いところが好きってことかね。

見上げてみると確かに特徴的な水色の長い髪が棚引いていたので、ヒョイヒョイっと足場を蹴って到着いたした。


するとそこでは突如として百合イベントが始まっていたので、俺はおったまげた。


「ほら、さっさと食べてよね。ジーナの分はわたしが作ってあげたんだから」

「はぁ……。けど、なーちゃんはあんまりおなかがすいてないのですが」

「そんなわけないでしょ。こんなに働いてるんだから、食べないと倒れちゃうってば。ほら、口開けなさい」

「むぐぐぅ」


なんと、エウリィがジーナのために飯を作ってあげたというではないか。

これはもう立派な百合です。間違いありませんよコレは。

ブラーヴァ……俺は感動した。二人の友情と愛の芽生えに涙を流して拍手を送った。


「どう? おいしい?」

「……。いえ、あんまり。もうすこしあじつけはうすめのほうがいいですね。えんぶんはひつようとはいえ、いささかかじょうですよ」

「なによもうっ! せっかく作ってあげたんだから、もうちょっと褒めてくれたっていいでしょっ」

「どうときかれたからすなおにこたえたまでですが」


ンンン……喧嘩ップルのテンプレみたいなやり取りじゃあ……非常に助かる。

……挟まりてぇ……挟まりてぇよ俺……! だが、ここは我慢だッ……!

もっと熟した関係になってから間に挟まらせてもらうんだ!

だからもっと百合百合してくださいお願いします。


しかしそんな俺の切なる願いも空しく、おにぎりをつっけんどんに押し付けたエウリィは飛び降りて去っていった……バッドコミュですね。

っていうかここ結構高い足場なんだけど身軽ねあの子。身体能力ちょっとおかしくなーい?


「だんなさま」


おっと……隠れて聞いていた俺には当然気付いていたらしい。

気配察知スキルも当然所持済みってワケね。


「……ふしぎなことがありました」


あん? 百合イベが突如発生したことか?

それは不思議でもなんでもないぞ。女の子が二人居れば大抵百合の花が咲くんだからな。


「なにをいっているのかわかりませんが、ちがいます」


違ったらしい。はて、一体何が不思議だと言うのだろうか?


ジーナは心ここにあらずといった様子でエウリィの去った方向を見ていた。

そして独り言のように呟いた。


「これ……エウリィがつくったごはんなのですが……なぜか、このごはんからも、マナがかんじられたのです」


ふんふん……ん?


「だんなさまがつくったごはんとは、くらべるのもおかしいくらいほんのちょびっとだけなんですが。……ほんとうに、どうしてでしょうね?」


あっ、ふーん。なるほどね。


「何がなるほどなんです?」


お前は愛とやらが主食なんだろ?

ならもう答えは一つしかないだろ。


エウリィの作った食事に愛を感じたというのなら、エウリィがお前のために愛を込めて作ってくれたってことだ。


みなまで言わせないでよね恥ずかしいっ。


「…………んえ? どうして? なんでそうなったんですか?」


ジーナは全く理解できないとばかりに頭をひねった。

ひねりすぎて首がもげそうな勢いだ。


「どうして? どうしてエウリィがなーちゃんをあいしてるのです? いったいどういうげんりがはたらいたのですか?」


はてなマークがゲシュタルト崩壊しそうなほどに頭の上で乱舞しておられる。

ジーナはベイビーちゃんだ。人の心の機微などまだまだ分からないだろう。


いいかジーナ。

愛ってのは色んな形があるもんだ。恋愛、親愛、友愛、性愛……色々とな。

お前が食べて補給を行えるのだって、きっと色んな愛の形なんだろうよ。


「あいの……かたち……」


つまり、エウリィとちょっとばかしは仲良くなったってことさ。

ちゃんとお礼は言っておけよ?


「……べつに、なーちゃんはエウリィとなかよくなったおぼえはないのですが。……だんなさまがそういうのなら、わかりました」


素っ気ない態度だが一応納得したらしい。

だが俺には分かる。

二人はこれからどんどん距離を縮めていき、最終的にはかけがえのない存在になるんだってな。異種族交流モノのお約束ってもんよね。


そして俺はその百合イベを特等席で眺めながら、時折おこぼれに与って間に挟まりキャッキャウフフするのさ。

最高の未来だぜ。ヒャッホーって感じだ。ヒャッホー!


「だんなさま、あんまりあばれないでください。せっかくつくったほねぐみがこわれちゃいますから」


怒られてしまった……。シュン……。

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